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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情
19、いつものメンバーでお茶会
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交流会が終わってからも、あたしは侍女服を着続けた。侍女服着てると、ほとんどの人はあたしが「舞花様」だって気付かないんだもん。活用しない手はないでしょ。
この国にお世話になってるからには、関係者の皆さんと少しはお付き合いしたほうがいいかなとは思わないでもない。でも、あの人たちの本心(?)を知っちゃった今は、すっかりその気持ちが消えちゃった。腹の底でバカにされてるとわかっていながら仲良くするなんて、そこまでお人好しにはなれないわ。
居室でフォージから字を教わっていると、廊下と接するドアがノックされた。あたしはさっと立ち上がる。
ドアの向こうから、どこそこのなんとかいう王子があたしに面会を求めているということを横柄に告げる声が聞こえてくる。肩書きや名前はどうでもいいので省略。あたしはにこやかな笑みを作って扉を開けた。
「申し訳ありません。舞花様は外出中です」
「今日もか! で? 舞花様はどちらに行かれたのだ?」
お付きの人らしいおとなしめな服を着た男性は、横柄な態度で訊ねてくる。男性の背後にちらりと目を向ければ、きらびやかな服を着た男性が「私が訪ねてきたというのに不在とは何事だ」と腹を立てているのが見える。それを、別のお付きの人たちが「異世界人だそうなので、そういった礼儀にうといのでは」などと言ってなだめようとしていた。
居留守(になるのかな? 堂々と姿さらしてるのに本人だと認識されない場合って)して悪いと思わないこともないけれど、普段付き合いのある人以外、訪ねてくる人の全員がこういういう態度なんだもん。良心の呵責も消え失せるわ。
あたしは作り笑いを顔に貼り付けて答える。
「お忍びで城下の雑貨屋を回っておいでです。異世界の方ですので、この世界の雑貨がことのほか珍しいのだそうで、いつ元の世界に帰ることになってもいいように、目に焼き付けておきたいのだとか」
「舞花様が不在ならばここにいても仕方ない。城下の雑貨屋へ行くぞ」
さっさと歩き出した王子サマに、お付きの人たちが慌ててついていく。慌ただしい足音が遠のくと、辺りはしんと静まり返った。
あたしは振り返ってフォージに言う。
「人にものを訊ねておきながらお礼どころか挨拶もできない、ああいう人たちこそ礼儀知らずよね?」
フォージはこくこくうなずいて、あたしに激しく同意してくれる。
もうそろそろお茶の時間なので、フォージと一緒に部屋を出た。
途中行き合った王女サマに文句を言われる。
「昨日回ったお菓子の店でも、一昨日に回った宝飾品の店でも、舞花様に会えなかったわ。もっと正確に舞花様の所在を教えなさいよ」
「それは無理です。その場の思いつきで店々を渡り歩いてらっしゃるので、いつどの店を訪れるか予測することができなくて」
「本当に無能な侍女ね。捜してきなさいと言いたいところだけれど、あなた、宰相の娘の付き添いも命じられているのよね」
冷ややかな目で見下ろされたフォージは、あたしのスカートの陰に隠れてしまう。いたいけな女の子をそんな目で見ないでほしいと思うけれど、侍女だと思われてるあたしがそれを言えば怒らせるだけだとわかっているので黙っておく。
「それで? 舞花様は、今日はどのような店を回っておられるの?」
「今日は雑貨屋です。異世界の方ですので、この世界の雑貨がことのほか珍しいのだそうで」
「雑貨屋ね。行くわよ」
王女サマはあたしの話の途中でお付きの侍女さんたちにそう言うと、さっさと行ってしまう。
「ひとの話を最後まで聞かないのも、何にも悪いことしてないこーんな可愛い女の子をにらみつけるのも失礼よね?」
しゃがんでフォージのほっぺをつんつんする。心細そうな顔をしていたフォージは、くすぐったそうに笑って緊張をほぐした。
離れたところから笑い声が聞こえてくる。
「見事に追い払ったものだね」
「フラックスさん」
廊下の角から出てきたフラックスさんは、近くまで来るとあたしと同じようにしゃがみ込んだ。
「舞花様のお付きの侍女さん、三日前舞花様は仕立屋を回られたそうですね。いったいどういう目的があって、舞花様はお店巡りを? 押しかけてくるあの人たちに嫌がらせ?」
「いえいえ、そういうわけでは。舞花サマには深―いお考えがあるのです。ここでは何ですので移動しませんか? 今、お茶の席に向かっているところなんです」
「それはお茶会に誘ってくれていると受け取っていいのかな? 一緒に行っていいかい? フォージ」
フラックスさんに話しかけられたフォージは、はにかみながらこっくりうなずく。フラックスさんは微笑んで、フォージの頭を優しくなでた。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えてご一緒させてもらうよ」
「あ、でも陛下のお茶会に出なくていいんですか? 希望者だけでOKなのに、昨日までの三日間、毎日出席してましたよね?」
「うーん、あっちはもういいや。誰も彼も本来の目的を忘れて、陛下に媚びを売るのに必死なんだもん。これ以上の情報収集は無理そう」
そういうことならばと、フォージを真ん中にして歩き出す。
歩きながらあたしは訊いた。
「本来の目的って、親交を深めることですか?」
「うん、そう。でもとてもじゃない親交を深められるような雰囲気じゃないよ。一見なごやかなんだけど、会話にはとげがあるしみんな油断なく周りに視線を配っちゃってさぁ」
フラックスさんがぼやくなんて珍しい。よっぽどの状況なんだろうな。
「あんな中、陛下は善戦してると思うよ。瞬間移動を使って全部のテーブルを回って、全員と平等に話をして、もめごとが起こらないよう気を配ってさ。親交を深める目的がかなわないなら、せめて別の形で報いられたらいいなって思うんだ」
「そうですか」
「そんな他人事みたいな返事をして。ちょっとくらい陛下のことをいたわってあげようとか思わないの?」
「思いません」
きっぱり言い切ったあと、物言いたげに見上げてくるフォージに目配せする。あたしのメッセージが伝わったようで、フォージは神妙にうなずいた。
フォージには隠しようがないんだよね。おんぶオバケがごとくあたしの背後に張り付いている陛下の気配は。
陛下がこういうことを始めたのは三日前、交流会の翌日からだった。
あまりに疲れてる様子だったからバチンとやって追い払えずにいたら、陛下は黙って後ろからハグしてくるようになった。それ以上何かしてくる様子はないから、おんぶオバケしてくる陛下をそのままにしておくことにしたのだけど、気配だけとはいえ陛下に抱きつかれていると知られるのは恥ずかしい。それに、「ちょっと席外して」と言えば遠ざかってくれるので困ったことはない。なのでこのことは誰にも言ってなくて、陛下のことはいないも同然に扱ってる。
フラックスさんの話から疲れてる事情はわかったけど、これ以上いたわるつもりはないよ。だって、猫が甘えてゴロゴロいってるようなイメージが伝わってくるんだもん。機嫌良さそうだし、十分ないたわりになってるんじゃないかな、うん。
庭園の片隅の、高い庭木に囲まれた小さな庭には、すでに他の人たちが集まっていた。ヘマータサマとウェルティとコークスさんとテルミットさん。
しばらくあたしたちのお茶の時間に顔を出さなかったウェルティは、交流会の翌日から再び現れるようになった。とはいえ、フォージのことはまだちょっと怖がってるみたい。
今の時間自身主催のお茶会に出席している陛下はもちろん、補佐官のロットさんも宰相のモリブデンサマも陛下のお茶会のほうへ行ってる。侍女であるテルミットさんも手伝いに行ったほうがいいのではと訊いてみたところ、「わたくしはこちらにいたほうが都合がよいのです」と意味深なことを言われた。
「舞花、フォージ、こんにちは。フラックス、陛下のお茶会のほうはもういいのかい?」
そう真っ先に話しかけてきたのはコークスさんだ。あたしとフォージが挨拶を返したあと、フラックスさんが返事をする。
「得られる情報はもうなさそうだから。そういうコークスは一度も出席してないね。王族に近しい身分なんだから、出席したら陛下やモリブデン様がすごく助かるだろうに」
「それはどうかな。血族も出席しているじゃないか。各国代表との親睦の場だということを忘れて、ぼくのところに集まってきそうだ」
「どうしてですか?」
あたしが会話に入ると、コークスさんは肩をすくめて答えた。
「最近、ぼくに結婚を勧める血族が多くてね。この間の交流会でも囲まれてしまって参ったよ」
「ああ、そういうことですか」
あたしは妙に納得した。王家の血をできるだけ濃く存続させることを使命としてる方々は、適齢期の独身血族を放っておかないわけだ。
じゃあ、コークスさんと同い年のフラックスさんは? フラックスさんもかなり身分が高いと聞いた気がするけど。
ちらりと目を向けると、フラックスさんはにやりと笑った。
「僕は〝変わり者〟だからね。誰も見向きしないよ」
「フラックスさんって、そういえば常軌を逸した研究バカですもんね」
研究のために窓を突き破って三階から落ちたことがあるくらいだもん。あそこまでくると、さすがに同族でも引くか。
何故か一拍間が空いた後、フラックスさんは面白そうに笑った。
「上手いこと言うね、舞花」
「舞花様、フォージ様。そろそろお茶が入りますのでお席へどうぞ」
テルミットさんに声をかけられ、あたしとフォージは小庭の中央に置かれた長テーブルの、空いている席に並んで座る。
あたしたちが座るとすぐ、ヘマータサマが淡々と話しかけてきた。
「舞花、あなたは陛下のお茶会に参加しなくてよいの? あなたと面会したい方々が、今も後を絶たないと聞くけれど」
うーん、ヘマータサマからこういうことを訊かれるのも困っちゃうんだよね。
第一妃候補だったヘマータサマは、本当ならあたしが今立たされている立場にいるはずだった人。国のことを第一に考える彼女からしたら、友好国の王子王女たちとの交流を避けるあたしには一言も二言も三言も四言も言ってやらなくては気がすまないんだろうな。
答えあぐねていると、ヘマータサマは変わらぬ口調であたしが予想だにしなかったことを口にした。
「陛下のお茶会に出席するようにと言いたいわけではないのです。ただ、あなたはその姿で部屋にいて、部屋まで訪れる方々に対応しているそうではありませんか。しかも連日外出中だと言い、どこへ行ったかと問われれば、城下の店々を回っていると答えていると。友好国の王子王女たちと交流を持ちたくないのなら、日中部屋を空けるか居ても応じなければいいだけのはず。何故わざわざ対応に出て、方々を振り回すような嘘をつくのです? あなたがどこに行ったか訊き出すために、少なくない買い物をしていると聞きます」
そこに、席に着いてお茶を飲み始めていたフラックスさんが割り込んできた。
「そうそう。僕もそこが知りたいんだ。舞花様の深―いお考えって、いったい何なんだい?」
あたしはにんまり笑って答えた。
「あの人たちがあたしを利用しようとしているので、あたしもあの人たちを利用することにしたんです。自国の城下を〝視察〟して商品の購入までしてくれたとなれば、陛下もそのことは無視できなくて一言お礼を言ったりあの人たちの国から何か買い求めるかするんじゃないですか? それって一種の国際交流ですよね? 今回の王子様王女様方の訪問の目的にも合うんじゃないかなぁって思うんですけど。あの人たちはあたしと仲良くできなくても陛下と親交を深められるし、あたしは彼らと関わらずに、お世話になってるディオファーンに多少なりとも恩返しができるってわけです」
あたしが話を終えたとき、場はしんと静まり返った。みんな、驚きに目を見開いてあたしを凝視してくる。あ、フォージは別ね。フォージには先に話しておいたんだ。そのフォージは、あたしの隣で得意げにしている。うんうん、フォージにも手伝ってもらったもんね。店々を回ったのは本当。午前中、フォージに瞬間移動を使ってもらって店々を回って、それぞれの店に次はどこそこの店に行くと伝えておいたんだ。で、最後の店で最初の店の名前を告げれば、どの店から始めてもぐるり一巡できるってわけ。あの人たち、そのことにいつ気付くかな?
にまにましながらフォージと顔を見合わせてると、フラックスさんが「さすが舞花様」と言って笑った。
この国にお世話になってるからには、関係者の皆さんと少しはお付き合いしたほうがいいかなとは思わないでもない。でも、あの人たちの本心(?)を知っちゃった今は、すっかりその気持ちが消えちゃった。腹の底でバカにされてるとわかっていながら仲良くするなんて、そこまでお人好しにはなれないわ。
居室でフォージから字を教わっていると、廊下と接するドアがノックされた。あたしはさっと立ち上がる。
ドアの向こうから、どこそこのなんとかいう王子があたしに面会を求めているということを横柄に告げる声が聞こえてくる。肩書きや名前はどうでもいいので省略。あたしはにこやかな笑みを作って扉を開けた。
「申し訳ありません。舞花様は外出中です」
「今日もか! で? 舞花様はどちらに行かれたのだ?」
お付きの人らしいおとなしめな服を着た男性は、横柄な態度で訊ねてくる。男性の背後にちらりと目を向ければ、きらびやかな服を着た男性が「私が訪ねてきたというのに不在とは何事だ」と腹を立てているのが見える。それを、別のお付きの人たちが「異世界人だそうなので、そういった礼儀にうといのでは」などと言ってなだめようとしていた。
居留守(になるのかな? 堂々と姿さらしてるのに本人だと認識されない場合って)して悪いと思わないこともないけれど、普段付き合いのある人以外、訪ねてくる人の全員がこういういう態度なんだもん。良心の呵責も消え失せるわ。
あたしは作り笑いを顔に貼り付けて答える。
「お忍びで城下の雑貨屋を回っておいでです。異世界の方ですので、この世界の雑貨がことのほか珍しいのだそうで、いつ元の世界に帰ることになってもいいように、目に焼き付けておきたいのだとか」
「舞花様が不在ならばここにいても仕方ない。城下の雑貨屋へ行くぞ」
さっさと歩き出した王子サマに、お付きの人たちが慌ててついていく。慌ただしい足音が遠のくと、辺りはしんと静まり返った。
あたしは振り返ってフォージに言う。
「人にものを訊ねておきながらお礼どころか挨拶もできない、ああいう人たちこそ礼儀知らずよね?」
フォージはこくこくうなずいて、あたしに激しく同意してくれる。
もうそろそろお茶の時間なので、フォージと一緒に部屋を出た。
途中行き合った王女サマに文句を言われる。
「昨日回ったお菓子の店でも、一昨日に回った宝飾品の店でも、舞花様に会えなかったわ。もっと正確に舞花様の所在を教えなさいよ」
「それは無理です。その場の思いつきで店々を渡り歩いてらっしゃるので、いつどの店を訪れるか予測することができなくて」
「本当に無能な侍女ね。捜してきなさいと言いたいところだけれど、あなた、宰相の娘の付き添いも命じられているのよね」
冷ややかな目で見下ろされたフォージは、あたしのスカートの陰に隠れてしまう。いたいけな女の子をそんな目で見ないでほしいと思うけれど、侍女だと思われてるあたしがそれを言えば怒らせるだけだとわかっているので黙っておく。
「それで? 舞花様は、今日はどのような店を回っておられるの?」
「今日は雑貨屋です。異世界の方ですので、この世界の雑貨がことのほか珍しいのだそうで」
「雑貨屋ね。行くわよ」
王女サマはあたしの話の途中でお付きの侍女さんたちにそう言うと、さっさと行ってしまう。
「ひとの話を最後まで聞かないのも、何にも悪いことしてないこーんな可愛い女の子をにらみつけるのも失礼よね?」
しゃがんでフォージのほっぺをつんつんする。心細そうな顔をしていたフォージは、くすぐったそうに笑って緊張をほぐした。
離れたところから笑い声が聞こえてくる。
「見事に追い払ったものだね」
「フラックスさん」
廊下の角から出てきたフラックスさんは、近くまで来るとあたしと同じようにしゃがみ込んだ。
「舞花様のお付きの侍女さん、三日前舞花様は仕立屋を回られたそうですね。いったいどういう目的があって、舞花様はお店巡りを? 押しかけてくるあの人たちに嫌がらせ?」
「いえいえ、そういうわけでは。舞花サマには深―いお考えがあるのです。ここでは何ですので移動しませんか? 今、お茶の席に向かっているところなんです」
「それはお茶会に誘ってくれていると受け取っていいのかな? 一緒に行っていいかい? フォージ」
フラックスさんに話しかけられたフォージは、はにかみながらこっくりうなずく。フラックスさんは微笑んで、フォージの頭を優しくなでた。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えてご一緒させてもらうよ」
「あ、でも陛下のお茶会に出なくていいんですか? 希望者だけでOKなのに、昨日までの三日間、毎日出席してましたよね?」
「うーん、あっちはもういいや。誰も彼も本来の目的を忘れて、陛下に媚びを売るのに必死なんだもん。これ以上の情報収集は無理そう」
そういうことならばと、フォージを真ん中にして歩き出す。
歩きながらあたしは訊いた。
「本来の目的って、親交を深めることですか?」
「うん、そう。でもとてもじゃない親交を深められるような雰囲気じゃないよ。一見なごやかなんだけど、会話にはとげがあるしみんな油断なく周りに視線を配っちゃってさぁ」
フラックスさんがぼやくなんて珍しい。よっぽどの状況なんだろうな。
「あんな中、陛下は善戦してると思うよ。瞬間移動を使って全部のテーブルを回って、全員と平等に話をして、もめごとが起こらないよう気を配ってさ。親交を深める目的がかなわないなら、せめて別の形で報いられたらいいなって思うんだ」
「そうですか」
「そんな他人事みたいな返事をして。ちょっとくらい陛下のことをいたわってあげようとか思わないの?」
「思いません」
きっぱり言い切ったあと、物言いたげに見上げてくるフォージに目配せする。あたしのメッセージが伝わったようで、フォージは神妙にうなずいた。
フォージには隠しようがないんだよね。おんぶオバケがごとくあたしの背後に張り付いている陛下の気配は。
陛下がこういうことを始めたのは三日前、交流会の翌日からだった。
あまりに疲れてる様子だったからバチンとやって追い払えずにいたら、陛下は黙って後ろからハグしてくるようになった。それ以上何かしてくる様子はないから、おんぶオバケしてくる陛下をそのままにしておくことにしたのだけど、気配だけとはいえ陛下に抱きつかれていると知られるのは恥ずかしい。それに、「ちょっと席外して」と言えば遠ざかってくれるので困ったことはない。なのでこのことは誰にも言ってなくて、陛下のことはいないも同然に扱ってる。
フラックスさんの話から疲れてる事情はわかったけど、これ以上いたわるつもりはないよ。だって、猫が甘えてゴロゴロいってるようなイメージが伝わってくるんだもん。機嫌良さそうだし、十分ないたわりになってるんじゃないかな、うん。
庭園の片隅の、高い庭木に囲まれた小さな庭には、すでに他の人たちが集まっていた。ヘマータサマとウェルティとコークスさんとテルミットさん。
しばらくあたしたちのお茶の時間に顔を出さなかったウェルティは、交流会の翌日から再び現れるようになった。とはいえ、フォージのことはまだちょっと怖がってるみたい。
今の時間自身主催のお茶会に出席している陛下はもちろん、補佐官のロットさんも宰相のモリブデンサマも陛下のお茶会のほうへ行ってる。侍女であるテルミットさんも手伝いに行ったほうがいいのではと訊いてみたところ、「わたくしはこちらにいたほうが都合がよいのです」と意味深なことを言われた。
「舞花、フォージ、こんにちは。フラックス、陛下のお茶会のほうはもういいのかい?」
そう真っ先に話しかけてきたのはコークスさんだ。あたしとフォージが挨拶を返したあと、フラックスさんが返事をする。
「得られる情報はもうなさそうだから。そういうコークスは一度も出席してないね。王族に近しい身分なんだから、出席したら陛下やモリブデン様がすごく助かるだろうに」
「それはどうかな。血族も出席しているじゃないか。各国代表との親睦の場だということを忘れて、ぼくのところに集まってきそうだ」
「どうしてですか?」
あたしが会話に入ると、コークスさんは肩をすくめて答えた。
「最近、ぼくに結婚を勧める血族が多くてね。この間の交流会でも囲まれてしまって参ったよ」
「ああ、そういうことですか」
あたしは妙に納得した。王家の血をできるだけ濃く存続させることを使命としてる方々は、適齢期の独身血族を放っておかないわけだ。
じゃあ、コークスさんと同い年のフラックスさんは? フラックスさんもかなり身分が高いと聞いた気がするけど。
ちらりと目を向けると、フラックスさんはにやりと笑った。
「僕は〝変わり者〟だからね。誰も見向きしないよ」
「フラックスさんって、そういえば常軌を逸した研究バカですもんね」
研究のために窓を突き破って三階から落ちたことがあるくらいだもん。あそこまでくると、さすがに同族でも引くか。
何故か一拍間が空いた後、フラックスさんは面白そうに笑った。
「上手いこと言うね、舞花」
「舞花様、フォージ様。そろそろお茶が入りますのでお席へどうぞ」
テルミットさんに声をかけられ、あたしとフォージは小庭の中央に置かれた長テーブルの、空いている席に並んで座る。
あたしたちが座るとすぐ、ヘマータサマが淡々と話しかけてきた。
「舞花、あなたは陛下のお茶会に参加しなくてよいの? あなたと面会したい方々が、今も後を絶たないと聞くけれど」
うーん、ヘマータサマからこういうことを訊かれるのも困っちゃうんだよね。
第一妃候補だったヘマータサマは、本当ならあたしが今立たされている立場にいるはずだった人。国のことを第一に考える彼女からしたら、友好国の王子王女たちとの交流を避けるあたしには一言も二言も三言も四言も言ってやらなくては気がすまないんだろうな。
答えあぐねていると、ヘマータサマは変わらぬ口調であたしが予想だにしなかったことを口にした。
「陛下のお茶会に出席するようにと言いたいわけではないのです。ただ、あなたはその姿で部屋にいて、部屋まで訪れる方々に対応しているそうではありませんか。しかも連日外出中だと言い、どこへ行ったかと問われれば、城下の店々を回っていると答えていると。友好国の王子王女たちと交流を持ちたくないのなら、日中部屋を空けるか居ても応じなければいいだけのはず。何故わざわざ対応に出て、方々を振り回すような嘘をつくのです? あなたがどこに行ったか訊き出すために、少なくない買い物をしていると聞きます」
そこに、席に着いてお茶を飲み始めていたフラックスさんが割り込んできた。
「そうそう。僕もそこが知りたいんだ。舞花様の深―いお考えって、いったい何なんだい?」
あたしはにんまり笑って答えた。
「あの人たちがあたしを利用しようとしているので、あたしもあの人たちを利用することにしたんです。自国の城下を〝視察〟して商品の購入までしてくれたとなれば、陛下もそのことは無視できなくて一言お礼を言ったりあの人たちの国から何か買い求めるかするんじゃないですか? それって一種の国際交流ですよね? 今回の王子様王女様方の訪問の目的にも合うんじゃないかなぁって思うんですけど。あの人たちはあたしと仲良くできなくても陛下と親交を深められるし、あたしは彼らと関わらずに、お世話になってるディオファーンに多少なりとも恩返しができるってわけです」
あたしが話を終えたとき、場はしんと静まり返った。みんな、驚きに目を見開いてあたしを凝視してくる。あ、フォージは別ね。フォージには先に話しておいたんだ。そのフォージは、あたしの隣で得意げにしている。うんうん、フォージにも手伝ってもらったもんね。店々を回ったのは本当。午前中、フォージに瞬間移動を使ってもらって店々を回って、それぞれの店に次はどこそこの店に行くと伝えておいたんだ。で、最後の店で最初の店の名前を告げれば、どの店から始めてもぐるり一巡できるってわけ。あの人たち、そのことにいつ気付くかな?
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