この美しくも残酷な世界で 〜薄幸少女が手にしたかけがえのない幸せな日々〜

春風駘蕩

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薄幸の少女と森の賢者達

02-4:師と弟子

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 本や薬の小瓶、薬草の欠片、脱ぎ散らかしたい服が山になっている、魔窟のような状態の部屋。
 アザミに与えられている自室の寝具の中で、シェラは寝息を立てていた。当初のビクビクと怯えた様子はかけらもない、心の底から安心している様子の寝顔に、アザミはふっと微笑みを浮かべる。
 まだ痛みが残っているためか、乱れたままの髪を撫で、慈愛に満ちた眼差しを向ける彼女は、やがて立ち上がってその場を離れる。
 その足で向かったのは、暖炉の前から離れない師の元だ。

「ねえ、お師匠……あの子のことなんだけどさ」

 アザミは嫌悪感に満ちた表情で、椅子の上で沈黙する師に話しかける。
 新たな同居人には決して見せるわけにはいかない、この世界のどこかに必ずいる一人の男を激しく憎む彼女に、師は仮面の奥で鬼火のように片目を光らせる。

「十中八九、ハーフエルフだろうな。純血のエルフよりも耳が短く、肌の色も透明感が薄い。それに、あの髪の色は純潔ではありえない色だ……父か母、どちらかは知らんが、人間との混血で間違いないだろう」
「やっぱり……」

 今にも唾を吐きそうなアザミが、悲痛な表情で自室を見やる。

 彷徨っていた少女に対する保護意欲が強まったのは、彼女を風呂で洗ってからだった。
 ガリガリに痩せた全身には、あちこちに大小問わぬ切り傷があり、青あざが模様のように浮き出ていた。歩くたびに顔を歪めるため、詳しく診察してみると、肋骨にヒビが入っていることも確認した。
 あと数日、見つけるのが遅れていれば、少女は間違いなくこの世の住人ではなくなっていただろう。

「……親が死んだのかな。それで、行くところをなくして、碌でもない人のところに迷い込んで……それで」
「違うだろうな」
「っ……」

 アザミの呟きを、師は即座に否定する。アザミはぎゅっと唇をかみしめ、眉間に皺を寄せて、何かを堪えるように息を呑む。
 師はそれを気遣うことなく、ギョロリと仮面の奥の目をアザミの部屋に向ける。
 正確には、アザミの部屋にいるシェラ、その身にこびりついている、人の匂いに。

「あれに血縁者以外の匂いはついていない。傷跡も殴打の痕が多い……男に殴られたものだ。向こうも相当弱っているのか、大した深さではなかったがな」
「……そっか~」

 淡々と語る師の言葉に、アザミはしばらくブルブルと握りしめた拳を震わせていたが、やがて諦めたようにその力を抜く。
 俯き、表情を隠した弟子を見やった師は、黙り込んだ彼女に鋭い視線を送り、再び声を発する。

「お前が拾った命だ……最後まで、お前が責任を持って守れ。それができなければ、お前はあの子を捨てた人間と同類に成り果てるぞ」

 浅い考えを咎めるような、あるいは挑発するような響きを持った師の言葉。
 真正面から投げかけられたそれに、アザミはゆっくりと顔を上げると、にっと不適に笑ってみせる。

 師はそれを目にすると、以降口を開くことはなかった。
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