この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

11-1:夜闇の訪問者

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 シェラがそれに気づいたのは、全くの偶然だった。
 いつもなら、朝になれば勝手に覚めていた目が、今日に限って真夜中にふと瞼が開いてしまったのだ。
 まだ時間はある、もう少し寝ておかなければ明日の作業に差し支えそうだ、と考え瞼を閉じるものの、一度目が覚めてしまったためか、全く眠気がやって来てくれない。

「……おししょう様は、起きているかな」

 こうなったらもう、起きてしまおう。そう思いシェラは、いつも通り自分の身体に抱き着くアザミを見やり、一応静かに寝具から抜け出す。
 この姉貴分は寝が深い質なのか、一度眠ったらなかなか目覚めることがない。夜中に起きる事は勿論、朝あ陽が昇りきってから慌てて置き出すことが多く、あまり気にせず動く事ができた。

 幸せそうに笑いながら、すやすやと寝息を立てるアザミを後にし、シェラは師がいつもいる部屋に向かう。
 彼は、自分が起きる頃には既にあの椅子に腰かけ、白紙の本に何かを書き込む作業を行っている。いつ寝ているのかといつも疑問に思っていたが、この際確認するのもいいだろう、とシェラは少しの好奇心を抱いて部屋を覗き込む。

 しかし、師の姿はそこにはなかった。
 窓から差し込む月光のみが唯一の光源となった室内に、ぼんやりと無人の椅子が見えるだけだった。

「…それはそうか」

 少しの期待を抱いていたシェラは、思わずそう呟いて頬を掻く。
 普通に考えれば、人がいつまでも起きている筈がない。彼の方が普段、何の作業を行っているのか全く知らないが、一度も休まない事はきっとないだろう。考えるまでもなくあたり前のことである。
 少しだけ気恥ずかしさと、話すことのできなかった落胆を覚え、ため息を一つこぼしてから踵を返した時。

 自分の首元に、冷たい金属が触れるのを感じた。

「動くな」
「……!?」

 背後から聞こえてきた声に、思わず悲鳴がこぼれそうになるが、その際金属の感触がより近くに感じられ、慌てて唇を噛み締めて堪える。
 シェラの首に、鋭い刃を突き付けた何者かは、シェラの口を手で覆い、逃げられないよう抑え込んでくる。
 侵入者だ、とシェラは恐怖で凍りかけた思考の中で叫んだ。

「…何も言わず、大人しくしてもらおう。言う事を聞けば危害は加えない……だが、妙な動きをした時には―――」

 おそらくは男であろう、低い声で語りかける黒衣で顔と身体を隠した侵入者は、手にした刃を少しだけシェラの首に押し込む。
 研ぎ澄まされた刃は容易く少女の肌を裂き、一筋の傷を走らせ血を垂れさせる。その気になれば、シェラの血管は両断され、儚く命を散らされる事は間違いなかった。
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