この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

10-5:不穏な影

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 人の気配がなくなってから、アザミとシェラはひょっこりと顔を出し、いつもの椅子の位置に座り直し、黙々と書き物を再開する師の元に歩み寄った。

「今回のお客は、ずいぶん面倒臭い連中だったねぇ……」
「そんな事は端から分かりきっていた事だ。お前も予想はしていただろうに」
「まぁね…今更だとは思うよ」

 後頭部で腕を組み、やれやれと肩を竦めて見せるアザミに、師は仮面の奥の目を呆れるように細める。しかし特にそれ以上言及する事はなく、視線を手元の白紙の本に戻した。
 しかし今この場には、師やアザミ以上に苛立ちを抱いている少女の姿があった。

「……追い返せばよかったのに」
「そういうわけにもいかないんだよ、シェラ」
「ねえ様の淹れたお茶、捨てるし…おししょう様には偉そうに怒鳴るし……あんな奴ら、どうなったっていいと思う」
「…それには概ね同意するけどさ」

 自身が気遣いを見せた際、あからさまな蔑視を向けていた護衛達のことを思い出し、アザミは苦笑をこぼす。
 アザミとて、普通の娘と変わらない感性を持つ少女ゆえ、あの態度に苛立ちや悔しさを覚えなかったわけではない。
 が、彼らを見捨てたとしても、その負の感情が解消されるわけでもないのだとわかっていた。

「さーて、お客さんも帰ったし、さっさと晩御飯の用意しなくっちゃね~。シェラ、手伝って」
「…はい、ねえ様」

 腹の立つ話はここまで、というように態とらしく声を張り上げ、アザミはシェラを室内に誘う。
 なおも不服そうに唇を尖らせるシェラだが、それをどうにか押さえ込み、促されるまま姉の後に続く。

 ふと、背後の森に視線を向けたシェラは、さわさわと不気味な静けさに包まれる木々の奥を見つめ、じっと息を潜める。
 やがて彼女は興味を失ったように、ため息とともに扉を閉じる。

 森の奥で蠢く、いくつもの黒い人影になど、気付かずに。
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