国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第一章 フォージ・ヒーレンス

2、ウエディングドレスと小さな気配

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 廊下に引き摺り出された陛下の声も聞こえなくなったころ、テルミットさんが場を仕切り直すようにぱんっと手を打った。
「さ、舞花様も今日は忙しいですよ」
「え? 今日って何か予定あった?」
 テルミットさんは口元に手を当ててふふふと笑った。
「舞花様を驚かせようと思って内緒にしてたんです」

 食事室の片付けもそこそこに案内されたのは、寝室だった。あたしが起き抜けほったらかしにしたベッドはすっかり整えられ、その上に色とりどりの布やらレースやらリボンやらが整然と並べられている。そしてベッドの脇には女性がずらりと並んでいた。

 名前は覚えてない(というか、名乗られてない)けど、この人たちのことをあたしは知ってる。ドレスのデザイナーさんと、助手のお嬢さんたちだ。着の身着のままでこの世界にトリップしてきたあたしは、最初にお世話になった人に着替えを一揃え用意してもらった。それで十分だったのに、陛下があたしにドレスやらなんやらプレゼントしようとしたのだ。最初は丁重にお帰りいただいたんだけど、その後一着だけドレスを作ってもらった。そのとき何度か顔を合わせているので覚えてたんだ。となれば、これがどういう状況なのかわからないわけがない。

 あたしはむくれてテルミットさんに言った。
「今あるので十分なので、新しい服なんていらないんですけど」
 でもって、テルミットさんにもそのことを伝えて、陛下からの贈り物は受け付けないようにしてくれてるんじゃなかったの? 彼女たちに無駄足させちゃって申し訳ないじゃない。

 が、テルミットさんはきょとんとしたあと、コロコロ笑い出した。
「いやですわ、舞花様。これから仕立てるのは婚礼衣装です。今お持ちの服では婚礼衣装になりませんもの」

 またこれか。あたしはげんなりして言った。
「あたし、結婚するなんて言ってないんですけど」
「何おっしゃってるんですか。結婚前にお子が生まれてもいいんですか?」
 あたしは顔を真っ赤にした。この場は女性ばかりとはいえ、そんな話を持ち出されると恥ずかしいよ。

「う、生まれるわけないじゃないですか。テルミットさんも知ってるでしょ?」
「今のままいけば、いずれお子を授かると思うんですけど?」
「それはない!」
 あたしは断言する。陛下は勝手にあたしのベッドに潜り込むけれど、意識のない相手にそういうことする人じゃない。いや、ベッドに潜り込んでくる時点でアウトだけど。

 テルミットさんはにこにこしながら言った。
「舞花様は意外と陛下を信用なさっておいでなのですね」
「え? そういうわけでは……」
 いや、自分で思ってるより信頼してるのかな?

 あたしが悩み始めた隙をついて、テルミットさんはあたしのドレスのベルトをするっと解いた。かと思うと、あっという間にオーバードレスもアンダードレスも脱がされてしまう。
「今のうちに採寸をお願いします」
 テルミットさんのこの言葉を合図に、お嬢さんたちが群がってくる。
「きゃああぁぁ! ちょっと待って、待ってー!!」
 お嬢さんたちがあたしの言葉を聞くわけがない。お嬢さんたちは寄ってたかってあたしを押さえつけ、手際よく採寸をしていく。

 次々報告される数値を紙に書き付けながら、デザイナーさんが眉をひそめた。
「あら? 腰回りが前回より幾分豊かに。本当にもしかして……」
 腹部に目配せされて、あたしはわめいた。
「妊娠してないですってば!」
 それもこれも陛下のせいなのよ! 至れり尽くせり待遇に押し込められちゃったせいで明らかに運動不足。しかも美味しいものが出てくるからつい食べ過ぎちゃうのよ~。──ハイ、自己管理が大事ですね。

 なりふり構わずわめいたけど、誰も話を聞いちゃくれない。あれよという間に採寸が終わってしまう。朝から気疲れしたあたしを余所に、デザイナーさんとテルミットさんが話を始めた。
「それではデザインを決めましょうか」
「おなかが大きくなった時に備えて、ハイウエストがいいと思うんです」
「いいですわね。そうしましたら、こんな感じはいかがでしょう?」
「だから妊娠しないってば!!!」
 あたしの叫びもむなしく、デザイナーさんとテルミットさんははしゃいでる。ひとのウエディングドレスのことだけど、わくわくするんだろうな。──って他人事みたいに考えてる場合じゃない!

 さっき着てたドレスを着せてもらいながらあたしは叫ぶ。
「あたしは絶対着ないからね!」
 ──余はそなたの婚礼衣装姿を見てみたいぞ。
 この場にいない人の声が聞こえてきたというのに、あたしはすかさず叫んだ。
「だから着ないってば! てか、着替えのぞくな!」

 バチッ

 と火花が飛ぶような音がして、その気配が去っていく。
 ぜいぜい肩で息をしていると、テルミットさんの感心した声が聞こえてきた。
「まあ。陛下を追い払うのがお上手になられましたね、舞花様」
 緊張感のないその声に、あたしはがっくり肩を落とした。


 この国ディオファーンの王族には【救世の力】という不思議な力が備わってる。ファンタジーに出てくるような超能力や魔法みたいなもので、その能力は様々だ。
 で、王族の筆頭である国王陛下の持つ能力は本当に多彩だ。やきもちを焼いて人を吹っ飛ばしたり、嫉妬した相手をつまみ上げて窓の外へ放り出したり、離れたところにいてもあたしの言動が見聞きできちゃったりとかね。

 いつのぞき見されているかとノイローゼになりかけたこともあったけど、ありがたいことにその問題は解決した。
 ある日を境に、あたしは陛下が近づいてくる気配を感じ取れるようになったのだ。
 陛下の千里眼やらテレパシーやらの能力は、どうやら幽体離脱に近いっぽい。幽体離脱といっても、本体が意識をなくすわけではなく、意識の分身を飛ばしてくる感じかな。だからなのか、陛下がのぞき見に来るときには「また来やがったな」と気配を感じられるの。
 とはいえ、気配を感じられるようになったのは、ある事件がきっかけ。事件というのも大げさかもしれないけど、ホントに命の危険を感じたんだから。恨むよ、みんな。

 とはいえ、何もなかったかのように友好的(一人を除く)なみんなを見てると、腹立たしくは思っても恨みにくくなっちゃってるんだけどね。知り合いが誰もいないこの異世界であたしを受け入れてくれた人たちだもん。思ってた以上に好きになってたのかなって思う。好きって、恋愛感情の好きじゃないからね! この世界で誰かを好きになるわけにはいかないの。あたしは元の世界に帰りたいんだから。


 話を戻しまして。
 あたしがどんなに着ない結婚しないと言い張っても、テルミットさんやお針子さんたちにはのれんに腕押しだった。お針子さんたちが帰ったころには、あたしはくたくたになってソファにぐったり座り込んだ。

 そんな中、テルミットさんは一人元気で(といっても、ここには今二人しかいないんだけど)部屋の掃除をしてる。あたしが使わせてもらってる部屋だからあたしが掃除すべきだし、普段は手伝ってるんだけど、今日はその気力もないわ。テルミットさんもいつも手伝わなくていいって言うし、あたしは元々ずぼらな性格だしね。

 というわけでソファの背もたれにだらしなくもたれかかって休憩していると、また『気配』が近付いてきた。懲りないな、陛下。あたしはさっきのことでまだ怒ってるんだってば。

「もういい加減にして!」
 ばちっと火花が飛ぶような音がする。けど、これまでと違う感触にあたしはぽかんとした。

「舞花様、また陛下がいらしたのですか?」
 テルミットさんが声をかけてくる。我に返ったあたしは、呆然としながら言った。
「逃げられた……」
 それだけじゃない。『あの気配は陛下のものじゃなかった』。陛下より小さい、遠慮がちな気配──。
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