この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

17-3:穏やかな時間

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「……あ、シェラ、これとかいいんじゃない?」
「…少し、柄が派手過ぎるのでは? 擂鉢ですよ?」
「あーそっか。じゃあ、こっちのは? 小さくて使いやすそう」
「いいですね……ですが値段が」

 小皿や器が売られる屋台を前にして、アザミとシェラは少し興奮気味に商品の物色を始める。
 可愛らしい柄が入ったもの、器の形状が独特のもの、飾る事を目的としたもの、と。用途によって形状や材質の異なる品がいくつも並んでおり、姉妹は揃って首を傾げて悩む。
 望みのものが見つかっても、いい職人が作ったためか運搬費の都合か、かなりの額が付いていたのだ。

「…あたし達、揃って貧乏性だよね。割と十分資金を持ってるはずなのに、こうやって値段で悩んじゃうんだもん」
「散財するよりはいいかと……あ、これがいいです」
「お、可愛いじゃん。それにしよっか」

 数十分ほど悩んだ末にシェラが選んだのは、端が波打ち花弁のように見える形をした小さな器である。
 持ってみると、見た目に反したそれなりの重さがあり、薬草を混ぜ合わせる際に重心がずれにくそうで、目的に合った品に思える。それでいて値段も手頃で、御誂え向きと言っていいものだった。

 シェラは財布を出すが、ふとある事に思い至り動きを止める。
 深く考えることなく、最初にこの闘気の店に来てしまったが、この後別の店にも寄る事を考えると、持ち歩く事が不安になったのだ。

「しまった…ここは後でもよかったかもしれない」
「こういうのは他にも欲しがる人がいるからね。今の内に買っておこう。おっちゃん、これ頂戴な」
「あいよ、袋はいるかい? 緩衝材も詰めておくが……」
「お願いしま~す。あ、これお代ね」

 財布を片手に固まったシェラを制するように、アザミがずずいと前に出て、先に会計を済ませてしまう。
 一瞬反応が遅れたシェラは、店主に愛想よく話しかけ、袋詰めを頼むアザミをじろっと睨んだ。

「…ねえ様、私は自分で出すって言ったのに」
「いいじゃんいいじゃん。ほら、こう…いつも朝の掃除とか家事とか諸々お世話になってるからさ、そのお礼よ、お礼。ていうか、こんな事でもいいから恩を変えさせてよ」

 自分が養うつもりで拾ったのに、最近すっかり日々の生活を世話になっているアザミが、本気の眼差しでシェラに懇願する。
 元から木端微塵になっている姉の威厳というものを、せめて目に見える形で蘇らせ、維持しておかなければという謎の意地が働いたようで、有無を言わせない迫力がある。
 シェラはそんなやや情けない姿を晒すアザミを見つめ、深いため息をこぼした。

「…そんなの、私も一緒だっていうのに」

 苦笑し、シェラは黙って財布をしまう。
 アザミはそれに安心したように息をつき、屋台の店主に渡された袋を受け取って、そのままシェラに渡した。

「まぁ、今日の買い物はあたしの奢りって事で。さっきも言ったけど、普段ほんとに使わないからお金余っちゃって余っちゃって、あっはっは」

 自分の分の財布を、重そうな音を立てるそれを見せつけるように、掌の上でじゃらじゃらと弄ぶアザミ。
 暢気な姉を見て、シェラは呆れたため息をこぼすものの、せっかくの厚意に加え、姉の尊厳を保たせてやるのも必要な事と考え、素直に頷くだけに留める。
 ならば、さっそく次の店に向かおうかと一歩を踏み出しかけた、その時。

 バシッ!と音がして、アザミの手の上から、貨幣がいっぱいに詰まった財布が消え失せた。
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