この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

15-1:授業開始

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 魔術についての講義は、明くる日の朝から始まった。
 家の表の草地に正座し、期待に胸を高鳴らせるシェラの隣では、同じように目を輝かせるアザミが妹分を見つめている姿が映る。
 師は何やら、懐から数本の小さな杖を取り出しつつ、当たり前のようにそこにいるアザミに視線を向ける。

「……なぜお前まで参加しようとしている」
「え? いやだって、この子がどこまでやれるか気になるじゃん。あたしよりは才能があるみたいだし、見てる分にはいいでしょ?」
「……好きにしろ」

 気にせず進めてくれ、と言うように手をひらひらと振るアザミに、師は苛立つように目を細める。
 シェラはいつも通りなしと姉のやり取りにやや呆れながら、不意に耳に残った気になる情報に訝しげに首を傾げた。

「……ねえ様も、魔術を?」
「ちょっとだけね~。お師匠に基礎を一通り教えてもらったけど、あんまりいろんな術は使えないんだ。あたしが使えるのは、毒に関するものだけ…ほら、前に一回使ってみせたことあるじゃない?」

 アザミに言われ、シェラは思い出す。
 1年前、ガルム王国に初めて姉と薬を売りに行った時の事。貧民街を通る際、飢えた人々から逃げる際に、アザミが薬をぶちまけて麻痺を引き起こさせ、窮地を脱したことがあった。
 考えてみれば、ただ吹きかけただけとは思えない広がり方をしていたと、今になって思い出された。

「…あれ、魔術だったんだ」
「うん。特別に精製した粉薬を、魔力を込めた自分の息で撒いて、任意の対象に吸い込ませるの。まー、逃げる時くらいにしか役に立たないんだけどね」

 ははは、と乾いた笑いをこぼすアザミに、シェラはしかし感嘆の眼差しを向ける。
 才があると言われても、まだ魔術の初歩の初歩すら聞けていない彼女にしてみれば、少しでも使えるというだけで敬意の対象となる。
 妹分の尊敬の眼差しに、アザミはやや気恥ずかしそうにしながらも胸を張る。
 が、すぐにその態度は引っ込む羽目になる。

「此奴の術は未熟にもほどがあるからな……自分で食らうこともあるくらいだ」
「いっ、言わないでよお師匠!」
「愚か者が。獣に追われて逃げようとして、辺り一面に幻覚作用のある薬を撒き散らしたうえ、前後不覚になって危うく死にかけたことを、よもや忘れたわけではあるまいな」
「あっ、あっ、やめて! シェラの前でそんなこと言わないで!」

 恥ずかしい失敗について暴露され、顔を真っ赤にしたアザミが師に噛みつく。当然、目を輝かせていたシェラはすぐさま落胆の眼差しを向け、ハァと大きなため息をこぼす。
 姉には悪いが、余りの格好悪さにかける言葉が見つからなかった。

「あーうー…あ、あたしのことはいいから! さっさと魔術の基礎講習その1! 始めちゃって!」
「いや、このままお前を反面教師とした心構えを続ける。……お前も姉なら、妹分の教育の役に立て」
「いやーっ!!」

 目を向いて頭を抱えるアザミを放置し、師はシェラに向き直る。
 ぶつぶつと虚ろな目で何事かを呟いている姉に引き、表情を引きつらせていたシェラは、師からの強い圧に思わず姿勢を正した。
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