この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

23-4:決して怒らせてはならない方

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「なっ…何なんだ貴様は!? どこから湧いて出た!?」

 突如姿を現した師に、兵士達は驚愕をあらわにしながらも、脅すように怒号を放ち、新たに矢を装填させて身構える。
 森の奥に引っ込み、人里に足を踏み入れない師の異様な姿は怪しさしかなく、その場にいた者、兵士達や亜人の少年少女達からも畏怖の視線を集めていた。

 師は自身に突き刺さる視線の全てを無視し、ぎょろりと仮面の奥の赤い目を向けた。

「何者でもいい…今一度問うが、我が弟子達にこの傷をつけたのはお前達か、と聞いている」
「貴様…!」
「それがどうした! せっかく存在理由を与えてやった矮小なごみが、恩を仇で返したのだ! 命を持って償わせることの何が間違いだ!?」

 人間とは思えない、異質な威圧感を放つ眼光に射抜かれ、思わず後ずさる兵士達。
 しかし、生まれ持った虚栄心によるものか、それとも気圧された事への羞恥からか、誤魔化すようにさらに大きな声で吠えかかる。
 キーンと少年少女達の鼓膜を震わせる声が、周りから響きまくる。

「待て…弟子といったか!? ならば貴様、この薄汚い亜人共の大本か!」
「さては貴様か! この亜人の雌共を我が国へ送り込んできたのは! ごみ屑共に加担するとは…恥を知れ!」

 目を血走らせ、唾を吐き散らして威圧してくる中、師は一切怯む様子を見せず佇む。
 その背に、亜人の子供の何人かが恐る恐るといった様子で手を伸ばし、ローブの端を指で抓む様を見やり、師は仮面の奥の目を細める。

「…聞くに堪えぬな。これまで見てきた、如何なる生物よりも醜悪で滑稽だ」
「な…何だと!?」
「相容れぬ存在を排他せんとすることはまぁいい…しかし己を特別と思い込み、他にも強制しようとするその姿はあまりに見苦しい。何様のつもりか、たかが猿の分際で」

 吐き捨てるような師の呟きに、兵士達の顔が一斉に赤く染まっていく。
 見る見るうちに殺気が高まっていく光景を前に、アザミやシェラ、少年少女達がさっと顔色を悪化させていく。

「お、お師匠…!」
「それ以上は…!」
「きっ…き、き、貴様ぁ! 誉れ高き憲兵団を侮辱するか!?」

 激昂した兵士達が、激情のままに引き金を絞り、師一人に向かって矢を集中させる。
 だが、放たれた矢は先程と同じように、何の前触れもなく弾かれ、バキリと乾いた音を立てて砕け、地面に落下していく。
 頭に血が昇る兵士達だが、その様を見て思わず息を呑んだ。

「な…何なのだ!? 貴様は一体、何なのだ―――」

 ガタガタと全身を震わせ、表情を引きつらせる兵士達。
 その一人が悲鳴交じりの声で叫び、よろめいた時、音もなく接近した師の腕が伸び、彼の顔面を掴んで軽々と持ち上げた。

「きっ…! 貴様、いい加減に―――ぎっ!?」
「が、はっ―――!」
「な、なん…だ―――⁉」

 周りにいた兵士達が慌てて飛び掛かろうとしたが、動き出そうとしたその瞬間、彼らは自身の首を押さえてその場に膝をついていく。
 見れば、兵士達全員の首に、ぞろぞろと黒い影のような者が巻き付き、彼らの首を絞めつけていた。彼らの足元まで続くそれは、元を辿ると、師の作る影から伸びて見える。

 目を見開き、泡を吹いて悶絶する兵士達。そしてそれを目の当たりにし、恐怖と畏怖の視線を送る少年少女達。
 アザミやシェラからも似たような視線を送られながら、師は冷たい声で続けて告げる。

「お前達は……人間であるから偉いのか?」
「ぐっ…げっ!?」
「人間であるから……己以外の種族は全て下であり、踏み躙り、塵のように扱ってもいいというのか? ……そうだな、確かにその考えは正しいかもしれん」

 首一本でぶらさげられ、兵士の一人が苦悶の声を上げて、両足をばたつかせる。
 師の声が聞こえているかもわからない、死を目前としたすさまじい形相である。

「蠅を数匹潰すのに、人間は一々心を痛めはしまい。虫けらを殺したところで、罪悪感を抱きはしまい。それはその者にとっての命の価値が、案じるに値しないからだ」

 冷酷に語る師の目が、不意に強い光を放つ。
 その瞬間、顔面を掴み上げられる兵士に、変化が現れ始めた。

 肌は渇き、黒く染まって木肌のように……いや、本当に木の質感に変わっていく。見開かれた目も飛び出し、眼孔から枝が伸びていく。
 師の腕を掴んでいた手も痩せ細り、鎧を纏ったまま枝に変じていく。元気に暴れていた両脚にいたっては、長く伸びて地面に到達し、突き刺さって根に変わっていく。

 師の影に囚われた他の兵士達にも同じような変化が現れ、耳をふさぎたくなるような苦悶の声が上がる。
 目を疑うような光景を、無事なアザミやシェラ達が呆然と凝視していた。

「故に己は―――お前達を踏み潰すことに何の抵抗も遠慮も持たぬ」

 ベキベキベキ、と兵士達の頭部からも枝が伸び、頭髪が葉や芽に変わっていく。
 苦悶と恐怖に歪む顔だけが、彼らがかつて人間であったことを示していた。

「まぁ、己も殺戮は好みではない故に……殺しはしないがな」

 そう言って師は、完全に木に変わり果てた兵士から手を離す。
 城内にありながら、まるで小さな森のようになった庭を見渡し、師はどこか満足げに頷いた。
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