88 / 99
薄幸の少女と森の賢者達
22‐2:奴隷の反抗
しおりを挟む
「あ? 何だ?」
そう遠くない場所から聞こえてきた甲高い破砕音に、上機嫌だった男は顔をしかめて足を止める。
若い兵士や護衛の兵達も足を止め、振り向くと、丁度音がした方から一人、慌てた様子の兵士が駆け込んでくる姿が見えた。
「ほ、報告であります! 緊急の報告であります!」
「何だよ、こっちはこれから用があるってのに…」
「ど、奴隷が…! 地下牢に放り込んでいたはずの奴隷が、いつの間にか抜け出して王城内部のあちこちで暴れているんです!」
「何だと…?」
息を切らせた兵士のもたらした情報に、若い兵士や男が目を剥く。
息を潜ませていたシェラも、耳に届いたそれに驚愕をあらわにする。地下牢の奴隷と言えば、自分が王城内に潜り込んだ際に出遭った、彼らに他ならないはずだと。
「見張りは何をしていた! いつもこなす役割もこなせないのか、あの盆暗は!」
「そ、それが……何者かに気絶させられていたと。殴られた痕はなく、代わりに感電したような火傷の後があったと…」
「感電? あそこに電気を使うような道具は一つもないはずだが……」
若い兵士は訝しみ、続いてハッと目を見開き、自分の手元に振り向く。そこには、拘束された黒髪のエルフが、胡乱気な表情で見上げてきている姿がある。
若い兵士は脳裏に過った想像に、ヒクヒクと頬を痙攣させながら、恐ろしい形相で笑い始めた。
「ふざけやがって…! おいお前ら! こいつの連れはもうこの城の中にいるぞ! 奴が地下牢に潜り込んで、奴隷共を使って混乱を引き起こしてんだ!」
「なんだとぉ!?」
同僚達に向けて怒鳴りつけると、雇い主の男が怯えたように肩を震わせる。きょろきょろと辺りを見渡し、どこから自分を狙って来るのかと歯を鳴らし始める。
若い兵士は途端に情けない姿を晒す男に呆れた目を向け、舌打ち交じりに視線を逸らし、同僚達に向けて声を張り上げた。
「奴の狙いはこの雌だ! こいつを囮にすりゃ、奴は必ず出てくる! 姿を見せた瞬間に囲んで袋叩きにしてやりゃあいい! 奴隷共の対処は後回しだ!」
「はっ!」
「な、何を言っている! 薄汚い亜人共が、私の城で好き勝手暴れているのだぞ! 後回しにするとはどういうつもりだ! さっさと一匹残らず捕まえさせろ!!」
若い兵士の指示に従い、彼の部下が雇い主の男の周りを囲み始めると、他ならぬ雇い主の男がそれに待ったをかけた。
先ほどよりも分厚く、警戒を強める護衛に安堵するよりも先に、報告にあった奴隷が城内で暴れているという情報の方が重要らしい。思わず、若い兵士もうんざりした顔になった。
「…旦那、優先順位ってもんがあるでしょう。第一、全部やらせるには兵の数が足りませんぜ。このご時世、城の守りも見張りも欠かせないんですから」
「それをどうにかするのが貴様らの仕事だ! 早く、早く亜人共を捕らえろ! 最悪殺しても構わん! 我が城を守るのだ!」
「…今、隣国と危うい関係にあるってわかってんですかい…? どっからどう刺客が来るか、って状況っての忘れてませんかねぇ…?」
「そんなことを考えるのは後回しだ! 亜人側が白を汚しかねない今の方が緊急事態だろう! 何故そんな簡単な事がわからんのだ!?」
無茶を平気で口にする雇い主に、若い兵士はがしがしと頭をかいて苛立ちをあらわにする。
護衛だけではない、城の守りもあって手が足りないと言っているのに、全てをやれと。右を見ながら左も見ろというような物言いに、さすがに上下関係も保てなくなってくる。
若い兵士は大きく舌打ちすると、俯いたままのアザミをにらみつけ、振りかぶった手を思い切り振り下ろした。
「っ…!」
「おら…呼べよ、お前の妹を。そうすりゃ俺達はそいつを捕まえて、あの馬鹿に玩具を与えて部屋に戻らせられる。お前らは役に立てる。みんなみんな万々歳だ……わかんないのか?」
雇い主の男の耳に届かないよう、潜めた声でアザミに語り掛ける若い兵士。
当然、アザミはそれに皮肉気な笑みを見せ、返事すら返そうとはしない。その憮然とした態度に、若い兵士の額に太く血管が浮かび始めた。
「…ああ、そうかよ。お前がそういう態度をとるってんなら、こっちも思う存分やらせてもらうさ……せいぜい耐えてみろよクソガキが!」
アザミの襟首を掴み、鋭く睨みつけながら、若い兵士が固く拳を握りしめる。
ひゅっと風切り音を響かせて、ギュッときつく目を瞑る少女の顔を砕く凶器が、容赦なく振るわれようとした。
そう遠くない場所から聞こえてきた甲高い破砕音に、上機嫌だった男は顔をしかめて足を止める。
若い兵士や護衛の兵達も足を止め、振り向くと、丁度音がした方から一人、慌てた様子の兵士が駆け込んでくる姿が見えた。
「ほ、報告であります! 緊急の報告であります!」
「何だよ、こっちはこれから用があるってのに…」
「ど、奴隷が…! 地下牢に放り込んでいたはずの奴隷が、いつの間にか抜け出して王城内部のあちこちで暴れているんです!」
「何だと…?」
息を切らせた兵士のもたらした情報に、若い兵士や男が目を剥く。
息を潜ませていたシェラも、耳に届いたそれに驚愕をあらわにする。地下牢の奴隷と言えば、自分が王城内に潜り込んだ際に出遭った、彼らに他ならないはずだと。
「見張りは何をしていた! いつもこなす役割もこなせないのか、あの盆暗は!」
「そ、それが……何者かに気絶させられていたと。殴られた痕はなく、代わりに感電したような火傷の後があったと…」
「感電? あそこに電気を使うような道具は一つもないはずだが……」
若い兵士は訝しみ、続いてハッと目を見開き、自分の手元に振り向く。そこには、拘束された黒髪のエルフが、胡乱気な表情で見上げてきている姿がある。
若い兵士は脳裏に過った想像に、ヒクヒクと頬を痙攣させながら、恐ろしい形相で笑い始めた。
「ふざけやがって…! おいお前ら! こいつの連れはもうこの城の中にいるぞ! 奴が地下牢に潜り込んで、奴隷共を使って混乱を引き起こしてんだ!」
「なんだとぉ!?」
同僚達に向けて怒鳴りつけると、雇い主の男が怯えたように肩を震わせる。きょろきょろと辺りを見渡し、どこから自分を狙って来るのかと歯を鳴らし始める。
若い兵士は途端に情けない姿を晒す男に呆れた目を向け、舌打ち交じりに視線を逸らし、同僚達に向けて声を張り上げた。
「奴の狙いはこの雌だ! こいつを囮にすりゃ、奴は必ず出てくる! 姿を見せた瞬間に囲んで袋叩きにしてやりゃあいい! 奴隷共の対処は後回しだ!」
「はっ!」
「な、何を言っている! 薄汚い亜人共が、私の城で好き勝手暴れているのだぞ! 後回しにするとはどういうつもりだ! さっさと一匹残らず捕まえさせろ!!」
若い兵士の指示に従い、彼の部下が雇い主の男の周りを囲み始めると、他ならぬ雇い主の男がそれに待ったをかけた。
先ほどよりも分厚く、警戒を強める護衛に安堵するよりも先に、報告にあった奴隷が城内で暴れているという情報の方が重要らしい。思わず、若い兵士もうんざりした顔になった。
「…旦那、優先順位ってもんがあるでしょう。第一、全部やらせるには兵の数が足りませんぜ。このご時世、城の守りも見張りも欠かせないんですから」
「それをどうにかするのが貴様らの仕事だ! 早く、早く亜人共を捕らえろ! 最悪殺しても構わん! 我が城を守るのだ!」
「…今、隣国と危うい関係にあるってわかってんですかい…? どっからどう刺客が来るか、って状況っての忘れてませんかねぇ…?」
「そんなことを考えるのは後回しだ! 亜人側が白を汚しかねない今の方が緊急事態だろう! 何故そんな簡単な事がわからんのだ!?」
無茶を平気で口にする雇い主に、若い兵士はがしがしと頭をかいて苛立ちをあらわにする。
護衛だけではない、城の守りもあって手が足りないと言っているのに、全てをやれと。右を見ながら左も見ろというような物言いに、さすがに上下関係も保てなくなってくる。
若い兵士は大きく舌打ちすると、俯いたままのアザミをにらみつけ、振りかぶった手を思い切り振り下ろした。
「っ…!」
「おら…呼べよ、お前の妹を。そうすりゃ俺達はそいつを捕まえて、あの馬鹿に玩具を与えて部屋に戻らせられる。お前らは役に立てる。みんなみんな万々歳だ……わかんないのか?」
雇い主の男の耳に届かないよう、潜めた声でアザミに語り掛ける若い兵士。
当然、アザミはそれに皮肉気な笑みを見せ、返事すら返そうとはしない。その憮然とした態度に、若い兵士の額に太く血管が浮かび始めた。
「…ああ、そうかよ。お前がそういう態度をとるってんなら、こっちも思う存分やらせてもらうさ……せいぜい耐えてみろよクソガキが!」
アザミの襟首を掴み、鋭く睨みつけながら、若い兵士が固く拳を握りしめる。
ひゅっと風切り音を響かせて、ギュッときつく目を瞑る少女の顔を砕く凶器が、容赦なく振るわれようとした。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

喜んで地獄に行ったら、閻魔様に試供品にされました。〜異世界で森の中でサバイバル!?〜
NiE
ファンタジー
アラサー引きこもりニートが親不孝にも日頃の不摂生が祟り死亡。そりゃー地獄行きだろと思いながら、喜んで閻魔様の法廷に立つも地獄も人材不足、ブラック企業の役員も真っ青な激務で、すわっ!ストライキ!という瀬戸際だった。手間ばかりかかる魂に拘っている暇など無い!ということで、お手軽簡単に魂の整理をしようと、低位の世界に魂の大バーゲンセールを行なうことにした。「篁くん、この魂あそこの神に試供ひ・・・、下賜しとしてー。」かくして、四十九日も過ぎぬうちに異世界へGo!と相成りました。
いやいや・・・。やっと人生終わったのに、なんでまたすぐ生まれなきゃなんないのよ!異世界?魔法?そんなんどうでも・・・。え?義務はない?“お試し”で転生するだけでいい?特典もくれるの!?「・・・・。っ!!!森でサバイバルからなんて聞いてなーーーーーいっ!!!!」
※この作品はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。事柄や方法なども実際には則してないことがあります。
「作者のメンタルは豆腐です。応援よろしくお願いします。」
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる