14 / 99
薄幸の少女と森の賢者達
03-3:好きに選べ
しおりを挟む
「え……」
「その男がお前を責めたとしても、お前が自らを責める必要はない……それはその男の戯言に過ぎん」
今現在のシェラの心境の全てを否定する様な言葉に、シェラは思わず呆気に取られた様子で師を見つめる。
生まれた時からそばにいて、絶対的上位に位置していた者が親ではないと言われ、少女は混乱したままその場で立ち尽くす。
「なん、で…おとぉさん、は…おとぉさんで……」
「血の繋がりがあるだけだ。生物としての根本的な摂理を全うできぬ者に、その当たり前は通用しない」
「ほん、のぅ…?」
「生物が誕生した時から、自ら学ぶ前に覚えていることだ」
初めて聞く単語、父が口にしたのを聞いたことがないそれに、シェラは不思議そうに首を傾げる。
師の言葉は難しいが、仮面の奥から真っ直ぐに見つめてくる赤い目に、一切を聞き逃すことが憚られる。聞いて必ず覚えろと、言葉にしないまま命じられている様な気分だ。
師は小さく頷くと、身じろぎ一つせずに、さらに静かに言葉を重ねた。
「生物が子を成すのは、種を存続させる為。他者を害する事を禁じているのも同じ事……故に子を為せぬ弱き雌雄は群れを追い出され、種を害しかねない存在は排斥される……それを全うできぬその男は、そこらの獣畜生にも劣る低俗な愚者ということだ」
「ぐしゃ……」
「どうしようもない馬鹿者だということだ」
ふつふつと、火にかけた鍋が音を立てた頃合いに、師が立ち上がって暖炉の方に移動する。
呆けたまま立ち尽くすシェラを置き、湯だった鍋の中にパラパラと不思議な色合いの木の葉を入れていく師。奇妙な匂いが立ち込めるそれをかき混ぜ、師は続けてシェラに語りかける。
「逆に、自ら不利益を被る事を分かっていながら、血の繋がりもない存在を守ろうとする阿呆もいるがな……それを素直に受け止めるか、裏があると疑うかはお前次第だ」
「シェラが……?」
「少なくとも、信用はしているのだろう。己がやった名を名乗るぐらいならな」
師に指摘され、シェラは思わず目を見開く。言われるまで気づかなかった自分の変化に、愕然となる。
そして同時に、不思議な気持ちになる。父だけしかいなかったあの家では、名前というこの魔法の言葉は何も意味がなかった。
父と自分しかいない世界が、途端にガラガラと崩れ落ち、見たことのない景色が広がった気がした。
「それでもあれのそばにいることが苦痛なら、行くがいい。拾ったのはあれで、己はそれを見届けるのみ。止めはしない」
「……」
死はもう、背を向けたままシェラに顔を見せようとはしなかった。黙々と鍋をかき混ぜ、葉や茎や根を細かく刻んだ何かを放り込む作業に没頭している。
引き止める者は誰もいない。アザミが目を覚さないうちにこの家を出れば、最初に望んだ通りに誰にも迷惑をかけることなく、父のいる場所に戻れる。
理不尽な暴力と罵倒を浴びせかけられる、地獄に。
「……かぇ、る」
朝の光を注ぎ込んでくる、師の家の扉。鍵などなく、容易に開けられる簡素な扉がそこにある。
あと一歩踏み出せば、取手に手が届いてシェラの細腕でも簡単に開けられる。ここまでずっとアザミに背負われ、道は覚えていなくとも、歩き続け得ていればいつかはあそこに辿り着くかもしれない。
何より、自分がいなくなることで、この家の者達に父がひどい事をすることはなくなるだろう。
これでいいのだ。何も迷うことはない。
「その男がお前を責めたとしても、お前が自らを責める必要はない……それはその男の戯言に過ぎん」
今現在のシェラの心境の全てを否定する様な言葉に、シェラは思わず呆気に取られた様子で師を見つめる。
生まれた時からそばにいて、絶対的上位に位置していた者が親ではないと言われ、少女は混乱したままその場で立ち尽くす。
「なん、で…おとぉさん、は…おとぉさんで……」
「血の繋がりがあるだけだ。生物としての根本的な摂理を全うできぬ者に、その当たり前は通用しない」
「ほん、のぅ…?」
「生物が誕生した時から、自ら学ぶ前に覚えていることだ」
初めて聞く単語、父が口にしたのを聞いたことがないそれに、シェラは不思議そうに首を傾げる。
師の言葉は難しいが、仮面の奥から真っ直ぐに見つめてくる赤い目に、一切を聞き逃すことが憚られる。聞いて必ず覚えろと、言葉にしないまま命じられている様な気分だ。
師は小さく頷くと、身じろぎ一つせずに、さらに静かに言葉を重ねた。
「生物が子を成すのは、種を存続させる為。他者を害する事を禁じているのも同じ事……故に子を為せぬ弱き雌雄は群れを追い出され、種を害しかねない存在は排斥される……それを全うできぬその男は、そこらの獣畜生にも劣る低俗な愚者ということだ」
「ぐしゃ……」
「どうしようもない馬鹿者だということだ」
ふつふつと、火にかけた鍋が音を立てた頃合いに、師が立ち上がって暖炉の方に移動する。
呆けたまま立ち尽くすシェラを置き、湯だった鍋の中にパラパラと不思議な色合いの木の葉を入れていく師。奇妙な匂いが立ち込めるそれをかき混ぜ、師は続けてシェラに語りかける。
「逆に、自ら不利益を被る事を分かっていながら、血の繋がりもない存在を守ろうとする阿呆もいるがな……それを素直に受け止めるか、裏があると疑うかはお前次第だ」
「シェラが……?」
「少なくとも、信用はしているのだろう。己がやった名を名乗るぐらいならな」
師に指摘され、シェラは思わず目を見開く。言われるまで気づかなかった自分の変化に、愕然となる。
そして同時に、不思議な気持ちになる。父だけしかいなかったあの家では、名前というこの魔法の言葉は何も意味がなかった。
父と自分しかいない世界が、途端にガラガラと崩れ落ち、見たことのない景色が広がった気がした。
「それでもあれのそばにいることが苦痛なら、行くがいい。拾ったのはあれで、己はそれを見届けるのみ。止めはしない」
「……」
死はもう、背を向けたままシェラに顔を見せようとはしなかった。黙々と鍋をかき混ぜ、葉や茎や根を細かく刻んだ何かを放り込む作業に没頭している。
引き止める者は誰もいない。アザミが目を覚さないうちにこの家を出れば、最初に望んだ通りに誰にも迷惑をかけることなく、父のいる場所に戻れる。
理不尽な暴力と罵倒を浴びせかけられる、地獄に。
「……かぇ、る」
朝の光を注ぎ込んでくる、師の家の扉。鍵などなく、容易に開けられる簡素な扉がそこにある。
あと一歩踏み出せば、取手に手が届いてシェラの細腕でも簡単に開けられる。ここまでずっとアザミに背負われ、道は覚えていなくとも、歩き続け得ていればいつかはあそこに辿り着くかもしれない。
何より、自分がいなくなることで、この家の者達に父がひどい事をすることはなくなるだろう。
これでいいのだ。何も迷うことはない。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる