この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

21‐2:魔の手が迫る

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「ぐぅっ…!」
「はい、お待ちかねのお品物でございますよ~」

 背中を押され、後ろ手に縛られたアザミが俯せに倒れ込む。受け身も取れず、苦悶の声を漏らすが、それでもきっと目の前の肥え太った男を睨みつける。
 肌のあちこちに青あざができ、痛々しい姿を晒していたが、それを隠すように犬歯を剥き出しにする。

 男はそれを見て、より一層期待と興奮に鼻息を荒くした。

「ぐふふふふ…! この白い肌、肉がついてなお艶やかな肢体…! やはり純潔のエルフは旨そうだ、ぐふ、ぐふふふ!」
「ち、近付くな…」
「ぐふふ…この気の強さもまたいい…! 後で圧し折るときが楽しみだ」

 涎を垂らし、下卑た目を向け、男はアザミの前でしゃがみ込む。そのせいで全裸に男の股間が近づき、汚らしい逸物が鼻先近くに寄せられたことで、流石にアザミは嫌悪でさっと目を逸らす。

 男はますます笑みを深め、アザミの髪を掴んで無理矢理引き上げ、自分の目と合わさせる。
 頭皮が引っ張られる痛みに苦悶の声が漏れ、たまらない悔しさが胸をつく。

「手持ちのハーフエルフよりも肉が多いな。もっと細い、折りやすそうな方がわしの好みなんだが……まぁ、これはこれで楽しめるか。もう片方をお楽しみにするということで…」
「その事なんですがねぇ…」
「あぁ?」

 べろりと唇を舐め、無遠慮に少女の柔肌を撫でる男に、若い兵士が若干言い辛そうに口を挟む。
 楽しい気分に水を差された気分か、ぎろりと不機嫌そうな目を向ける雇用主の男に、若い兵士は困り顔で肩を竦めて答える。

「こいつ、生意気にもおれ達の足止めをして、もう一匹を逃がしちまいましてね……今、憲兵総出で探してる真っ最中なんですわ」
「なんだと!? だったらさっさとお前も探しに行けばいいだろうが! 何をちんたらやっている!」
「いやぁ…一応俺ら、あんたに雇われた兵士ですし…。あんたの護衛をする奴もいなきゃ意味ないですし」
「口ごたえするな! わしが欲しいのはもう一人の方だ!」
「そう言われましてもねぇ…」

 怒りに任せ、アザミを傍に放り出して怒鳴り散らす男に、若い兵士は頬を痙攣させて後退る。叫ぶたびに飛んでくる唾が顔にかかりそうで、兵士の苛立ちも募っていく。
 男は気づかなかったが兵士の顔には、高い報酬がなければ絶対に従わないのに、という考えがありありと表れていた。

 アザミは侃々諤々と騒ぐ男を見上げながら、彼らに見えないように笑みを浮かべる。
 少なくとも、自分が体を張って逃がした妹分はまだ捕まっていないと、重要な情報を知る事ができたからだ。

「まったく…! とんだ役立たずだ、お前達は…!」
「そりゃあどうもすんません…」

 怒鳴るだけ怒鳴ってようやく落ち着いたのか、どすどすと床を踏み鳴らして男がベッドに戻っていく。
 どっかりと腰を下ろし、傍らの机の上に置かれた酒の瓶を掴むと、力尽くでふたを開け、ぐびぐびと逆さにして飲み干していく。それ一本だけで庶民が数ヵ月生きられるような値段のそれが、あっという間に空になった。

「それで、何時までかかるんだ? それまでこいつらで暇をつぶすのもいいが……」
「……お困りのようですねぇ」

 苛立たし気に問う雇用主に、若い兵士がどう答えたものかと、必死に誤魔化し方を模索していた時。
 彼らのいる部屋の扉が開かれ、一人の小汚い男が―――シェラの実の父親が顔を出した。

「む? 何だぁお前、汚いなりで何を勝手に…」
「ああ、あんたかい。あの亜人の雌はまだ捕まってないんだから、報酬はまだ無しだよ」
「ヒヒッ…俺は別にそんなのは構わないんですよ……それより、お望みの雌が手に入らなくてお困りなんでしょう? いい案がありますよ?」
「あぁ…?」

 ケタケタと肩を揺らして寄ってくるシェラの父に、男と兵士は胡乱気な目を向けつつも、追い出すことは考えなかった。
 限りなく同じ思考をした、似た種類の人間であることを察していたからであろう。

 ニタニタと下卑た笑みを見せる、大切な妹分の実の父親に、アザミが凄まじい殺気のこもった目を向ける。が、それに全く気付いていない様子で、シェラの父は男達に語りだす。

「あの雌はその小生意気な雌を姉として懐いているようで……これを餌にすれば、簡単にここへ―――」
「そんなのはわかりきってるんだよ。だからこうしてここに…」
「それでは足りないと言っているのですよ」

 呆れた、というように肩を竦められ、若い兵士はさすがに癪に障ったのか眉間にしわを寄せる。
 ちゃきりと腰に提げられた県が音をたてるが、シェラの父は少し頬を引きつらせただけで、大仰な手ぶりで二人に語り続ける。

「簡単な話です。ここより外で、誰の目にも止まるようにしてやった上で、こいつを辱めてやればいいんです。自分を庇った可哀想な姉が、痛々しく穢されていく……これ以上ない絶望的な見世物になるでしょう?」
「…へぇ」
「っ…! お前!」

 役者のように勿体ぶった身振り手振りを加え、自信たっぷりに策を口にすると、若い兵士と男は興が乗ってきたように唸りだす。
 下種な考えに利用されると気付いたアザミが、思わずシェラの父に吠えかけるも、当の本人はますます喜んだ様子を見せるばかり。アザミの悔しがる反応の全てが、愉しくてたまらないようだ。

「ああ、そうそう…苦しめよ、ごみ。そうやってお前が苦しむ姿こそ、あれを壊す最高の罰になるんだ」

 狂気に満ちた眼を見せる、父親どころか人としても何かが終わっている彼を目の当たりにして。
 アザミは顔中から血の気を引かせ、絶句する他になかった。
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