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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情
25、睡眠不足
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あたしもフォージも少ししか食べてなかったけど、部屋に戻ってから改めて広げて軽食を食べる気になれなかった。
夕食前に休憩しようということになって、フォージは自分の部屋に帰る。あたしは寝室にこもり、カバーがかかったままのベッドに仰向けに倒れた。
──兄上はおまえに心底惚れてるじゃないか! 悪口言われても好きでいるってことはそういうことだろ!?
多分、ラジアル君の言う通りなんだと思う。陛下はあたしを好きでいることをやめることはない。
となれば、あたしが陛下に嫌われようとする努力は、陛下を傷付けるだけにしかならない。
だったらあたしはどうすればよかったというの? 陛下を傷付けたくも苦しめたくもないあたしはどうすれば。
ラジアル君は陛下に訊けと言ったけれど、陛下にその選択を迫るのも残酷なんじゃないだろうか。
ラジアル君と言い争いをしたこの日も、陛下は終日あたしに近付いてくることはなかった。
王子王女たちに説明に行くと言って消えたときからずっと、陛下は気配を飛ばしてくることすらしない。
ラジアル君と顔を合わせたあと、思い詰めた顔してたのよね。家族を軟禁しなくてはならないことについて、少なからず思うことがあるんだろう。
ロットさんやモリブデンサマ、フラックスさんの話から察するに、ご両親との仲は悪くなかったみたい。だからこそ、罪悪感があってもおかしくない。一度も会ったことのない弟に対しては特に。
だからだろうか。陛下があたしに近付いてこないのは。あたしが毎日ラジアル君に会いに行ってるのに気付いていて、あたしとラジアル君の話をしたくなくて避けているのかも。……多分そうなんだろうな。だって、こっそり近付いてくる気配はあるんだもん。
それが一番多いのは夜中。
この夜も、ベッドで寝ていたあたしは陛下の気配を感じて目を覚ました。ここ最近、毎夜こうやって起こされる。
あたしはがばりと起き上がった。
「~~~! 安眠妨害だっていうの!」
文句を言ったところで、言いたい相手はすでにいない。あたしは腹立ちをため息と一緒に吐き出して、起き上がったときと同じくらい勢いよくベッドにもぐった。
でも、一度目を覚ましてしまうとなかなか寝付かれない。あたしが目を覚ましたとたん去ってしまう陛下にもやもやするからこそなおさらに。
あたしに会いたいなら会いたいで、正面切って来ればいいのに。ラジアル君やご両親の話をしたくないなら、そう言ってくれればいい。大人だもん。それくらいの配慮はできるよ。あたしが口出しできる問題でもないしね。
とはいえ、気になって仕方ないというのも正直なところ。今日はラジアル君と陛下の話をしたからか、いつもより目が冴えちゃってる気がする。寝返りを打っていればそのうちまた寝付くというのも期待できそうになくて、あたしは早々に起き出した。
こう毎晩起こされては、寝不足気味になるのも当然だ。本格的に頭が働かなくなる前に何とかしなきゃ。
あたしは夜着から昼間の服に着替えて廊下に出た。真夜中で、行き先は近くだけど、誰と行き合うかわからないからね。あたしのことを知らない人と会ったらどうしようと思ったけれど、幸い誰とも出会わずに目的地へたどりついた。
以前ダンスをした小ホール。そこから階段を上がった先に陛下の私室がある。二つある扉のうちの一方をノックした。少し待つと、中から陛下の声がする。
「どうぞ」
あたしは返事をきちんと聞いてから中へ入った。
カーテンの引かれていないガラス窓から星明かりが差し込んでいる。かなり暗かったけれど、照明はなくとも視界にあまり困らなかった。真ん中に天蓋付きの大きなベッドがあるだけの半円形の部屋。そのベッドの端に陛下は腰掛けていた。
気だるげに顔を上げた陛下が力なく笑うのが、暗い中かすかに見える。
「ノックなどしなくてもよかったのに」
「陛下があたしに〝気付いて〟いても、入室の許可を求めるのは礼儀です」
気配が近くにあるのは感じていたけど、何も言ってくれないんだもん。ノックして、入っていいか確認するしかないでしょ。
あたしは、陛下まであと二、三歩というところで立ち止まった。
「毎晩睡眠妨害されて迷惑なんですけど」
「起きてしまっていたのか。すまん。以前はベッドに潜り込んでも起きなかったから、大丈夫だと思ってしまったのだ」
それを言われると、ちょっと決まりが悪い。
眠りがさまたげられるのは、陛下のせいばかりとは言い切れない。あたしも前と違って眠りが浅くなってるんだろうな。陛下と会ってないからだとは思いたくないけど、多分それが原因なんだろうな。始まったタイミングが一緒なのと、何よりあたしの心が寂しいと訴えてる。おんぶおばけみたいにくっついてきてた気配がなくなったことを、鬱陶しいほど求婚してきてたのにそれがぱったり止んでしまったことを、毎朝どついても懲りもせずベッドに潜り込んできていた陛下がいなくなったことを。
恥ずかしくて正直に言えないから、あたしは憎まれ口を叩いた。
「起こしてくれちゃうくらいなら、昼間に直接会いに来てくれるほうがマシです。ラジアル君の話をしたくないからあたしを避けてたんでしょ? だったらあたし、そのことについては何も話さないから」
「……いや、どう話したものかと迷っていただけだ。余と結婚するからには、舞花に報せないわけにはいかないからな」
「いや、結婚するつもりはないんですけど」
毎度おなじみのやり取りを無視して、陛下は話を続けた。
「モリブデンに説明を任せてすまなかった。余は逃げてしまっていたのだ。ラジアルのこととは、いつか必ず向き合わなければならないというのに。──向き合うべき時が来たのだろうな。話を聞いてくれるだろうか?」
暗いからはっきり見えたわけじゃない。でも、陛下の目が懇願していると感じ、気付けばあたしはこっくりうなずいていた。
夕食前に休憩しようということになって、フォージは自分の部屋に帰る。あたしは寝室にこもり、カバーがかかったままのベッドに仰向けに倒れた。
──兄上はおまえに心底惚れてるじゃないか! 悪口言われても好きでいるってことはそういうことだろ!?
多分、ラジアル君の言う通りなんだと思う。陛下はあたしを好きでいることをやめることはない。
となれば、あたしが陛下に嫌われようとする努力は、陛下を傷付けるだけにしかならない。
だったらあたしはどうすればよかったというの? 陛下を傷付けたくも苦しめたくもないあたしはどうすれば。
ラジアル君は陛下に訊けと言ったけれど、陛下にその選択を迫るのも残酷なんじゃないだろうか。
ラジアル君と言い争いをしたこの日も、陛下は終日あたしに近付いてくることはなかった。
王子王女たちに説明に行くと言って消えたときからずっと、陛下は気配を飛ばしてくることすらしない。
ラジアル君と顔を合わせたあと、思い詰めた顔してたのよね。家族を軟禁しなくてはならないことについて、少なからず思うことがあるんだろう。
ロットさんやモリブデンサマ、フラックスさんの話から察するに、ご両親との仲は悪くなかったみたい。だからこそ、罪悪感があってもおかしくない。一度も会ったことのない弟に対しては特に。
だからだろうか。陛下があたしに近付いてこないのは。あたしが毎日ラジアル君に会いに行ってるのに気付いていて、あたしとラジアル君の話をしたくなくて避けているのかも。……多分そうなんだろうな。だって、こっそり近付いてくる気配はあるんだもん。
それが一番多いのは夜中。
この夜も、ベッドで寝ていたあたしは陛下の気配を感じて目を覚ました。ここ最近、毎夜こうやって起こされる。
あたしはがばりと起き上がった。
「~~~! 安眠妨害だっていうの!」
文句を言ったところで、言いたい相手はすでにいない。あたしは腹立ちをため息と一緒に吐き出して、起き上がったときと同じくらい勢いよくベッドにもぐった。
でも、一度目を覚ましてしまうとなかなか寝付かれない。あたしが目を覚ましたとたん去ってしまう陛下にもやもやするからこそなおさらに。
あたしに会いたいなら会いたいで、正面切って来ればいいのに。ラジアル君やご両親の話をしたくないなら、そう言ってくれればいい。大人だもん。それくらいの配慮はできるよ。あたしが口出しできる問題でもないしね。
とはいえ、気になって仕方ないというのも正直なところ。今日はラジアル君と陛下の話をしたからか、いつもより目が冴えちゃってる気がする。寝返りを打っていればそのうちまた寝付くというのも期待できそうになくて、あたしは早々に起き出した。
こう毎晩起こされては、寝不足気味になるのも当然だ。本格的に頭が働かなくなる前に何とかしなきゃ。
あたしは夜着から昼間の服に着替えて廊下に出た。真夜中で、行き先は近くだけど、誰と行き合うかわからないからね。あたしのことを知らない人と会ったらどうしようと思ったけれど、幸い誰とも出会わずに目的地へたどりついた。
以前ダンスをした小ホール。そこから階段を上がった先に陛下の私室がある。二つある扉のうちの一方をノックした。少し待つと、中から陛下の声がする。
「どうぞ」
あたしは返事をきちんと聞いてから中へ入った。
カーテンの引かれていないガラス窓から星明かりが差し込んでいる。かなり暗かったけれど、照明はなくとも視界にあまり困らなかった。真ん中に天蓋付きの大きなベッドがあるだけの半円形の部屋。そのベッドの端に陛下は腰掛けていた。
気だるげに顔を上げた陛下が力なく笑うのが、暗い中かすかに見える。
「ノックなどしなくてもよかったのに」
「陛下があたしに〝気付いて〟いても、入室の許可を求めるのは礼儀です」
気配が近くにあるのは感じていたけど、何も言ってくれないんだもん。ノックして、入っていいか確認するしかないでしょ。
あたしは、陛下まであと二、三歩というところで立ち止まった。
「毎晩睡眠妨害されて迷惑なんですけど」
「起きてしまっていたのか。すまん。以前はベッドに潜り込んでも起きなかったから、大丈夫だと思ってしまったのだ」
それを言われると、ちょっと決まりが悪い。
眠りがさまたげられるのは、陛下のせいばかりとは言い切れない。あたしも前と違って眠りが浅くなってるんだろうな。陛下と会ってないからだとは思いたくないけど、多分それが原因なんだろうな。始まったタイミングが一緒なのと、何よりあたしの心が寂しいと訴えてる。おんぶおばけみたいにくっついてきてた気配がなくなったことを、鬱陶しいほど求婚してきてたのにそれがぱったり止んでしまったことを、毎朝どついても懲りもせずベッドに潜り込んできていた陛下がいなくなったことを。
恥ずかしくて正直に言えないから、あたしは憎まれ口を叩いた。
「起こしてくれちゃうくらいなら、昼間に直接会いに来てくれるほうがマシです。ラジアル君の話をしたくないからあたしを避けてたんでしょ? だったらあたし、そのことについては何も話さないから」
「……いや、どう話したものかと迷っていただけだ。余と結婚するからには、舞花に報せないわけにはいかないからな」
「いや、結婚するつもりはないんですけど」
毎度おなじみのやり取りを無視して、陛下は話を続けた。
「モリブデンに説明を任せてすまなかった。余は逃げてしまっていたのだ。ラジアルのこととは、いつか必ず向き合わなければならないというのに。──向き合うべき時が来たのだろうな。話を聞いてくれるだろうか?」
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