この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

22‐2:奴隷の反抗

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「あ? 何だ?」

 そう遠くない場所から聞こえてきた甲高い破砕音に、上機嫌だった男は顔をしかめて足を止める。
 若い兵士や護衛の兵達も足を止め、振り向くと、丁度音がした方から一人、慌てた様子の兵士が駆け込んでくる姿が見えた。

「ほ、報告であります! 緊急の報告であります!」
「何だよ、こっちはこれから用があるってのに…」
「ど、奴隷が…! 地下牢に放り込んでいたはずの奴隷が、いつの間にか抜け出して王城内部のあちこちで暴れているんです!」
「何だと…?」

 息を切らせた兵士のもたらした情報に、若い兵士や男が目を剥く。
 息を潜ませていたシェラも、耳に届いたそれに驚愕をあらわにする。地下牢の奴隷と言えば、自分が王城内に潜り込んだ際に出遭った、彼らに他ならないはずだと。

「見張りは何をしていた! いつもこなす役割もこなせないのか、あの盆暗は!」
「そ、それが……何者かに気絶させられていたと。殴られた痕はなく、代わりに感電したような火傷の後があったと…」
「感電? あそこに電気を使うような道具は一つもないはずだが……」

 若い兵士は訝しみ、続いてハッと目を見開き、自分の手元に振り向く。そこには、拘束された黒髪のエルフが、胡乱気な表情で見上げてきている姿がある。
 若い兵士は脳裏に過った想像に、ヒクヒクと頬を痙攣させながら、恐ろしい形相で笑い始めた。

「ふざけやがって…! おいお前ら! こいつの連れはもうこの城の中にいるぞ! 奴が地下牢に潜り込んで、奴隷共を使って混乱を引き起こしてんだ!」
「なんだとぉ!?」

 同僚達に向けて怒鳴りつけると、雇い主の男が怯えたように肩を震わせる。きょろきょろと辺りを見渡し、どこから自分を狙って来るのかと歯を鳴らし始める。
 若い兵士は途端に情けない姿を晒す男に呆れた目を向け、舌打ち交じりに視線を逸らし、同僚達に向けて声を張り上げた。

「奴の狙いはこの雌だ! こいつを囮にすりゃ、奴は必ず出てくる! 姿を見せた瞬間に囲んで袋叩きにしてやりゃあいい! 奴隷共の対処は後回しだ!」
「はっ!」
「な、何を言っている! 薄汚い亜人共が、私の城で好き勝手暴れているのだぞ! 後回しにするとはどういうつもりだ! さっさと一匹残らず捕まえさせろ!!」

 若い兵士の指示に従い、彼の部下が雇い主の男の周りを囲み始めると、他ならぬ雇い主の男がそれに待ったをかけた。
 先ほどよりも分厚く、警戒を強める護衛に安堵するよりも先に、報告にあった奴隷が城内で暴れているという情報の方が重要らしい。思わず、若い兵士もうんざりした顔になった。

「…旦那、優先順位ってもんがあるでしょう。第一、全部やらせるには兵の数が足りませんぜ。このご時世、城の守りも見張りも欠かせないんですから」
「それをどうにかするのが貴様らの仕事だ! 早く、早く亜人共を捕らえろ! 最悪殺しても構わん! 我が城を守るのだ!」
「…今、隣国と危うい関係にあるってわかってんですかい…? どっからどう刺客が来るか、って状況っての忘れてませんかねぇ…?」
「そんなことを考えるのは後回しだ! 亜人側が白を汚しかねない今の方が緊急事態だろう! 何故そんな簡単な事がわからんのだ!?」

 無茶を平気で口にする雇い主に、若い兵士はがしがしと頭をかいて苛立ちをあらわにする。
 護衛だけではない、城の守りもあって手が足りないと言っているのに、全てをやれと。右を見ながら左も見ろというような物言いに、さすがに上下関係も保てなくなってくる。
 若い兵士は大きく舌打ちすると、俯いたままのアザミをにらみつけ、振りかぶった手を思い切り振り下ろした。

「っ…!」
「おら…呼べよ、お前の妹を。そうすりゃ俺達はそいつを捕まえて、あの馬鹿に玩具を与えて部屋に戻らせられる。お前らは役に立てる。みんなみんな万々歳だ……わかんないのか?」

 雇い主の男の耳に届かないよう、潜めた声でアザミに語り掛ける若い兵士。
 当然、アザミはそれに皮肉気な笑みを見せ、返事すら返そうとはしない。その憮然とした態度に、若い兵士の額に太く血管が浮かび始めた。

「…ああ、そうかよ。お前がそういう態度をとるってんなら、こっちも思う存分やらせてもらうさ……せいぜい耐えてみろよクソガキが!」

 アザミの襟首を掴み、鋭く睨みつけながら、若い兵士が固く拳を握りしめる。
 ひゅっと風切り音を響かせて、ギュッときつく目を瞑る少女の顔を砕く凶器が、容赦なく振るわれようとした。
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