この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

文字の大きさ
上 下
76 / 99
薄幸の少女と森の賢者達

19‐1:厄日

しおりを挟む
 銀の鎧を纏った優男の、美しくも気味の悪い笑みを前にして、アザミとシェラのこめかみを汗が伝う。
 さらには二人の足元に突き刺さる一本の矢の存在が、それぞれの緊張に拍車をかける。

「…厄日だわ、今日は」

 憲兵の一人が口にしたものとは真逆の一言をこぼし、アザミは頬を引きつらせる。
 彼女の瞼にも、この男が見せた悍ましい行為は焼き付いている。妹分の手前、取り乱すようなことは決してしないが、時折その光景が脳裏をよぎり、寒気を止められずにいた。

「さて…あの男の情報通りでしたがこれからどうしましょうか? 俺としては、早いところ害虫は駆除してしまいたいんですけどねぇ……あれは遊んでも面白くなさそうですし」
「待て、馬鹿者」

 くるくると、以前も弄んでいたナイフを手にぼやく若い兵士に、隊長格の兵士が険しい顔で睨みつける。
 胡乱気に振り向いた部下に、隊長格の兵士はアザミとシェラの二人をじっと見下ろし、にやりと意味深な笑みを浮かべた。

「あれらは既に売買契約がなされている……下手に傷をつければこちらに賠償請求がくる。なるべく無傷で捕らえろとのお達しだ」
「ええ~…面倒臭いなぁ。自分の玩具にしたいだけじゃないですか」
「まぁ、そう言うな。しっかりやれば、その分報酬は弾むとのことだ。その金で好きなおもちゃを買えばいいだろう」

 自分達を放置し、勝手な金勘定を行う憲兵たちに、アザミはたまらず目を吊り上げ、シェラはますます怯えてアザミの後ろで縮こまる。
 何をされるか全く想像ができないが、このままでは死んだほうがましな目に遭わされるのは間違いない事だけがわかった。

「ふざけんな! なに勝手にあたし達を商品扱いしてんだ! 断固拒否するに決まって――」
「黙れ! 薄汚い亜人のめす風情が不満などたれるな!」

 部下に対しては比較的穏やかに話していた隊長格の男は、アザミが抗議の声をあげると豹変し、唾を撒き散らしながら怒鳴りつけてくる。
 前触れなく激昂する大柄な男の剣幕に圧され、アザミは思わず口を閉ざし、びくっと肩を竦めて後退ってしまう。気の強い彼女であっても一瞬怯むほど、彼の豹変は化け物染みた迫力があり、それ以上の抗議を諦めさせた。

「お前達亜人に何故口ごたえする権利があると思っている!? 畜生にも劣る出来損ないの分際で、我々人間の道具として重宝してもらえるだけありがたいと思えんのか!? これだから獣との混ざり物は汚らわしくて嫌いなのだ!!」

 声にも表情にも、本気でアザミ達をゴミか汚物のように捉え、蔑んでいる様子がわかり、姉妹はその思考の歪さに言葉を失くす。
 特に深い理由があるわけではない、ただそこにあって目に見えるのが嫌だという、幼稚とさえ言い難い偏見を臆面なく口にする彼が、恐ろしくて仕方がなかった。

 隊長格の兵士は吠えるだけ吠えると落ち着いたのか、やや息を荒げながら居住いを正し、改めて姉妹を見下ろす。
 その目に再び宿る悍ましい視線に、シェラはごくりと息を呑んだ。

「光栄にもお前達は…我々がじきじきに運んでやる機会に恵まれた。せいぜい感謝しながら、最期の空でも拝むことだな――行け」

 隊長格の兵士がそう告げ、片手を振り下ろすと同時に、左右に控えていた彼の部下達が建物の上から飛び降り、一斉にアザミとシェラに向かっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...