86 / 99
薄幸の少女と森の賢者達
21‐2:魔の手が迫る
しおりを挟む
「ぐぅっ…!」
「はい、お待ちかねのお品物でございますよ~」
背中を押され、後ろ手に縛られたアザミが俯せに倒れ込む。受け身も取れず、苦悶の声を漏らすが、それでもきっと目の前の肥え太った男を睨みつける。
肌のあちこちに青あざができ、痛々しい姿を晒していたが、それを隠すように犬歯を剥き出しにする。
男はそれを見て、より一層期待と興奮に鼻息を荒くした。
「ぐふふふふ…! この白い肌、肉がついてなお艶やかな肢体…! やはり純潔のエルフは旨そうだ、ぐふ、ぐふふふ!」
「ち、近付くな…」
「ぐふふ…この気の強さもまたいい…! 後で圧し折るときが楽しみだ」
涎を垂らし、下卑た目を向け、男はアザミの前でしゃがみ込む。そのせいで全裸に男の股間が近づき、汚らしい逸物が鼻先近くに寄せられたことで、流石にアザミは嫌悪でさっと目を逸らす。
男はますます笑みを深め、アザミの髪を掴んで無理矢理引き上げ、自分の目と合わさせる。
頭皮が引っ張られる痛みに苦悶の声が漏れ、たまらない悔しさが胸をつく。
「手持ちのハーフエルフよりも肉が多いな。もっと細い、折りやすそうな方がわしの好みなんだが……まぁ、これはこれで楽しめるか。もう片方をお楽しみにするということで…」
「その事なんですがねぇ…」
「あぁ?」
べろりと唇を舐め、無遠慮に少女の柔肌を撫でる男に、若い兵士が若干言い辛そうに口を挟む。
楽しい気分に水を差された気分か、ぎろりと不機嫌そうな目を向ける雇用主の男に、若い兵士は困り顔で肩を竦めて答える。
「こいつ、生意気にもおれ達の足止めをして、もう一匹を逃がしちまいましてね……今、憲兵総出で探してる真っ最中なんですわ」
「なんだと!? だったらさっさとお前も探しに行けばいいだろうが! 何をちんたらやっている!」
「いやぁ…一応俺ら、あんたに雇われた兵士ですし…。あんたの護衛をする奴もいなきゃ意味ないですし」
「口ごたえするな! わしが欲しいのはもう一人の方だ!」
「そう言われましてもねぇ…」
怒りに任せ、アザミを傍に放り出して怒鳴り散らす男に、若い兵士は頬を痙攣させて後退る。叫ぶたびに飛んでくる唾が顔にかかりそうで、兵士の苛立ちも募っていく。
男は気づかなかったが兵士の顔には、高い報酬がなければ絶対に従わないのに、という考えがありありと表れていた。
アザミは侃々諤々と騒ぐ男を見上げながら、彼らに見えないように笑みを浮かべる。
少なくとも、自分が体を張って逃がした妹分はまだ捕まっていないと、重要な情報を知る事ができたからだ。
「まったく…! とんだ役立たずだ、お前達は…!」
「そりゃあどうもすんません…」
怒鳴るだけ怒鳴ってようやく落ち着いたのか、どすどすと床を踏み鳴らして男がベッドに戻っていく。
どっかりと腰を下ろし、傍らの机の上に置かれた酒の瓶を掴むと、力尽くでふたを開け、ぐびぐびと逆さにして飲み干していく。それ一本だけで庶民が数ヵ月生きられるような値段のそれが、あっという間に空になった。
「それで、何時までかかるんだ? それまでこいつらで暇をつぶすのもいいが……」
「……お困りのようですねぇ」
苛立たし気に問う雇用主に、若い兵士がどう答えたものかと、必死に誤魔化し方を模索していた時。
彼らのいる部屋の扉が開かれ、一人の小汚い男が―――シェラの実の父親が顔を出した。
「む? 何だぁお前、汚いなりで何を勝手に…」
「ああ、あんたかい。あの亜人の雌はまだ捕まってないんだから、報酬はまだ無しだよ」
「ヒヒッ…俺は別にそんなのは構わないんですよ……それより、お望みの雌が手に入らなくてお困りなんでしょう? いい案がありますよ?」
「あぁ…?」
ケタケタと肩を揺らして寄ってくるシェラの父に、男と兵士は胡乱気な目を向けつつも、追い出すことは考えなかった。
限りなく同じ思考をした、似た種類の人間であることを察していたからであろう。
ニタニタと下卑た笑みを見せる、大切な妹分の実の父親に、アザミが凄まじい殺気のこもった目を向ける。が、それに全く気付いていない様子で、シェラの父は男達に語りだす。
「あの雌はその小生意気な雌を姉として懐いているようで……これを餌にすれば、簡単にここへ―――」
「そんなのはわかりきってるんだよ。だからこうしてここに…」
「それでは足りないと言っているのですよ」
呆れた、というように肩を竦められ、若い兵士はさすがに癪に障ったのか眉間にしわを寄せる。
ちゃきりと腰に提げられた県が音をたてるが、シェラの父は少し頬を引きつらせただけで、大仰な手ぶりで二人に語り続ける。
「簡単な話です。ここより外で、誰の目にも止まるようにしてやった上で、こいつを辱めてやればいいんです。自分を庇った可哀想な姉が、痛々しく穢されていく……これ以上ない絶望的な見世物になるでしょう?」
「…へぇ」
「っ…! お前!」
役者のように勿体ぶった身振り手振りを加え、自信たっぷりに策を口にすると、若い兵士と男は興が乗ってきたように唸りだす。
下種な考えに利用されると気付いたアザミが、思わずシェラの父に吠えかけるも、当の本人はますます喜んだ様子を見せるばかり。アザミの悔しがる反応の全てが、愉しくてたまらないようだ。
「ああ、そうそう…苦しめよ、ごみ。そうやってお前が苦しむ姿こそ、あれを壊す最高の罰になるんだ」
狂気に満ちた眼を見せる、父親どころか人としても何かが終わっている彼を目の当たりにして。
アザミは顔中から血の気を引かせ、絶句する他になかった。
「はい、お待ちかねのお品物でございますよ~」
背中を押され、後ろ手に縛られたアザミが俯せに倒れ込む。受け身も取れず、苦悶の声を漏らすが、それでもきっと目の前の肥え太った男を睨みつける。
肌のあちこちに青あざができ、痛々しい姿を晒していたが、それを隠すように犬歯を剥き出しにする。
男はそれを見て、より一層期待と興奮に鼻息を荒くした。
「ぐふふふふ…! この白い肌、肉がついてなお艶やかな肢体…! やはり純潔のエルフは旨そうだ、ぐふ、ぐふふふ!」
「ち、近付くな…」
「ぐふふ…この気の強さもまたいい…! 後で圧し折るときが楽しみだ」
涎を垂らし、下卑た目を向け、男はアザミの前でしゃがみ込む。そのせいで全裸に男の股間が近づき、汚らしい逸物が鼻先近くに寄せられたことで、流石にアザミは嫌悪でさっと目を逸らす。
男はますます笑みを深め、アザミの髪を掴んで無理矢理引き上げ、自分の目と合わさせる。
頭皮が引っ張られる痛みに苦悶の声が漏れ、たまらない悔しさが胸をつく。
「手持ちのハーフエルフよりも肉が多いな。もっと細い、折りやすそうな方がわしの好みなんだが……まぁ、これはこれで楽しめるか。もう片方をお楽しみにするということで…」
「その事なんですがねぇ…」
「あぁ?」
べろりと唇を舐め、無遠慮に少女の柔肌を撫でる男に、若い兵士が若干言い辛そうに口を挟む。
楽しい気分に水を差された気分か、ぎろりと不機嫌そうな目を向ける雇用主の男に、若い兵士は困り顔で肩を竦めて答える。
「こいつ、生意気にもおれ達の足止めをして、もう一匹を逃がしちまいましてね……今、憲兵総出で探してる真っ最中なんですわ」
「なんだと!? だったらさっさとお前も探しに行けばいいだろうが! 何をちんたらやっている!」
「いやぁ…一応俺ら、あんたに雇われた兵士ですし…。あんたの護衛をする奴もいなきゃ意味ないですし」
「口ごたえするな! わしが欲しいのはもう一人の方だ!」
「そう言われましてもねぇ…」
怒りに任せ、アザミを傍に放り出して怒鳴り散らす男に、若い兵士は頬を痙攣させて後退る。叫ぶたびに飛んでくる唾が顔にかかりそうで、兵士の苛立ちも募っていく。
男は気づかなかったが兵士の顔には、高い報酬がなければ絶対に従わないのに、という考えがありありと表れていた。
アザミは侃々諤々と騒ぐ男を見上げながら、彼らに見えないように笑みを浮かべる。
少なくとも、自分が体を張って逃がした妹分はまだ捕まっていないと、重要な情報を知る事ができたからだ。
「まったく…! とんだ役立たずだ、お前達は…!」
「そりゃあどうもすんません…」
怒鳴るだけ怒鳴ってようやく落ち着いたのか、どすどすと床を踏み鳴らして男がベッドに戻っていく。
どっかりと腰を下ろし、傍らの机の上に置かれた酒の瓶を掴むと、力尽くでふたを開け、ぐびぐびと逆さにして飲み干していく。それ一本だけで庶民が数ヵ月生きられるような値段のそれが、あっという間に空になった。
「それで、何時までかかるんだ? それまでこいつらで暇をつぶすのもいいが……」
「……お困りのようですねぇ」
苛立たし気に問う雇用主に、若い兵士がどう答えたものかと、必死に誤魔化し方を模索していた時。
彼らのいる部屋の扉が開かれ、一人の小汚い男が―――シェラの実の父親が顔を出した。
「む? 何だぁお前、汚いなりで何を勝手に…」
「ああ、あんたかい。あの亜人の雌はまだ捕まってないんだから、報酬はまだ無しだよ」
「ヒヒッ…俺は別にそんなのは構わないんですよ……それより、お望みの雌が手に入らなくてお困りなんでしょう? いい案がありますよ?」
「あぁ…?」
ケタケタと肩を揺らして寄ってくるシェラの父に、男と兵士は胡乱気な目を向けつつも、追い出すことは考えなかった。
限りなく同じ思考をした、似た種類の人間であることを察していたからであろう。
ニタニタと下卑た笑みを見せる、大切な妹分の実の父親に、アザミが凄まじい殺気のこもった目を向ける。が、それに全く気付いていない様子で、シェラの父は男達に語りだす。
「あの雌はその小生意気な雌を姉として懐いているようで……これを餌にすれば、簡単にここへ―――」
「そんなのはわかりきってるんだよ。だからこうしてここに…」
「それでは足りないと言っているのですよ」
呆れた、というように肩を竦められ、若い兵士はさすがに癪に障ったのか眉間にしわを寄せる。
ちゃきりと腰に提げられた県が音をたてるが、シェラの父は少し頬を引きつらせただけで、大仰な手ぶりで二人に語り続ける。
「簡単な話です。ここより外で、誰の目にも止まるようにしてやった上で、こいつを辱めてやればいいんです。自分を庇った可哀想な姉が、痛々しく穢されていく……これ以上ない絶望的な見世物になるでしょう?」
「…へぇ」
「っ…! お前!」
役者のように勿体ぶった身振り手振りを加え、自信たっぷりに策を口にすると、若い兵士と男は興が乗ってきたように唸りだす。
下種な考えに利用されると気付いたアザミが、思わずシェラの父に吠えかけるも、当の本人はますます喜んだ様子を見せるばかり。アザミの悔しがる反応の全てが、愉しくてたまらないようだ。
「ああ、そうそう…苦しめよ、ごみ。そうやってお前が苦しむ姿こそ、あれを壊す最高の罰になるんだ」
狂気に満ちた眼を見せる、父親どころか人としても何かが終わっている彼を目の当たりにして。
アザミは顔中から血の気を引かせ、絶句する他になかった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる