7 / 59
第2章 現世と常世の狭間
六、きぼうのひかり
しおりを挟む
かりかりかり……ペンを走らせる音が虚しく響く。
大量に摘まれた書類の山、昼間からまた増えたが、なんとか時間を見つけて処理し。
放課後になってしばらく経ってから、ようやく全てが片付いた。
「……はぁぁぁぁ」
椅子の背凭れに背中を預けて、脱力する。
今日の嫌がらせは、取り敢えずこれで終わりだろう……書かせる物がなくなったのだから。
もしかしたら、書いた物を後から隠したり捨てられたりするかもしれない。その前に、さっさと職員室に持って行かなければ。
けれど、今はまだ動けなかった。
体が、心が重くて起き上がれない。疲れ切っていて頭も働かない。
慣れた、と強気でいられればいいのだが、それは無理だ。
周りが敵ばかりでは、心が休まる暇などあるわけがないのだから。
「―――深月? いま、大丈夫?」
その声に、死にかけていた深月の目に光が戻る。
満面の笑みを浮かべて起き上がろうとして、しかしすぐに表情を引き締める。
「…大丈夫だって、周りに誰もいないから。心配しすぎ」
「だ、だって……うん、ごめん」
「謝んないの、悪いのは全部あいつらなんだから。……それより、ごめんね、いつも助けてあげられなくて」
困った顔で笑いながら、教室の入り口からひょこっと顔を出した少女。
隣の学級の生徒―――深月のただ一人の味方、幼い頃からの親友、長峰樹希だ。
「うっわ…こんな大量の書類、放課後までに処理しきるとかあんたホント、化け物みたいなスペックしてるわよね」
「酷いよ、樹希……別に普通だよ。お母さんがこういうの苦手だから、昔から代わりにやってたってだけで」
「それが凄いのよ。ていうか、苦労体質は昔からだったのね」
書類の山から一枚手に取り、しっかりと書き込まれている事を確かめて顔を顰める樹希。
深月に戦慄の眼差しを向け、次いで真顔になると親友の目を覗き込んだ。
「……あんた、マジで大丈夫? 顔色悪いよ? 保健室行ったら?」
「だ、大丈夫。これ持って行かないとだし」
「無理しないでよ。……見てるだけのあたしが言うのもなんだけど、本当に苦しかったら、先生たちに助けを求めるなり何なり、さ?」
相当に酷い顔をしているのだろう、不安気に顔を歪めて樹希が肩に触れる。
深月は苦笑し、樹希の手を取り、そっと握る。温かさに涙が滲みそうになるが、ぐっと堪える。
「大丈夫、本当に……こんな事で騒いだら、お母さんに迷惑かけちゃうから」
「こんな事って……まぁ、うん。お店、一人で大変だもんね」
「本当は、高校なんか行かないでお店手伝いたかったんだけど……『一度しかない人生、自分の為に生きなさい』って。学費もお父さんの貯金があるから大丈夫、って」
「…ほんといいお母さんだよね」
樹希に言われ、誇らしさを抱くも……その時の母の表情を思い出し、目を逸らす。
大丈夫なわけが、ない。
だが、それを親友に話してはさらに心配をかける事となる……余計な事は、口にしたくない。
家族以外で、たった一人の味方だから。
「…あたしにできる事あったら、言ってね。絶対助けるから」
真剣な眼差しと共に、樹希は力強く深月に言ってくれる。
そこらの男子よりも遥かに男前で……周りが碌でもない人間ばかりだから仕方がないが……惚れ惚れする言葉に胸が高鳴りそうになる。
「…うん、ありがとう」
「きにすんなし、友達なんだから当たり前でしょ?」
本当に優しい友人だ……自分の味方をしていると周りに知られれば、自身も標的にされかねないのに。
こうして隙を見て話しかけに来てくれる、それだけで随分心が軽くなる。
見ている事しかできない、いや、違う。苦しむ自分を知ってくれているだけで、十分な助けなのだ。
「もう、行くね? また明日……」
「今度お店にも行くから! 売り上げにも貢献してあげなきゃね~」
「ふふっ…その時は私が定食、作ってあげるね?」
「えー、あんたの定食の味、微妙なんだけど~」
「酷いよ、樹希ぃ……」
軽口を叩きながら、書類の山を抱えて立ち上がる。
急ごう、途中で邪魔が入るかもしれない。廊下でぶつか手床にぶちまけられたり、何枚か奪われたりするかもしれない。実際に何度かされた事があるから、注意しなければ。
「……深月!」
教室を後にしようとしたその時。
強く響いた樹希の声に、立ち止まって振り向く。
「あたしはさ……ずっとあんたの味方だからね?」
「……うんっ」
親友からの心強い、優しさに溢れた声援を受け。
深月は晴れやかな気持ちで、歩き出した―――彼女を、絶対に傷つけさせはしない。そう心に決めて。
大量に摘まれた書類の山、昼間からまた増えたが、なんとか時間を見つけて処理し。
放課後になってしばらく経ってから、ようやく全てが片付いた。
「……はぁぁぁぁ」
椅子の背凭れに背中を預けて、脱力する。
今日の嫌がらせは、取り敢えずこれで終わりだろう……書かせる物がなくなったのだから。
もしかしたら、書いた物を後から隠したり捨てられたりするかもしれない。その前に、さっさと職員室に持って行かなければ。
けれど、今はまだ動けなかった。
体が、心が重くて起き上がれない。疲れ切っていて頭も働かない。
慣れた、と強気でいられればいいのだが、それは無理だ。
周りが敵ばかりでは、心が休まる暇などあるわけがないのだから。
「―――深月? いま、大丈夫?」
その声に、死にかけていた深月の目に光が戻る。
満面の笑みを浮かべて起き上がろうとして、しかしすぐに表情を引き締める。
「…大丈夫だって、周りに誰もいないから。心配しすぎ」
「だ、だって……うん、ごめん」
「謝んないの、悪いのは全部あいつらなんだから。……それより、ごめんね、いつも助けてあげられなくて」
困った顔で笑いながら、教室の入り口からひょこっと顔を出した少女。
隣の学級の生徒―――深月のただ一人の味方、幼い頃からの親友、長峰樹希だ。
「うっわ…こんな大量の書類、放課後までに処理しきるとかあんたホント、化け物みたいなスペックしてるわよね」
「酷いよ、樹希……別に普通だよ。お母さんがこういうの苦手だから、昔から代わりにやってたってだけで」
「それが凄いのよ。ていうか、苦労体質は昔からだったのね」
書類の山から一枚手に取り、しっかりと書き込まれている事を確かめて顔を顰める樹希。
深月に戦慄の眼差しを向け、次いで真顔になると親友の目を覗き込んだ。
「……あんた、マジで大丈夫? 顔色悪いよ? 保健室行ったら?」
「だ、大丈夫。これ持って行かないとだし」
「無理しないでよ。……見てるだけのあたしが言うのもなんだけど、本当に苦しかったら、先生たちに助けを求めるなり何なり、さ?」
相当に酷い顔をしているのだろう、不安気に顔を歪めて樹希が肩に触れる。
深月は苦笑し、樹希の手を取り、そっと握る。温かさに涙が滲みそうになるが、ぐっと堪える。
「大丈夫、本当に……こんな事で騒いだら、お母さんに迷惑かけちゃうから」
「こんな事って……まぁ、うん。お店、一人で大変だもんね」
「本当は、高校なんか行かないでお店手伝いたかったんだけど……『一度しかない人生、自分の為に生きなさい』って。学費もお父さんの貯金があるから大丈夫、って」
「…ほんといいお母さんだよね」
樹希に言われ、誇らしさを抱くも……その時の母の表情を思い出し、目を逸らす。
大丈夫なわけが、ない。
だが、それを親友に話してはさらに心配をかける事となる……余計な事は、口にしたくない。
家族以外で、たった一人の味方だから。
「…あたしにできる事あったら、言ってね。絶対助けるから」
真剣な眼差しと共に、樹希は力強く深月に言ってくれる。
そこらの男子よりも遥かに男前で……周りが碌でもない人間ばかりだから仕方がないが……惚れ惚れする言葉に胸が高鳴りそうになる。
「…うん、ありがとう」
「きにすんなし、友達なんだから当たり前でしょ?」
本当に優しい友人だ……自分の味方をしていると周りに知られれば、自身も標的にされかねないのに。
こうして隙を見て話しかけに来てくれる、それだけで随分心が軽くなる。
見ている事しかできない、いや、違う。苦しむ自分を知ってくれているだけで、十分な助けなのだ。
「もう、行くね? また明日……」
「今度お店にも行くから! 売り上げにも貢献してあげなきゃね~」
「ふふっ…その時は私が定食、作ってあげるね?」
「えー、あんたの定食の味、微妙なんだけど~」
「酷いよ、樹希ぃ……」
軽口を叩きながら、書類の山を抱えて立ち上がる。
急ごう、途中で邪魔が入るかもしれない。廊下でぶつか手床にぶちまけられたり、何枚か奪われたりするかもしれない。実際に何度かされた事があるから、注意しなければ。
「……深月!」
教室を後にしようとしたその時。
強く響いた樹希の声に、立ち止まって振り向く。
「あたしはさ……ずっとあんたの味方だからね?」
「……うんっ」
親友からの心強い、優しさに溢れた声援を受け。
深月は晴れやかな気持ちで、歩き出した―――彼女を、絶対に傷つけさせはしない。そう心に決めて。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
闇に堕つとも君を愛す
咲屋安希
キャラ文芸
『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。
正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。
千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。
けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。
そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。
そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。
ポムポムスライム☆キュルキュルハートピースは転生しないよ♡
あたみん
キャラ文芸
自分でも良くわかんないけど、私には周りのものすべてにハート型のスライムが引っ付いてんのが見えんの。ドンキのグミみたいなものかな。まあ、迷惑な話ではあるんだけど物心ついてからだから慣れていることではある。そのスライムはモノの本質を表すらしくて、見たくないものまで見せられちゃうから人間関係不信街道まっしぐらでクラスでも浮きまくりの陰キャ認定されてんの。そんなだから俗に言うめんどいイジメも受けてんだけどそれすらもあんま心は動かされない現実にタメ息しか出ない。そんな私でも迫りくる出来事に変な能力を駆使して対峙するようになるわけで、ここに闇落ちしないで戦うことを誓いま~す♡
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる