39 / 59
第5章 暗闇に堕ちる
三十六、あめあめ ふるふる
しおりを挟む
午後の前半の授業は、体育だった。
一通りの準備運動を終えたあと、体育館をネットで分け、男女それぞれで半分ずつ使用する。
男子はバスケットボール、女子はバレーボールに分かれ、さらにそれぞれで数人の班に分かれ、軽い試合形式をとりつつ体を動かす。
運動部に所属する者や身体を動かす事が好きな者にとっては楽しい時間であろうが……深月にしてみればより一層憂鬱な時間だ。
「はっ……はっ……!」
何せ……揺れる。
きちんと下着で支えているつもりなのに、飛んだり走ったりするだけで只管に揺れる。
重い塊に引っ張られ、体勢を崩す度に鬱陶しさが募るのだが、周りの女子からすると単なる自慢にしか見えないようで、舌打ちがそこら中から聞こえてくる。
【……ふざけんなよ陰キャの分際で】
【自慢かくそが】
【見せつけてんじゃねーしブスが】
【思い切り引きちぎりたい、あの脂肪】
……ついでに〝声〟も聞こえてくるのだが、なんというか、今日この時間におけるそれらはあまり心に傷をつけてこない。
単なる妬みや嫉み、悔し紛れの罵倒ばかりで、聞くたびに罪悪感やら哀れみやらが湧いてくる種類のものだ。
かといって、いい気味だとも思わないし、得意げになったりもしない。只々、鬱陶しいとしか思わない。
「……おい、すげぇぞ不動の。思った通りすげぇ揺れ」
「ボールよりよっぽど跳ねてるよな、触ったらどんだけ柔らけぇんだ…?」
「二次元でしか見れねぇよな、あんな爆乳」
「俺、このクラスでよかったぁ」
境目越しに来る男子の視線もまた面倒臭い。
人試合を終えた後の休憩中、わざわざ境目に集まって女子の運動する姿を凝視しに来る。当然、大半の視線が深月に集中していた。
体育教師も注意するどころか、興味がないと言う風を装いながらちらちらと横目を向けてくる始末。
「っ……ほら、ふどーさん! さぼってないでしっかりレシーブしてよ!」
その状況が気に入らない他の女子達がさらに苛立ちを募らせ、深月を睨む視線を強めると言う悪循環。
目立ちたくないな、と動きを鈍らせる深月なのだが、こういった状況に限って女子達は執拗に深月を狙って球を叩き込んできて、それを受け止め返さなければならなくなる。
受け止める側の事をまるで考えない雑な軌道の所為で、深月は右へ左へ振り回されまくり、その為にまた胸が揺れる。そして男子が盛り上がる。
「……最悪、本当に最悪」
誰にも聞こえないよう小さく呟き、滝のように流れる汗を二の腕で乱暴に拭う。
付き合いきれない、心の底からそう思うのに、勝手に嫉妬した女子達の攻撃が立て続けに襲い掛かり、休む暇もない。
さっさと試合が終われば休めるのに、味方と相手で球を交換するだけとなっていてまるで終わる気配がない。
延々と、それこそ授業の終わりが来るまで止まりそうにない。止められる教師が全く頼りにならない為、深月は只管に時を待つ他になかった。
「ほらー! へばってんじゃないわよ! ……死ねばいいのに」
「帰宅部なんかしてるから体力ついてないのよー! ……生きてるだけでほんと目障りだわ」
最早、例の〝声〟なのか実際に発されている声なのか、区別がつかないほどに多く、女子達の口から悪態が溢れる漏れる。
そこまでされてなお……不思議な事に、深月の心に悲しみは湧かなかった。
「っ……早く、終わんないかな」
次々に飛んでくる球を受け止め、自陣の女子に渡して。
自分一人だけが、全国大会に向けて猛練習に励んでいる気分に陥りながら、独言る。その合間に、ちらりと視線を男子の空間の隅に向ける。
……案の定、環一人だけが本気で関心がなさそうに球と戯れている。
独りが過ぎて、逆に目立っている気もしたが、今の所男子の誰一人として彼に注意を向けている者はいない。
(……あれが、縁を切った効果、なのかな)
誰からも関心を向けられず、気付かれず。
まるで透明人間にでもなっているかのように、彼の周りには何者もいない。音さえ聞こえていないように見える。
実に悲しい姿なのに、本人はいたって平然としている。独りである事が本当に心地が良いらしい。
それを見て、深月は思う……いつからいつまで、彼はそう在り続けるのだろう。
未だ自らは人であると言いつつ、人ならざる者とだけ縁を保ち、人の世界では独りのまま。心変わりする時が決してないと、果たして言い切れるのか。
現在における唯一の話し相手となっている所為か、余計なお世話だと自覚しながら……少年のこの先を案じずにはいられない深月だった。
「……あ、雨」
ふと、誰かが窓の方を見やって呟く。
いつの間にか外が暗くなり始め、ぱたぱたと小さな雨粒が降り注ぐ音が聞こえてきている。
今朝にあった予報通り、明日の朝に至るまで降るらしい、生憎の天気だ。折り畳みで十分か、そこそこ不安になる雨量だと聞いている。
じめりと湿気を孕み出した空気に憂鬱な気分になりながら、深月は勢いよく飛んでくる球を見据え、疲弊した体に鞭を打って迎えに動いた。
一通りの準備運動を終えたあと、体育館をネットで分け、男女それぞれで半分ずつ使用する。
男子はバスケットボール、女子はバレーボールに分かれ、さらにそれぞれで数人の班に分かれ、軽い試合形式をとりつつ体を動かす。
運動部に所属する者や身体を動かす事が好きな者にとっては楽しい時間であろうが……深月にしてみればより一層憂鬱な時間だ。
「はっ……はっ……!」
何せ……揺れる。
きちんと下着で支えているつもりなのに、飛んだり走ったりするだけで只管に揺れる。
重い塊に引っ張られ、体勢を崩す度に鬱陶しさが募るのだが、周りの女子からすると単なる自慢にしか見えないようで、舌打ちがそこら中から聞こえてくる。
【……ふざけんなよ陰キャの分際で】
【自慢かくそが】
【見せつけてんじゃねーしブスが】
【思い切り引きちぎりたい、あの脂肪】
……ついでに〝声〟も聞こえてくるのだが、なんというか、今日この時間におけるそれらはあまり心に傷をつけてこない。
単なる妬みや嫉み、悔し紛れの罵倒ばかりで、聞くたびに罪悪感やら哀れみやらが湧いてくる種類のものだ。
かといって、いい気味だとも思わないし、得意げになったりもしない。只々、鬱陶しいとしか思わない。
「……おい、すげぇぞ不動の。思った通りすげぇ揺れ」
「ボールよりよっぽど跳ねてるよな、触ったらどんだけ柔らけぇんだ…?」
「二次元でしか見れねぇよな、あんな爆乳」
「俺、このクラスでよかったぁ」
境目越しに来る男子の視線もまた面倒臭い。
人試合を終えた後の休憩中、わざわざ境目に集まって女子の運動する姿を凝視しに来る。当然、大半の視線が深月に集中していた。
体育教師も注意するどころか、興味がないと言う風を装いながらちらちらと横目を向けてくる始末。
「っ……ほら、ふどーさん! さぼってないでしっかりレシーブしてよ!」
その状況が気に入らない他の女子達がさらに苛立ちを募らせ、深月を睨む視線を強めると言う悪循環。
目立ちたくないな、と動きを鈍らせる深月なのだが、こういった状況に限って女子達は執拗に深月を狙って球を叩き込んできて、それを受け止め返さなければならなくなる。
受け止める側の事をまるで考えない雑な軌道の所為で、深月は右へ左へ振り回されまくり、その為にまた胸が揺れる。そして男子が盛り上がる。
「……最悪、本当に最悪」
誰にも聞こえないよう小さく呟き、滝のように流れる汗を二の腕で乱暴に拭う。
付き合いきれない、心の底からそう思うのに、勝手に嫉妬した女子達の攻撃が立て続けに襲い掛かり、休む暇もない。
さっさと試合が終われば休めるのに、味方と相手で球を交換するだけとなっていてまるで終わる気配がない。
延々と、それこそ授業の終わりが来るまで止まりそうにない。止められる教師が全く頼りにならない為、深月は只管に時を待つ他になかった。
「ほらー! へばってんじゃないわよ! ……死ねばいいのに」
「帰宅部なんかしてるから体力ついてないのよー! ……生きてるだけでほんと目障りだわ」
最早、例の〝声〟なのか実際に発されている声なのか、区別がつかないほどに多く、女子達の口から悪態が溢れる漏れる。
そこまでされてなお……不思議な事に、深月の心に悲しみは湧かなかった。
「っ……早く、終わんないかな」
次々に飛んでくる球を受け止め、自陣の女子に渡して。
自分一人だけが、全国大会に向けて猛練習に励んでいる気分に陥りながら、独言る。その合間に、ちらりと視線を男子の空間の隅に向ける。
……案の定、環一人だけが本気で関心がなさそうに球と戯れている。
独りが過ぎて、逆に目立っている気もしたが、今の所男子の誰一人として彼に注意を向けている者はいない。
(……あれが、縁を切った効果、なのかな)
誰からも関心を向けられず、気付かれず。
まるで透明人間にでもなっているかのように、彼の周りには何者もいない。音さえ聞こえていないように見える。
実に悲しい姿なのに、本人はいたって平然としている。独りである事が本当に心地が良いらしい。
それを見て、深月は思う……いつからいつまで、彼はそう在り続けるのだろう。
未だ自らは人であると言いつつ、人ならざる者とだけ縁を保ち、人の世界では独りのまま。心変わりする時が決してないと、果たして言い切れるのか。
現在における唯一の話し相手となっている所為か、余計なお世話だと自覚しながら……少年のこの先を案じずにはいられない深月だった。
「……あ、雨」
ふと、誰かが窓の方を見やって呟く。
いつの間にか外が暗くなり始め、ぱたぱたと小さな雨粒が降り注ぐ音が聞こえてきている。
今朝にあった予報通り、明日の朝に至るまで降るらしい、生憎の天気だ。折り畳みで十分か、そこそこ不安になる雨量だと聞いている。
じめりと湿気を孕み出した空気に憂鬱な気分になりながら、深月は勢いよく飛んでくる球を見据え、疲弊した体に鞭を打って迎えに動いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
祇園あやかし茶屋〜九尾の狐が相談のります〜
菰野るり
キャラ文芸
京都の最強縁切り〝安井金比羅宮〟には今日も悩める人々が訪れる。
切るも縁、繋ぐも縁。
祇園甲部歌舞練場と神社の間の小さな通りにある茶屋〝烏滸〟では、女子高生のバイト塔子(本当はオーナー)と九尾の狐(引き篭もりニート)の吹雪が、縁切りを躊躇い〝安井金比羅神社〟に辿り着けない悩める人間たちの相談にのってます。
※前日譚は〜京都あやかし花嫁語り〜になりますが、テイストがかなり異なります。純粋にこちらを楽しみたい場合、前日譚を読む必要はありません‼︎
こちらだけ読んでも楽しんでいただけるように書いていくつもりです。吹雪と塔子と悩める人々、それから多彩なあやかしが織りなす現代ファンタジーをお楽しみいただければ幸いです。
男爵令嬢に転生したら実は悪役令嬢でした! 伯爵家の養女になったヒロインよりも悲惨な目にあっているのに断罪なんてお断りです
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
「お前との婚約を破棄する」
クラウディアはイケメンの男から婚約破棄されてしまった……
クラウディアはその瞬間ハッとして目を覚ました。
ええええ! 何なのこの夢は? 正夢?
でも、クラウディアは属国のしがない男爵令嬢なのよ。婚約破棄ってそれ以前にあんな凛々しいイケメンが婚約者なわけないじゃない! それ以前に、クラウディアは継母とその妹によって男爵家の中では虐められていて、メイドのような雑用をさせられていたのだ。こんな婚約者がいるわけない。 しかし、そのクラウディアの前に宗主国の帝国から貴族の子弟が通う学園に通うようにと指示が来てクラウディアの運命は大きく変わっていくのだ。果たして白馬の皇子様との断罪を阻止できるのか?
ぜひともお楽しみ下さい。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
幼馴染はとても病院嫌い!
ならくま。くん
キャラ文芸
三人は生まれた時からずっと一緒。
虹葉琉衣(にじは るい)はとても臆病で見た目が女の子っぽい整形外科医。口調も女の子っぽいので2人に女の子扱いされる。病院がマジで嫌い。ただ仕事モードに入るとてきぱき働く。病弱で持病を持っていてでもその薬がすごく苦手
氷川蓮(ひかわ れん)は琉衣の主治医。とてもイケメンで優しい小児科医。けっこうSなので幼馴染の反応を楽しみにしている。ただあまりにも琉衣がごねるととても怒る。
佐久間彩斗(さくま あやと)は小児科の看護師をしている優しい仕事ができるイケメン。琉衣のことを子供扱いする。二人と幼馴染。
病院の院長が蓮でこの病院には整形外科と小児科しかない
家は病院とつながっている。
絶世の美女の侍女になりました。
秋月一花
キャラ文芸
十三歳の朱亞(シュア)は、自分を育ててくれた祖父が亡くなったことをきっかけに住んでいた村から旅に出た。
旅の道中、皇帝陛下が美女を後宮に招くために港町に向かっていることを知った朱亞は、好奇心を抑えられず一目見てみたいと港町へ目的地を決めた。
山の中を歩いていると、雨の匂いを感じ取り近くにあった山小屋で雨宿りをすることにした。山小屋で雨が止むのを待っていると、ふと人の声が聞こえてびしょ濡れになってしまった女性を招き入れる。
女性の名は桜綾(ヨウリン)。彼女こそが、皇帝陛下が自ら迎えに行った絶世の美女であった。
しかし、彼女は後宮に行きたくない様子。
ところが皇帝陛下が山小屋で彼女を見つけてしまい、一緒にいた朱亞まで巻き込まれる形で後宮に向かうことになった。
後宮で知っている人がいないから、朱亞を侍女にしたいという願いを皇帝陛下は承諾してしまい、朱亞も桜綾の侍女として後宮で暮らすことになってしまった。
祖父からの教えをきっちりと受け継いでいる朱亞と、絶世の美女である桜綾が後宮でいろいろなことを解決したりする物語。
第三王子の夫は浮気をしています
杉本凪咲
恋愛
最近、夫の帰りが遅い。
結婚して二年が経つが、ろくに話さなくなってしまった。
私を心配した侍女は冗談半分に言う。
「もしかして浮気ですかね?」
これが全ての始まりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる