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薄幸の少女と森の賢者達
05-3:昏い町の住民達
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「っ! チッ…」
足音と気配から、男の襲撃を察知したアザミは、咄嗟にシェラを背に庇い、男の方に自ら走り出す。
ギラギラと飢えた獣のような目で凝視してくる男に、アザミは鋭く踏み込み、鳩尾に思いきり膝を叩き込む。急所に強烈な一撃を貰った男は呻き、白目を剥いて仰向けに倒れ込んでいく。
カランッ、と男が持っていた棒切れが落ちる音が響くと、今度は距離を保っていた人々が、次々にアザミ達に襲い掛かってきた。
「食い物……食い物がある…?」
「売れる…売れる物……!」
「ヒィッ…!」
「走って! ああもう…勝てない癖に寄ってくんじゃないよまったく!」
恐怖に駆られ、悲鳴をこぼすシェラの手を引き、舌打ちしたアザミが奥に向かって走り出す。
人々は呻き声をあげながら、少女たちを追いかける。節くれだった、手垢だらけの腕を伸ばし、目の前でひらひらとはためく襤褸布を掴もうと走り続ける。
骨格を露わにした彼らの姿は、まるで生きた屍が襲ってくるかのような、そんな恐ろしさがあった。
「なんで…なんでこっちにくるの…!?」
「金目の物でももってそうとか思ってんだろうさ! もしくはあたし達自身がそう見えてんのか!」
一個体のように蠢き、迫ってくる彼らを振り返り、シェラが震える声を漏らす。
よたよたと上手く走れない彼女の腕を引き、アザミは必死の形相で走り、屍擬きの人々から逃げ続ける。時折彼らの手が衣服に引っかかりそうになるが、只管に前を見据えて足を動かす。
その時、突如真横から伸びてきた手があり、シェラの被る襤褸布が掴まれた。
「あっ…!」
「やばっ!」
シェラが襤褸布ごと引っ張られ、転倒しそうになった時、顔色を変えたアザミがその手を蹴り飛ばす。
骨のような手なのに、異様な強さを持っていたその手は何とか外れたものの、一瞬立ち止まったせいで追ってくる者達との距離が一気に狭まってしまう。
「よこせ……食い物よこせ…!」
「腹減った……肉ぅ!」
「餓鬼……餓鬼は売れるぞ……!」
汚れた無数の手が、アザミとシェラの全身に近づき、衣服に伸ばされる。
迫り来る魔の手。見た目は同じ人ながら、その眼や呻き声から全く別の化け物に見えるその様に、シェラはたまらずその場にへたり込んでしまった。
「ひ…や……やだ…!」
「だから…しつこいっての!」
顔を隠す襤褸布を無我夢中で掴み、引き下げて身を丸めるシェラの前に、アザミが怒りの形相で立ちはだかる。
虚ろな目で縋りつき、手を伸ばしてくる彼らの前でアザミは、懐から小さな袋を取り出し、中に入っていた黄緑色の粉を手のひらの上に広げる。
「〝柑花〟!」
手のひらの粉の山に向けて、アザミがふーっと強く息を吹きかける。粉は瞬く間に風に乗って広がり、意思を持つかのように勝手に人々の顔にまとわりつく。
黄緑色にきらきらと輝く粉塵を吸った彼らは、虚ろだった目が一層焦点を狂わせ、どさどさとその場に崩れ落ちていく。吸い込まずに済んだ者達も、おののきの声をあげながら後ずさっていく。
「今だよ! ほら走って!」
近くまで来ていた手が遠のくと、すぐさまアザミがシェラの手を掴んで走り出す。腰を抜かしかけていた少女は、よたよたと頼りない足取りで引きずられ、しかし必死に足を動かす。
ちらりと振り向くと、少女たちを追おうとする人々の姿が見えたが、漂う黄色い煙を恐れ、それ以上向かって来ない。
「あれは……どく?」
「それを使った、あたしのとっておき。さぁ、もうちょっとだから頑張って!」
恐ろしくてたまらなかった連中が、それ以上追って来ないことに安堵し、ほっと息をつくシェラに、不敵な笑みを浮かべたアザミが告げる。
薄暗く狭い通路を駆け続けた少女たちは、やがて明るい光が差し込む細い入口の元へと辿り着いた。
足音と気配から、男の襲撃を察知したアザミは、咄嗟にシェラを背に庇い、男の方に自ら走り出す。
ギラギラと飢えた獣のような目で凝視してくる男に、アザミは鋭く踏み込み、鳩尾に思いきり膝を叩き込む。急所に強烈な一撃を貰った男は呻き、白目を剥いて仰向けに倒れ込んでいく。
カランッ、と男が持っていた棒切れが落ちる音が響くと、今度は距離を保っていた人々が、次々にアザミ達に襲い掛かってきた。
「食い物……食い物がある…?」
「売れる…売れる物……!」
「ヒィッ…!」
「走って! ああもう…勝てない癖に寄ってくんじゃないよまったく!」
恐怖に駆られ、悲鳴をこぼすシェラの手を引き、舌打ちしたアザミが奥に向かって走り出す。
人々は呻き声をあげながら、少女たちを追いかける。節くれだった、手垢だらけの腕を伸ばし、目の前でひらひらとはためく襤褸布を掴もうと走り続ける。
骨格を露わにした彼らの姿は、まるで生きた屍が襲ってくるかのような、そんな恐ろしさがあった。
「なんで…なんでこっちにくるの…!?」
「金目の物でももってそうとか思ってんだろうさ! もしくはあたし達自身がそう見えてんのか!」
一個体のように蠢き、迫ってくる彼らを振り返り、シェラが震える声を漏らす。
よたよたと上手く走れない彼女の腕を引き、アザミは必死の形相で走り、屍擬きの人々から逃げ続ける。時折彼らの手が衣服に引っかかりそうになるが、只管に前を見据えて足を動かす。
その時、突如真横から伸びてきた手があり、シェラの被る襤褸布が掴まれた。
「あっ…!」
「やばっ!」
シェラが襤褸布ごと引っ張られ、転倒しそうになった時、顔色を変えたアザミがその手を蹴り飛ばす。
骨のような手なのに、異様な強さを持っていたその手は何とか外れたものの、一瞬立ち止まったせいで追ってくる者達との距離が一気に狭まってしまう。
「よこせ……食い物よこせ…!」
「腹減った……肉ぅ!」
「餓鬼……餓鬼は売れるぞ……!」
汚れた無数の手が、アザミとシェラの全身に近づき、衣服に伸ばされる。
迫り来る魔の手。見た目は同じ人ながら、その眼や呻き声から全く別の化け物に見えるその様に、シェラはたまらずその場にへたり込んでしまった。
「ひ…や……やだ…!」
「だから…しつこいっての!」
顔を隠す襤褸布を無我夢中で掴み、引き下げて身を丸めるシェラの前に、アザミが怒りの形相で立ちはだかる。
虚ろな目で縋りつき、手を伸ばしてくる彼らの前でアザミは、懐から小さな袋を取り出し、中に入っていた黄緑色の粉を手のひらの上に広げる。
「〝柑花〟!」
手のひらの粉の山に向けて、アザミがふーっと強く息を吹きかける。粉は瞬く間に風に乗って広がり、意思を持つかのように勝手に人々の顔にまとわりつく。
黄緑色にきらきらと輝く粉塵を吸った彼らは、虚ろだった目が一層焦点を狂わせ、どさどさとその場に崩れ落ちていく。吸い込まずに済んだ者達も、おののきの声をあげながら後ずさっていく。
「今だよ! ほら走って!」
近くまで来ていた手が遠のくと、すぐさまアザミがシェラの手を掴んで走り出す。腰を抜かしかけていた少女は、よたよたと頼りない足取りで引きずられ、しかし必死に足を動かす。
ちらりと振り向くと、少女たちを追おうとする人々の姿が見えたが、漂う黄色い煙を恐れ、それ以上向かって来ない。
「あれは……どく?」
「それを使った、あたしのとっておき。さぁ、もうちょっとだから頑張って!」
恐ろしくてたまらなかった連中が、それ以上追って来ないことに安堵し、ほっと息をつくシェラに、不敵な笑みを浮かべたアザミが告げる。
薄暗く狭い通路を駆け続けた少女たちは、やがて明るい光が差し込む細い入口の元へと辿り着いた。
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