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薄幸の少女と森の賢者達
15-4:アザミの本音
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深い眠りに落ち、すぅすぅと寝息を立てるシェラに、毛布がかけられる。
杖と師の本を抱いたまま、穏やかで満足げな寝顔を晒す妹分に、アザミはフッと笑みを浮かべる。
「……天才、って言うのかねぇ。こういう子は」
どこか、少しだけ羨ましそうな響きを持った呟きをこぼし、アザミはシェラの頭を撫でる。
以前の気を張っていたころとは異なる、年齢相応の寝顔を感慨深げに見つめていた彼女は、静かに彼女の元を離れ、退出する。
音が浅い方である妹分が目を覚まさないよう、細心の注意を払いつつ師の元に戻ったアザミは、いつもの場所で寛いでいる師の前に腰を下ろした。
「最初はあんだけ言ってたくせに、お師匠も結構乗り気だったじゃない? まぁ、あの子の成長っぷりは凄すぎるくらいだから気持ちもわかるけどね」
「…勘違いするな。必要と判断したからああしたまでだ」
「素直じゃないなぁ。そんなこと言って、教えてる最中のお師匠絶対ワクワクしてたでしょ」
仮面と鎧、そして黒い装いのせいで、話しているときも話していない時も、師の感情を読み取る事は難しい。
しかし、最近になってできた新たな弟子に教えを授ける時の彼は、いつもより饒舌で上機嫌だと、長年彼とともにある姉弟子はにやにやとした笑いを堪えられずにいた。
「才能のある子は伸ばさずにはいられないんでしょ? あたしの時みたいにさ……まぁ、あたしは薬作り限定だったけどさ」
「……あれはお前の懇願が鬱陶しかったからだ。断っても拒んでも諦めぬ奴に、どうやって諦めさせればいい」
「とか言って、ちゃんと教えてくれるんだから、お師匠はお人好しの天邪鬼なんだよねー」
ギロッ、と仮面の奥の赤い目が不機嫌そうにアザミを睨むが、調子に乗ったアザミはものともしない。
けらけらと小馬鹿にしたような笑いを見せ、不意に遠い目で視線を下げだした。
「……ほんとに感謝してるんだよ。あの時…あたしを助けてくれた事。ここに置いてくれた事。…あたしに、生きてていいって言ってくれた事」
いつもの飄々とした態度が引っ込んだ、いつぞやのような気弱な態度を見せるアザミ。
師は目を細めると、様子の変わった―――いや、彼が出会った当時の彼女に戻った弟子を見下ろし、無言で自分の膝を叩いてみせる。
その動作に、アザミはきょとんと目を丸くし、続いて頬を赤く染めていく。
「…いいの?」
「別に己は嫌がった覚えはない……お前が勝手に恥ずかしがってやらなくなっただけだ。好きにしろ」
「……じゃあ、久しぶりに、失礼します」
照れ臭そうに頬を掻いたアザミは、おずおずと腰を上げると師の元に歩み寄り、彼の膝の上に座る。
師の胸に体を預けたアザミは、頬を染めたまま手を添え、安らかな笑みを浮かべて目を閉じる。
「…前まで、結構こうやってたな。あたしがやらかして落ち込んだりするとその夜に……最近はシェラがいるから、全然やってもらってなかったけど」
「無駄な意地を張る必要があるのか……別に甘える事を咎められる謂れなどなかろうに」
「だって…見られたらなんか、恥ずかしいんだもん」
まったく気にしていない様子の師に、不満げに唇を尖らせてアザミがぼやく。
こんな弱々しい、不甲斐ない姿は妹分には見せられないなと自嘲しながらも、久方ぶりに感じる心地良さに、アザミはしばらくの間浸り続けていた。
「そんなに好きか、そうするのは……己の肉体は冷たかろうに」
「うん。お師匠の身体は大きいから、なんか…こうしてると安心するんだよね」
「…よくわからん」
「うん……あたしも何でかよくわかんない」
苦笑をこぼしつつも、アザミが師から離れる事はなかった。
暖炉の火花が弾ける音や、森の奥から届く生き物の鳴き声のみが響く静かな時間を、アザミと師は無言で過ごす。
師はしばらくの間黙っていたが、不意に呆れた様子で口を開いた。
「……気を張りすぎるな。お前もあれと同じく、自分に強いすぎるきらいがある。お前達子供は、他者に縛られる謂れなどないのだからな」
「…それ、最初に会った時にも言ってくれたよね。無理して働かなくてもいいってさ」
「……己にとっては当たり前の、そうでなくてはならぬ事柄だ」
「でもさ……この世界じゃそうじゃないんだよね」
アザミは師の胸に額を押し付けると、意を決したように体を離す。
そして師の顔を両手で挟み、仮面の奥の師の目と自分の目を合わせて笑いかけた。
「お師匠が厳しいのは、あたし達の為だってわかってるからさ……お師匠こそ、あんまり背負わないでよ? あたしは今、やりたいからあの子の面倒を見てんだから」
アザミはそういうと、師の首に腕を巻き付け、仮面に頬をこすりつける。
しばらく抱きつき、満足した彼女はより深い笑みを浮かべ、師に背を向けて歩き出した。
「お休み、お師匠……いつか、続きができるのを待つことにするよ、じゃあね」
本人としては色っぽさを出そうとしたのか、流し目をくれて部屋を後にするアザミ。
その姿を見送った死は、彼女の姿が見えなくなると顔を手で覆い、天井を仰いでから肩を落とした。
「…誰を口説いているつもりだ、早熟餓鬼が」
そんな師の嘆きを孕んだ呟きは、誰にも届かない。
ただ一人、自室に戻ってきたアザミに見えないよう布団にくるまり、聞こえないふりをしていたシェラのみが、師と弟子の意味深なやり取りに赤面し、ぱくぱくと口を開閉させ続けるのみであった。
杖と師の本を抱いたまま、穏やかで満足げな寝顔を晒す妹分に、アザミはフッと笑みを浮かべる。
「……天才、って言うのかねぇ。こういう子は」
どこか、少しだけ羨ましそうな響きを持った呟きをこぼし、アザミはシェラの頭を撫でる。
以前の気を張っていたころとは異なる、年齢相応の寝顔を感慨深げに見つめていた彼女は、静かに彼女の元を離れ、退出する。
音が浅い方である妹分が目を覚まさないよう、細心の注意を払いつつ師の元に戻ったアザミは、いつもの場所で寛いでいる師の前に腰を下ろした。
「最初はあんだけ言ってたくせに、お師匠も結構乗り気だったじゃない? まぁ、あの子の成長っぷりは凄すぎるくらいだから気持ちもわかるけどね」
「…勘違いするな。必要と判断したからああしたまでだ」
「素直じゃないなぁ。そんなこと言って、教えてる最中のお師匠絶対ワクワクしてたでしょ」
仮面と鎧、そして黒い装いのせいで、話しているときも話していない時も、師の感情を読み取る事は難しい。
しかし、最近になってできた新たな弟子に教えを授ける時の彼は、いつもより饒舌で上機嫌だと、長年彼とともにある姉弟子はにやにやとした笑いを堪えられずにいた。
「才能のある子は伸ばさずにはいられないんでしょ? あたしの時みたいにさ……まぁ、あたしは薬作り限定だったけどさ」
「……あれはお前の懇願が鬱陶しかったからだ。断っても拒んでも諦めぬ奴に、どうやって諦めさせればいい」
「とか言って、ちゃんと教えてくれるんだから、お師匠はお人好しの天邪鬼なんだよねー」
ギロッ、と仮面の奥の赤い目が不機嫌そうにアザミを睨むが、調子に乗ったアザミはものともしない。
けらけらと小馬鹿にしたような笑いを見せ、不意に遠い目で視線を下げだした。
「……ほんとに感謝してるんだよ。あの時…あたしを助けてくれた事。ここに置いてくれた事。…あたしに、生きてていいって言ってくれた事」
いつもの飄々とした態度が引っ込んだ、いつぞやのような気弱な態度を見せるアザミ。
師は目を細めると、様子の変わった―――いや、彼が出会った当時の彼女に戻った弟子を見下ろし、無言で自分の膝を叩いてみせる。
その動作に、アザミはきょとんと目を丸くし、続いて頬を赤く染めていく。
「…いいの?」
「別に己は嫌がった覚えはない……お前が勝手に恥ずかしがってやらなくなっただけだ。好きにしろ」
「……じゃあ、久しぶりに、失礼します」
照れ臭そうに頬を掻いたアザミは、おずおずと腰を上げると師の元に歩み寄り、彼の膝の上に座る。
師の胸に体を預けたアザミは、頬を染めたまま手を添え、安らかな笑みを浮かべて目を閉じる。
「…前まで、結構こうやってたな。あたしがやらかして落ち込んだりするとその夜に……最近はシェラがいるから、全然やってもらってなかったけど」
「無駄な意地を張る必要があるのか……別に甘える事を咎められる謂れなどなかろうに」
「だって…見られたらなんか、恥ずかしいんだもん」
まったく気にしていない様子の師に、不満げに唇を尖らせてアザミがぼやく。
こんな弱々しい、不甲斐ない姿は妹分には見せられないなと自嘲しながらも、久方ぶりに感じる心地良さに、アザミはしばらくの間浸り続けていた。
「そんなに好きか、そうするのは……己の肉体は冷たかろうに」
「うん。お師匠の身体は大きいから、なんか…こうしてると安心するんだよね」
「…よくわからん」
「うん……あたしも何でかよくわかんない」
苦笑をこぼしつつも、アザミが師から離れる事はなかった。
暖炉の火花が弾ける音や、森の奥から届く生き物の鳴き声のみが響く静かな時間を、アザミと師は無言で過ごす。
師はしばらくの間黙っていたが、不意に呆れた様子で口を開いた。
「……気を張りすぎるな。お前もあれと同じく、自分に強いすぎるきらいがある。お前達子供は、他者に縛られる謂れなどないのだからな」
「…それ、最初に会った時にも言ってくれたよね。無理して働かなくてもいいってさ」
「……己にとっては当たり前の、そうでなくてはならぬ事柄だ」
「でもさ……この世界じゃそうじゃないんだよね」
アザミは師の胸に額を押し付けると、意を決したように体を離す。
そして師の顔を両手で挟み、仮面の奥の師の目と自分の目を合わせて笑いかけた。
「お師匠が厳しいのは、あたし達の為だってわかってるからさ……お師匠こそ、あんまり背負わないでよ? あたしは今、やりたいからあの子の面倒を見てんだから」
アザミはそういうと、師の首に腕を巻き付け、仮面に頬をこすりつける。
しばらく抱きつき、満足した彼女はより深い笑みを浮かべ、師に背を向けて歩き出した。
「お休み、お師匠……いつか、続きができるのを待つことにするよ、じゃあね」
本人としては色っぽさを出そうとしたのか、流し目をくれて部屋を後にするアザミ。
その姿を見送った死は、彼女の姿が見えなくなると顔を手で覆い、天井を仰いでから肩を落とした。
「…誰を口説いているつもりだ、早熟餓鬼が」
そんな師の嘆きを孕んだ呟きは、誰にも届かない。
ただ一人、自室に戻ってきたアザミに見えないよう布団にくるまり、聞こえないふりをしていたシェラのみが、師と弟子の意味深なやり取りに赤面し、ぱくぱくと口を開閉させ続けるのみであった。
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