糸ノ神様

春風駘蕩

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第1章 不運の少女

四、ひとのふりしたがきちくしょう

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 四人の姿が通路の向こうに見えなくなってから、武宮は甘い顔立ちに笑みを浮かべ、深月に振り向いて語りかけた。

「大丈夫? あいつらも懲りないね。前もこうして注意してやったってのに、ね?」
「……そう、です、ね。毎度、お手数おかけしてます」

 女子達に人気の高い顔の良さ、その上表情は柔らかく気さく。
 相手が何人であっても不誠実な真似をしていれば止めに入る勇気を持つ、稀有な人柄の持ち主に助けられ。

 常に怯え、臆するばかりの深月もこの時ばかりはほっと安堵をーーーする事はなく。

「でも大丈夫、あいつらが何度来ても俺が守ってあげるからさ」
「……どうも」
「それ、委員会の書類だろ? 運ぶの手伝ってあげるよ、貸して」
「い、いいです……自分で、運びます。……それじゃ」

 きらきらと輝いて見える笑顔で手を差し出してくる武宮。
 しかし深月はおどおどと周りを気にしながら首を横に振り、小走りで武宮の横を通り抜ける。

 失礼だとはわかっていても、彼の手を取る事にも恐怖を覚える深月は、最低限頭を下げるだけで目も合わせられない。

「遠慮しなくていいよ。またあんな奴らが絡んできたら大変だろう? よ」
「……だ、だいじょうぶ、ですから! も、もう行かないと」

 俯く深月の顔を、心の底から心配そうに覗き込む武宮。
 視線が合いそうになるのを拒み、猫背で体全体を隠すようにしながら、ばたばたと大急ぎでその場から離れようとする。

「遠慮しなくていいのに……謙虚だね、深月さんって」

 武宮は困り顔で肩をすくめるだけで、気分を害した様子は見せなかった。
 だが、当然その姿に周囲で一連のやりとりを眺めていた女子生徒達は面白くなく、深月を四方八方から睨みながら忌々しげな囁き声を交わした。

「…見た? 理玖くんがせっかく助けてくれたのにあの態度」
「…可愛いからってほんっと調子に乗ってるわ。自分が男を誘ってるのが悪いくせに」
【ああいう奴、本当に死んで欲しい】
「…守られて当然とか思ってんのよ、あぁむかつく」
【向こうの階段で足滑らせて死ねばいいのに】
【死んじゃえよクズ女】

 その場の視線から逃れるため、大急ぎで歩く深月はぎゅっと痛む胸を書類の山で押さえて俯く。
 もう誰かに絡まれないように、周囲の人間を視界から遮断し、職員室を目指してひたすらに歩を進める。

 そうして階段の下り場に差し掛かったその時ーーー不意に、深月の〝耳〟はその声を捉えた。



【……ふーん、なかなか墜ちないな。まぁ、その方がやり甲斐があるけど。ああいうのはガード固い分墜ちたら異様なくらい従順になるんだよな。そうしたら、あの美味そうな体全部を愉しめるのに】



 びくっ!と肩を震わせ、息を呑む深月。
 ちらり、と気づかれないように振り向き、自分を庇ってくれたーーーそう周囲に思わせた男を振り返る。

【もっとこういう状況に陥ってくれれば気を許すかな。まぁ、どうせ時間もあるし、気長に攻略していこうかな。他にも遊べる女の子はいるし】

 多くの女子生徒達に憧れの視線を向けられる男、武宮理玖は一人……不気味に笑っていた。
 人ではなく、美味そうな肉を持つ獲物を見る肉食獣のような鋭い目で、深月の後ろ姿を満足げに見送っていた。

 そのうちに手に入れるつもりの獲物が逃げ去る様を、愉しげに……それを巧妙に隠して。


 武宮もまた、深月を助ける素振りをしながら、四人組を追い払って向き合うや否や、その視線を深月の身体に固定していた。
 他人には分からぬように偽装されていても、本人にははっきりとわかる獣慾。それもあの四人組に勝るとも劣らないねっとりとしつこい視線に込めて。
 四人組の事は、邪魔者どころか自分の善行を飾る演者のようにしか見ていない、そう感じさせられる冷たさがあった。

 誠実で心優しい美青年という仮面の奥に隠された本性に早い段階で気付いた深月にとって、彼に助けられるという事は逃げ場を奪われるようなもの。
 礼という名の債務が募る今の状況において、安堵など微塵も抱けるはずがない。



(……最悪。また、嫌だ嫌だ)

 深月は慌てて前を向き、唇を噛み締める。

 この学校に味方はいない。誰も彼もが、自分を虐める獲物だとしか認識していない。
 溢れそうになる涙を抑え、深月はせめてもの抵抗のように、生徒達のいる場から逃げ続けた。
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