糸ノ神様

春風駘蕩

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第1章 不運の少女

二、かこめ かごめ かごのなかでひとり

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「ふどーさ~ん? 悪いけどこれ、代わりにやっといて~?」

 ばさばさばさっ!
 と、目の前に大量の紙束が落とされる。

 ぐしゃぐしゃに丸められたそれらは、どれも重要な書類ばかり……会計委員が大切に管理しておかなければならない報告書や見積書の成れの果てだ。

「……あの、えっと、これ、は、麻野さんの仕事……です、よね。こんなに、渡されても……」

 間延びした声で嗤う、垂れ目にショートボブカットの同級生を見上げておずおずと告げるも、聞き入れる様子はない。
 困り顔で俯く深月を見て、女子生徒……麻野由那は余計に愉しそうに口角を上げ、目を細めるばかりだ。

「え~? でもぉ、私これでも忙しいし~。ふどーさん暇そうだからちょうどいいでしょ~? みんなのための仕事なんだし~、みんながおんなじだけ頑張るべきだと思う~。はいじゃあけって~い」
「で、でも、私もバイト、あるし……」
「そんなの知らないし~? 個人的な理由で義務をほーきするのはいけない事だと思いま~す」
「……ちゃんと、学校に許可、取ってます」
「私達がみ~んなが学校のために頑張ってるのに~、ふどーさんだけ自分だけ優先するの~? それってずるくな~い?」

 ぼそぼそとか細く、力なく反論すると、麻野は余計に調子付き、一方的に挑発じみた文句をつけてくる。

「……それに、あの、この書類、もう提出期限が先週になってるし、先生が怒ってるやつで……」
「あ、ごっめーん? 別の仕事してたからさ~。代わりに謝っといてよ~、優等生のふどーさんなら伊藤先生も許してくれるでしょ~? 先生のお気に入りなんだしさ~」

 にやにやと、鼠を虐める猫のような嗜虐心に満ちた笑みを浮かべる麻野。
 挙げられた担任教師の名に思わず顔をしかめる深月だが、ぐっと唇を噛み締め耐える。声を荒げたところで余計に馬鹿にしてくるだけだ。

「お気に入りだとか、関係ないです。これは麻野さんに与えられた仕事で、私がするのはおかしーーー」
「もー! そんなのいいから早くやっといてよ! ぐちぐち後から文句けるなんてウザいよ! 頑張ってるみんなの迷惑だとか思わないわけ!?」

 首を縦に振ろうとしない深月に、突如麻野は金切り声をあげて机の上に積み上げた書類の山を押す。ぐしゃぐしゃになった紙の山はぐらりと傾ぎ、深月の膝の上に、そして床にばら撒かれていく。

 反論さえ強引に潰され、歯を食い縛る深月。
 彼女の目前に落ちた書類を踏み、顔を覗き込んだ麻野は、それまで以上に愉悦を浮かべて笑ってみせた。

「じゃあ、あとは一人で頑張ってね……淫乱売春女」

 かっ、と深月は顔を真っ赤にして顔を上げるが、麻野はさっさと踵を返し、跳ねるように教室を後にする。けらけらと甲高い笑い声をあげ、振り向く事なく廊下の向こうへと姿を消す。

 明らかに目に余る言葉の数々、行為の数々。
 だが、教室内の誰一人としてそれに眉を寄せる者はいない。むしろ麻野に追従するように、そこらでひそひそと囁き合っていた。

「…いい気味だわ、いつもいつもお高く止まって」
【バイトったって、どうせ遊ぶ金でしょ? しかも身体売って稼いだ汚い金に決まってるわよ】
【体もどっかの汚いサラリーマンのおっさんで汚されてんのよ。それでも欲しがる性欲しか頭にない男なんか理解できないわ】
「…男子達もあんなのをちやほやして馬鹿よね」
「…先生達もあの女に誘惑されて内申点高くしてるって噂だし」
【成績も体で操ってうまいこと弄らせてんじゃない?】
「…それで学校の事も私らに押し付けるとか、最低よね」
「…あんなのが同級生とか最悪よ。毎日毎日顔見なきゃならない私らの身にもなって欲しいわ」

 悪意塗れの囁きを交わす女子達。それを見る男子達の姿はない。
 麻野が時期を見計らい、昼休みで男子達が外に行っている間に行動を起こしたがために、悪辣な嫌がらせは公にされていない。

 独り、文句を返す事もできずに立ち尽くしている深月を周囲から睨み、毒を吐く女子生徒の一人が溜息交じりに呟く。



「……ほんと、死ねばいいのに」



 深月はぎりっ、と歯を軋ませ拳をきつく握り締め。
 しかし、すぐに脱力して肩を落とす。無言のまましゃがみ込み、散らばった書類を一枚ずつ集め、丸まったものを広げて整える。

 周囲から突き刺さる敵意の視線に辟易しながら、深月は紙束を抱え、敵しかいない教室の出入り口へと向かって進む。

「……死にたいのはこっちよ」

 誰にも聞こえないくらいの掠れた声で呟いて、悪意の目から逃れるようにその場を後にした。
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