国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

文字の大きさ
上 下
25 / 36
第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情

25、睡眠不足

しおりを挟む
 あたしもフォージも少ししか食べてなかったけど、部屋に戻ってから改めて広げて軽食を食べる気になれなかった。
 夕食前に休憩しようということになって、フォージは自分の部屋に帰る。あたしは寝室にこもり、カバーがかかったままのベッドに仰向けに倒れた。

 ──兄上はおまえに心底惚れてるじゃないか! 悪口言われても好きでいるってことはそういうことだろ!?

 多分、ラジアル君の言う通りなんだと思う。陛下はあたしを好きでいることをやめることはない。
 となれば、あたしが陛下に嫌われようとする努力は、陛下を傷付けるだけにしかならない。
 だったらあたしはどうすればよかったというの? 陛下を傷付けたくも苦しめたくもないあたしはどうすれば。
 ラジアル君は陛下に訊けと言ったけれど、陛下にその選択を迫るのも残酷なんじゃないだろうか。



 ラジアル君と言い争いをしたこの日も、陛下は終日あたしに近付いてくることはなかった。

 王子王女たちに説明に行くと言って消えたときからずっと、陛下は気配を飛ばしてくることすらしない。
 ラジアル君と顔を合わせたあと、思い詰めた顔してたのよね。家族を軟禁しなくてはならないことについて、少なからず思うことがあるんだろう。

 ロットさんやモリブデンサマ、フラックスさんの話から察するに、ご両親との仲は悪くなかったみたい。だからこそ、罪悪感があってもおかしくない。一度も会ったことのない弟に対しては特に。
 だからだろうか。陛下があたしに近付いてこないのは。あたしが毎日ラジアル君に会いに行ってるのに気付いていて、あたしとラジアル君の話をしたくなくて避けているのかも。……多分そうなんだろうな。だって、こっそり近付いてくる気配はあるんだもん。

 それが一番多いのは夜中。

 この夜も、ベッドで寝ていたあたしは陛下の気配を感じて目を覚ました。ここ最近、毎夜こうやって起こされる。
 あたしはがばりと起き上がった。

「~~~! 安眠妨害だっていうの!」

 文句を言ったところで、言いたい相手はすでにいない。あたしは腹立ちをため息と一緒に吐き出して、起き上がったときと同じくらい勢いよくベッドにもぐった。
 でも、一度目を覚ましてしまうとなかなか寝付かれない。あたしが目を覚ましたとたん去ってしまう陛下にもやもやするからこそなおさらに。

 あたしに会いたいなら会いたいで、正面切って来ればいいのに。ラジアル君やご両親の話をしたくないなら、そう言ってくれればいい。大人だもん。それくらいの配慮はできるよ。あたしが口出しできる問題でもないしね。
 とはいえ、気になって仕方ないというのも正直なところ。今日はラジアル君と陛下の話をしたからか、いつもより目が冴えちゃってる気がする。寝返りを打っていればそのうちまた寝付くというのも期待できそうになくて、あたしは早々に起き出した。

 こう毎晩起こされては、寝不足気味になるのも当然だ。本格的に頭が働かなくなる前に何とかしなきゃ。

 あたしは夜着から昼間の服に着替えて廊下に出た。真夜中で、行き先は近くだけど、誰と行き合うかわからないからね。あたしのことを知らない人と会ったらどうしようと思ったけれど、幸い誰とも出会わずに目的地へたどりついた。

 以前ダンスをした小ホール。そこから階段を上がった先に陛下の私室がある。二つある扉のうちの一方をノックした。少し待つと、中から陛下の声がする。

「どうぞ」

 あたしは返事をきちんと聞いてから中へ入った。
 カーテンの引かれていないガラス窓から星明かりが差し込んでいる。かなり暗かったけれど、照明はなくとも視界にあまり困らなかった。真ん中に天蓋付きの大きなベッドがあるだけの半円形の部屋。そのベッドの端に陛下は腰掛けていた。
 気だるげに顔を上げた陛下が力なく笑うのが、暗い中かすかに見える。

「ノックなどしなくてもよかったのに」

「陛下があたしに〝気付いて〟いても、入室の許可を求めるのは礼儀です」

 気配が近くにあるのは感じていたけど、何も言ってくれないんだもん。ノックして、入っていいか確認するしかないでしょ。
 あたしは、陛下まであと二、三歩というところで立ち止まった。

「毎晩睡眠妨害されて迷惑なんですけど」

「起きてしまっていたのか。すまん。以前はベッドに潜り込んでも起きなかったから、大丈夫だと思ってしまったのだ」

 それを言われると、ちょっと決まりが悪い。

 眠りがさまたげられるのは、陛下のせいばかりとは言い切れない。あたしも前と違って眠りが浅くなってるんだろうな。陛下と会ってないからだとは思いたくないけど、多分それが原因なんだろうな。始まったタイミングが一緒なのと、何よりあたしの心が寂しいと訴えてる。おんぶおばけみたいにくっついてきてた気配がなくなったことを、鬱陶しいほど求婚してきてたのにそれがぱったり止んでしまったことを、毎朝どついても懲りもせずベッドに潜り込んできていた陛下がいなくなったことを。

 恥ずかしくて正直に言えないから、あたしは憎まれ口を叩いた。

「起こしてくれちゃうくらいなら、昼間に直接会いに来てくれるほうがマシです。ラジアル君の話をしたくないからあたしを避けてたんでしょ? だったらあたし、そのことについては何も話さないから」

「……いや、どう話したものかと迷っていただけだ。余と結婚するからには、舞花に報せないわけにはいかないからな」

「いや、結婚するつもりはないんですけど」

 毎度おなじみのやり取りを無視して、陛下は話を続けた。

「モリブデンに説明を任せてすまなかった。余は逃げてしまっていたのだ。ラジアルのこととは、いつか必ず向き合わなければならないというのに。──向き合うべき時が来たのだろうな。話を聞いてくれるだろうか?」

 暗いからはっきり見えたわけじゃない。でも、陛下の目が懇願していると感じ、気付けばあたしはこっくりうなずいていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...