この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

10-3:国と国の間の森

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「……ふん、だ。お前らなんかにお師匠が真面に相手するもんか」

 暇そうに草地で寛ぎ、思い思いに時間を潰している護衛達を、家の影から覗き込んでいたアザミが睨み、吐き捨てるように呟く。
 薬草の山を板の上に乗せて運び、裏口近くに腰を下ろした彼女は、ぶすっと不機嫌そうな表情のまま腰を下ろし、種類毎の選別を始める。
 その隣にシェラも座り込み、彼女の作業を手伝い始めた。

「ねえ様、あのひとたちは何をしに来たの?」
「お師匠にね、『ウチの国に来て働け』って言いに来たの。行くわけないのにね、まったく…」

 深く深くため息をつき、気怠さを顔中に表しながら、アザミは手を動かす。
 ぽいぽい、と適当に見えて的確に薬草の種類を選別し、小分けにしていくが、手つきはやはり苛立ちが混じり、ガサガサと耳障りな雑音が混じっている。
 シェラも同じく選別を行い、そしてアザミの前で首を傾げた。

「……国って、ガルムのこと?」
「ん? いや…ああ、そう言えばまだ説明してなかったね」

 シェラの質問を受けて、アザミは忘れていたというように目を見開き、手を止める。
 一旦作業を中断すると、アザミは近くにあった棒きれを拾い、先端で地面をガリガリと削り、線を刻み始める。

「あたし達がいるこの森は、二つの大国に挟まれて存在してるのよ。西のガルド王国と、東のウェンベリル皇国…あ、どっちも国土の大きさは大体一緒なのね」

 シェラにわかりやすいように、アザミが簡単な地図を描く。
 二つの歪んだ形の円を間を開けて描き、ちょうど中間地点を棒の先端で指す。それが王国と皇国、双方からの距離がほぼ同じ地点ということを示しているのだと、シェラはすぐに理解する。

「で、この二国ってめっちゃくちゃ仲が悪くて、森の切れ目である北と南でちょくちょく小競り合いとかを繰り返してんだよね。ただし、総力をぶつけ合うような戦争は、今のところ起きてないけどね」
「それは……どうして?」
「この森に阻まれてるから」

 簡潔に答え、アザミは森とそれぞれの国の接地面に×印を書き記す。
 どういうことか、と視線で問いかけてくるシェラに、アザミは辺りの樹々の奥を見やり、やや引き攣った表情を見せて続きを答えた。

「前にも話したことあると思うけど、この森って無茶苦茶危険な動物がうようよしてるやばい所だからさ、大軍なんか送り込んだら、とんでもない被害を被ることになるわけ」
「…私達も住んでるけど」
「……まぁ、そのへんはあの人の弟子だからって事で」

 もっともな指摘を受け、姉は気まずそうに目を逸らす。
 が、注目すべきはそこではないと首を横に振り、咳ばらいを一つしてから地図に視線を戻した。

「武力主義……兵士とか兵器の方面で強い力を持ってるガルムに対して、ウェンベリルは魔術方面で潤ってる国でね、お師匠の知識でさらに軍事力を上げようって考えてるみたい。…もう、10年くらい使者が来てるけど、お師匠は絶対頷かないんだよね」
「ま…じゅつ」
「そう、お師匠は現代魔術の開祖って言われるぐらいすごい人……らしいよ」

 らしい、という曖昧な言葉に、シェラは思わず肩眉を上げ、アザミを見つめる。
 そもそも魔術というものが何かさえ、まだまだ多くの事を知らずにいるシェラにとっては想像もつかない代物である。しかし彼女の脳裏には、自分がこの姉に引き取られた翌朝の事が、師と初めて二人きりで対話をした時の事が蘇っていた。

「…魔術って、何もない所から火を出してみせたりするあれのこと?」
「あ、見た事あるの? お師匠ってば滅多に使ったりしないから、あたしもあんまり見た事ないんだよね~。運がいい方だよ、あんたは」

 けらけら笑い、アザミは中断していた薬草の仕分け作業に戻る。
 だが、シェラは気づく。さりげなく作業を再開しようとしているが、見るからに話題を逸らそうと試みていることに。
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