この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

13-2:赤の他人

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 どこからか飛来してきた一冊の分厚い本が、シェラの側頭部に激突した。

「っ…!? ふぁ…」

 ガゴンッ!!と凄まじく、耳にした者全員が顔をしかめるような鈍い音が辺りに響き渡り、シェラはたやすく意識を手放す。
 アザミも一瞬何が起こったのかと硬直するも、目を回して崩れ落ちるシェラに我に返り、慌ててその体を抱きとめた。

「あわわ……シェラ! シェラってば! しっかりしてよ!?」

 先ほどの重苦しい雰囲気もどこへやら。力無く自身の胸元に倒れ込む少女に呼びかけていたアザミは、すぐに入り口に鋭い視線を向ける。
 重い靴音を響かせて戻ってきた師を睨みつけた彼女は、鬱陶しそうな視線を向けてくる彼に、怒りを孕んだ声を張り上げた。

「ちょっとお師匠…! シェラに何してんのさ!」
「煩い」
「そんな理由でこんな物ぶん投げないでよ!」

 凄まじい剣幕で怒鳴りつけるシェラに一切怯むことなく、師は彼女達の横を通り過ぎ、定位置である椅子に腰かける。
 いつものように本を手にせず、頬杖をついた彼はアザミとシェラに目を向ける。

「…で、どうするつもりだ」
「え…? どうするって……どういうこと?」
「赤の他人をいつまでここに置いておくつもりだ、ということだ」

 無遠慮な師の質問に、アザミはひゅっと息を呑み、シェラを抱く腕に力を込める。
 妹分本人からぶつけられた衝撃的な一言、不用意な自分の言葉が引き出した彼女の本音が蘇り、自身の胸が痛みを訴えだす。
 黙り込んだ弟子に向けて、師は一切の気遣いなく質問を重ねた。

「他ならぬ本人が言ったのだ……わざわざここで面倒を見てやる必要はないだろう。望むようにさせてやればいい」
「…! む、無理だよ……シェラはまだ、あの、人との関わりが苦手で。まだ慣らすのに時間がかかるから…あ、あたしがちゃんと見ていないと」
「身代わりとなって死ぬ覚悟ができた者に、人との関わりが必要なのか。時間の無駄のように己は思えるがな」
「あ、あれは急を要する事態だったから! いつかちゃんと役に立つものだから!」
「本人が望んでいないのにか。求めていないように思えるがな」
「い、いつも一緒にいるわけじゃないお師匠にはわかんないんだよ!」

 じろりと鋭い視線を向けられ、アザミはしどろもどろになりながら反論しようとする。やや支離滅裂な返答になっていることに気付いているのかいないのか、その表情は必死で見苦しい。
 やがて、意識がはっきりしてきたシェラは、頭上で交わされるアザミと師の口論に目を瞬かせ、ハッと目を見開く。アザミが見たことがないほど、焦った様子を見せていたからだ。

「この子は…この子にはちゃんと幸せになってもらいたいんだ! 誰かの為とかじゃなくて、自分の為に生きてほしいんだ! だからあたしは…」
「馬鹿弟子よ……それは単なるエゴ自己愛というものだ。決して他人の為ではない……ただの自己満足に過ぎん。自分の考える幸福を他人に強要することは、果たして当人の為なのか? 自分の為ではないのか?」
「そんなことは……!」

 強く反論しようとするアザミだが、次第にその勢いは弱く、声も小さくなっていく。
 師は仮面の奥の赤い目をじっと弟子に向け、やがて興味を失くしたように顔を逸らした。

「お前が何を考え、実行しようと勝手だが、他人にそれを強要するのはやめておけ。見ていて実に腹が立つ……今一度自分の行いを顧みて見るがいいわ。傲慢な偽善者め」

 情け容赦のない師の台詞に、アザミはハッと息を呑み立ち尽くす。
 大きく見開かれた彼女の目には、うるうると大量の涙が滲み、決壊したように溢れ出す。やがて、区っと顔中にしわを寄せた少女は踵を返し、脱兎の如き勢いで師の家を飛び出して行ってしまった。
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