この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

文字の大きさ
上 下
93 / 99
薄幸の少女と森の賢者達

23‐3:救いの手

しおりを挟む
「動くな! 亜人共!」

 咄嗟に足を止めたアザミや、呆然となるシェラや少年少女達の前に、建物の奥から飛び出して来た数十人の兵士が包囲を作り始める。
 全員、隙間のない甲冑を身に纏い、あの弓に似た武器を構えて突き付けている。ぐるりと半円を描くように揃ったことで、アザミとシェラ達の逃走路は一切塞がれてしまった。

「よくもこの城を、汚い足で踏み荒らしてくれやがったな!? 覚悟しやがれ!」
「今ここで、汚らしい体液ぶちまけて死に絶えろ、糞虫が!」

 心臓や脳を真っ直ぐに狙う鏃の輝きに、少年少女達は勿論、アザミとシェラも顔から血の気を引かせる。
 この状況をひっくり返せるような力はない。この場での騒ぎが広がる前に撤収するつもりだったのに、逃げるどころか動くこともできなくなってしまった。

「み、見つかった…!」
「まずい…無駄に話をし過ぎた。本気でまずい…!」
「…! だから言ったんだよ、ちくしょう…!」
「何をぶつぶつ言っている…! 口を開くな! この清廉な空気が穢れていくのがわからんのか!?」

 悲鳴を漏らす少女達に、兵士達は苛立ちを覚えたのか、引き金にかける指に徐々に力を込め始める。
 陽光を受けて、鈍い光を放つ鏃。それを前にして、アザミとシェラ達は悔しさに歯を食い縛る。先ほどのような根拠のない自信など、木端微塵に吹き飛んでしまっていた。

「ゴミの分際で、人間様の手をここまで煩わせやがって…! 一回殺すだけじゃ足りねぇ、達磨にして責め続けてやろうぜ」
「いや…! これ以上こいつらの薄汚ねぇ面なんざ見たくねぇ、ここで駆除するぞ!」

 兵士達全員が口々に罵倒の言葉を発し、汚らわしいものを見る目を向ける。

 話す間も与えられない、ただ貫かれるための的になり果てた少年少女達は、襲い来るであろう痛みと衝撃を想像し、思わず目を瞑る。
 アザミは矢を突き付ける兵士達を睨みつけ、意味のないことと知りながら、彼らを庇うように両手を広げ、前に立ちはだかる。

 兵士達はそれに、滑稽なものを見るように嗜虐的な笑みを浮かべ、引き金をゆっくりと引き始めた。

「下らねぇな、さっさと死ね―――」

 兵士の一人の台詞と共に、彼らの指に力がかかる。
 ガッ、ガガガッ!と、弓が力を解放し鏃を放つ音が、立て続けに鳴り響く。前後左右から放たれた凶器が、風を切り近付いてくる音が聞こえてくる。

「っ…!」
「ねえ様…!」

 もはやこれまで、と。アザミ達は身を固くしながらそう覚悟する。
 少年少女達は嗚咽をこぼしながら、シェラはアザミの背に縋りながら。アザミは脳裏に、一つの大きな背中を思い浮かべながら、ひたすらに最期の瞬間を待つ。

 だが、何時まで経っても、少女達に痛みが襲ってくることはなかった。
 代わりに感じたのは、ざわりと奇妙な風が頬を撫でた感触だった。

「……え?」
「―――まったく…己が目を離した隙にこうも厄介事を引き寄せるとは、どういう星の元に生まれているのだ、お前は」

 恐る恐る瞼を開け、顔を上げたアザミとシェラの視界に入って来たのは、漆黒の壁。
 いや、壁と見まがうほどに大きく、揺るぎない後姿を持つ、見慣れた色と聞きなれた不思議な声を持つ者の姿が、そこにはあった。

「……お師、匠?」
「おししょう……様」

 姉妹は呆然と、自分達の前に堂々と立っている師を凝視する。
 何故ここに、何時ここに、様々な疑問が脳内に何度も浮かび、全く答えが見つからず、ぽかんと間抜けな顔で呆けたまま、立ち尽くす。

 固まったままの弟子たちを背に庇いながら、師はゴキリと首を鳴らし、驚愕で目を見開き固まっている兵士達を見据えた。

「己の弟子に手を出したのは……お前達か?」

 ばらばらと、砕けた全ての矢を地面にばらまきながら問いかける黒い鎧の大男。
 どよどよと辺りからざわめきが響き始めると、獅子の仮面の奥に秘された赤い眼光が、ゆらりと鬼火のような不気味な光を放った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...