この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

11-3:ざわつく予感

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 アザミが目を覚ましたのは、妙な肌寒さを感じたためだった。
 指先に刺さるようなその感覚に、心地よい眠りの中にあったアザミは顔をしかめ、重い瞼を無理矢理こじ開けて体を起こす。

「……ぁれ、シェラ…!? え、シェラ!?」

 寝る前に抱きしめていたはずの妹分の姿がないことに、一気に覚醒するアザミ。
 わたわたと室内を見渡し、目を見開いたままシェラの姿をうろうろと探し回った彼女は、瞬くして部屋の中心で立ち止まり、何度か深呼吸を繰り返す。

「…落ち着け、落ち着けあたし……ふぅ、いつもの事じゃないか」

 どくどくと激しく脈動する胸に手を当て、冷えた頭に血を巡らせようと試みる。
 いつも目が覚めた時にシェラの姿が見当たらず、今に向かえばその姿があり、すでに朝食を用意して待っているというのが、最近の日常である。
 むしろ、こうも過保護になっている自分が間違っているのだと、アザミは自分に言い聞かせる。

「そうだ、向こうにいけばお師匠もいるだろうし、シェラだって子供じゃないんだ……ていうか、朝になっても起きられないあたしの方が情けないんだ。之を機に、もうちょっと早起きできるように頑張……って」

 いつもばたばたと、慌てながら騒がしく朝の用意をする自分にむけられる、妹分からの冷たい視線を思い出して少し落ち込むアザミ。
 しかしその時漸く、辺りの暗さに気がついた。

「……ん? あれ、今何時? あの子、こんな朝早くから起きてたの…いや、そんな筈は」

 いくらなんでも早すぎる、と布団から出て、妹分の姿を探しに向かう。
 小用を足しに行ったのかと厠に向かい、喉が渇いたのかと調理場に向かい、師の元にいるのかと居間に向かい、家中を探し、全く姿が見当たらない事に気付く。
 あっという間に、アザミの顔色は先程以上に悪くなっていった。

「…ウソでしょ…!?」

 バタンッ!と勢いよく扉をこじ開け、家の外に飛び出し、辺りを見渡す。後で師に叱られそうな騒がしさだったが、そんなことに構っていられるほど、彼女は冷静ではなかった。

「シェラ…! シェラ! 返事をして! どこなの!?」

 半狂乱になりながら、すぐ近くの茂みに顔を突っ込み、獣道に飛び出し、少女の身体が隠せそうな箇所を片っ端から探しまくるアザミ。
 しかしどれだけ走り回っても、目を凝らしても、妹分の姿は見当たらない。

 真面目で几帳面で、それ以上に臆病で気弱な、姉を困らせるようなことは絶対にしない妹分が、自分に何の断りもなく姿を消してしまった。
 いやな予感が胸いっぱいに広がり、アザミの呼吸も乱れ始めた。

「シェラ……お、お師匠は!? お師匠はこんな時に何処に行っちゃったの!?」

 不意に冷たい風が吹き、それによって血が昇っていた頭が冷えたのか、姿の見えないもう一人について思い出す。
 室内の定位置に腰かけていた師の姿も、今この時に限って見当たらず、アザミは思わず苛立ちを募らせる。肝心な時に、一番頼りになりそうな人物が一体どこで何をやっているのかと。

 その時、アザミの背後に広がる茂みの奥から、ガサッと音が響く。
 アザミはびくっと肩を震わせると、顔を緊張と恐怖で強張らせ、勢い良く振り向き身構える。

「……誰? シェラ…じゃ、ないよね」

 アザミの震えを孕んだ問いかけに、答えはない。
 風が吹き抜け、さわさわと不気味な囁きを響かせる樹々の奥を睨みつけながら、アザミはキッと目つきを強め、声を張り上げた。

「用があるなら、さっさと出て来なさい!」

 自分でも驚くほどに、怒りが表れた声が、暗い森の奥に伝わっていく。
 直後の返答はなく、しばらくの間静かな時間が続いたが、しばらくするとまたガサガサと音が聞こえ、森の奥に動く影を見つける。
 アザミはこめかみから一筋の汗を垂らし、その影を見失うまいと目を凝らし続ける。
 すると、影は徐々にアザミの方へと歩み寄りながら、大きく腕を振り上げるような素振りを見せた。
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