この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

文字の大きさ
上 下
22 / 99
薄幸の少女と森の賢者達

05-3:昏い町の住民達

しおりを挟む
「っ! チッ…」

 足音と気配から、男の襲撃を察知したアザミは、咄嗟にシェラを背に庇い、男の方に自ら走り出す。
 ギラギラと飢えた獣のような目で凝視してくる男に、アザミは鋭く踏み込み、鳩尾に思いきり膝を叩き込む。急所に強烈な一撃を貰った男は呻き、白目を剥いて仰向けに倒れ込んでいく。
 カランッ、と男が持っていた棒切れが落ちる音が響くと、今度は距離を保っていた人々が、次々にアザミ達に襲い掛かってきた。

「食い物……食い物がある…?」
「売れる…売れる物……!」
「ヒィッ…!」
「走って! ああもう…勝てない癖に寄ってくんじゃないよまったく!」

 恐怖に駆られ、悲鳴をこぼすシェラの手を引き、舌打ちしたアザミが奥に向かって走り出す。
 人々は呻き声をあげながら、少女たちを追いかける。節くれだった、手垢だらけの腕を伸ばし、目の前でひらひらとはためく襤褸布を掴もうと走り続ける。
 骨格を露わにした彼らの姿は、まるで生きた屍が襲ってくるかのような、そんな恐ろしさがあった。

「なんで…なんでこっちにくるの…!?」
「金目の物でももってそうとか思ってんだろうさ! もしくはあたし達自身がそう見えてんのか!」

 一個体のように蠢き、迫ってくる彼らを振り返り、シェラが震える声を漏らす。
 よたよたと上手く走れない彼女の腕を引き、アザミは必死の形相で走り、屍擬きの人々から逃げ続ける。時折彼らの手が衣服に引っかかりそうになるが、只管に前を見据えて足を動かす。
 その時、突如真横から伸びてきた手があり、シェラの被る襤褸布が掴まれた。

「あっ…!」
「やばっ!」

 シェラが襤褸布ごと引っ張られ、転倒しそうになった時、顔色を変えたアザミがその手を蹴り飛ばす。
 骨のような手なのに、異様な強さを持っていたその手は何とか外れたものの、一瞬立ち止まったせいで追ってくる者達との距離が一気に狭まってしまう。

「よこせ……食い物よこせ…!」
「腹減った……肉ぅ!」
「餓鬼……餓鬼は売れるぞ……!」

 汚れた無数の手が、アザミとシェラの全身に近づき、衣服に伸ばされる。
 迫り来る魔の手。見た目は同じ人ながら、その眼や呻き声から全く別の化け物に見えるその様に、シェラはたまらずその場にへたり込んでしまった。

「ひ…や……やだ…!」
「だから…しつこいっての!」

 顔を隠す襤褸布を無我夢中で掴み、引き下げて身を丸めるシェラの前に、アザミが怒りの形相で立ちはだかる。
 虚ろな目で縋りつき、手を伸ばしてくる彼らの前でアザミは、懐から小さな袋を取り出し、中に入っていた黄緑色の粉を手のひらの上に広げる。

「〝柑花Paranoia〟!」

 手のひらの粉の山に向けて、アザミがふーっと強く息を吹きかける。粉は瞬く間に風に乗って広がり、意思を持つかのように勝手に人々の顔にまとわりつく。
 黄緑色にきらきらと輝く粉塵を吸った彼らは、虚ろだった目が一層焦点を狂わせ、どさどさとその場に崩れ落ちていく。吸い込まずに済んだ者達も、おののきの声をあげながら後ずさっていく。

「今だよ! ほら走って!」

 近くまで来ていた手が遠のくと、すぐさまアザミがシェラの手を掴んで走り出す。腰を抜かしかけていた少女は、よたよたと頼りない足取りで引きずられ、しかし必死に足を動かす。
 ちらりと振り向くと、少女たちを追おうとする人々の姿が見えたが、漂う黄色い煙を恐れ、それ以上向かって来ない。

「あれは……どく?」
「それを使った、あたしのとっておき。さぁ、もうちょっとだから頑張って!」

 恐ろしくてたまらなかった連中が、それ以上追って来ないことに安堵し、ほっと息をつくシェラに、不敵な笑みを浮かべたアザミが告げる。
 薄暗く狭い通路を駆け続けた少女たちは、やがて明るい光が差し込む細い入口の元へと辿り着いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...