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薄幸の少女と森の賢者達
01-2:深き森の賢者
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「お師匠~、ただいま~」
間延びした調子で、家の中にいた人物に帰宅を告げるアザミ。それに手を引かれ、おずおずとためらいがちに足を踏み入れる少女。
敷居の向こう側に入った瞬間、少女の鼻を襲ったのは奇妙な匂いだった。
草木の匂いとも、水の匂いとも、父の体臭とも異なる、表現し難い鼻先に刺さるような独特な匂い。それが、部屋中のあらゆる場所から漂い、少女の全身を包み込んでくる。
その出所が、壁に取り付けられた無数の箱や、机の上に置かれた紙の束だと気づくまで、少し時間を要する。そしてそれが『本』という物であることを、少女は後になって知った。
「いや~、今日はひどい雨だったよ~。もうちょっと採集してから帰ろうかと思ったんだけどさ、お土産連れてきたから早めがいいかな~って思ってさ」
アザミはそう言いながら、腰に巻いていた袋を外し、台の上でひっくり返してぶちまけていく。
どさどさと落ちてきたのは、さまざまな形状の葉や実、種に根。少女には見分けがつかないような、似たり寄ったりの外見の草木のかけらだった。
それを慣れた手つきでより分け、アザミは積み重なった本の向こう側に顔を向けた。
「あ、でもさお師匠! 今日は結構珍しい素材が取れたからさ、新しい薬の製法教えてよ! どうせ今日も家に引っ込んでるんでしょ?」
「…己は薪を拾ってこいと言ったはずだが? 馬鹿弟子」
騒がしく明るいアザミの声に対し、返ってきたのは低く、轟くような奇妙な響きを持った声だった。
誰かいたのか、と顔色を変えた少女は、積み重なった本の向こう、赤く光る何かの前にある真っ黒で大きな人影に怯えた目を向けた。
木の鶴を編み込んで作られた、茶色い椅子のような塊の上に腰を下ろす、大柄な人物。
灯に照らされてなお黒い鎧に、鹿を模したような黒い仮面を被り、全身を同じく黒いローブで覆った、父よりも遥かに大きな体を持つ、異様な威圧感を醸し出す男性らしき人物。
暖炉の火に照らされながら、一冊の本を開いて何かを書き込んでいるその者に、少女はぞくりと背筋に震えが走るのを感じた。
「授業は予定通りに進める。あれを使った薬はお前にはまだ早い……身の程を弁えて物を言え」
「あー! そういうこと言っちゃうんだ! ていうかこんな天気の中で薪拾って来いとか鬼か! どこ探したって濡れた枝しか見つからないっての! 鬼!」
「そのあたりは自分でいくらでも工夫しろ…軽くてもお前には脳みそがあるだろう。たまには使え、腐る前にな」
「あたしに対するその口の悪さって何!?」
背を向けたまま、辛辣な言葉ばかり投げかけてくるその人物に、アザミが目を釣り上げながら抗議の声を上げる。少女はその姿に、ぽかんと口を開けて立ち尽くすばかりだ。
キャンキャンと子犬のように喚く弟子に、やがてその人物はパタンと本を閉じ、傍らの本の山の上に積む。気怠げに首を回したその者は、ぎょろりと仮面の奥の、血のように赤く輝く左目をアザミに、そして入り口近くで棒立ちになっている少女に向けた。
「…で、薪拾いをほったらかしにして持って返ってきた土産というのが、それか」
「おっと、待ってました!」
不満げな表情で、頬を膨らませていたアザミが、途端に満面の笑顔になって駆け出す。
状況についていけず、唖然としたままの少女を抱き上げると、アザミは嬉しそうに師に見せつけた。
「見て見て! 拾ったの! かわいいでしょ!」
直後、がごん!と凄まじい音が鳴り響き、アザミの体が大きくのけ反った。
間延びした調子で、家の中にいた人物に帰宅を告げるアザミ。それに手を引かれ、おずおずとためらいがちに足を踏み入れる少女。
敷居の向こう側に入った瞬間、少女の鼻を襲ったのは奇妙な匂いだった。
草木の匂いとも、水の匂いとも、父の体臭とも異なる、表現し難い鼻先に刺さるような独特な匂い。それが、部屋中のあらゆる場所から漂い、少女の全身を包み込んでくる。
その出所が、壁に取り付けられた無数の箱や、机の上に置かれた紙の束だと気づくまで、少し時間を要する。そしてそれが『本』という物であることを、少女は後になって知った。
「いや~、今日はひどい雨だったよ~。もうちょっと採集してから帰ろうかと思ったんだけどさ、お土産連れてきたから早めがいいかな~って思ってさ」
アザミはそう言いながら、腰に巻いていた袋を外し、台の上でひっくり返してぶちまけていく。
どさどさと落ちてきたのは、さまざまな形状の葉や実、種に根。少女には見分けがつかないような、似たり寄ったりの外見の草木のかけらだった。
それを慣れた手つきでより分け、アザミは積み重なった本の向こう側に顔を向けた。
「あ、でもさお師匠! 今日は結構珍しい素材が取れたからさ、新しい薬の製法教えてよ! どうせ今日も家に引っ込んでるんでしょ?」
「…己は薪を拾ってこいと言ったはずだが? 馬鹿弟子」
騒がしく明るいアザミの声に対し、返ってきたのは低く、轟くような奇妙な響きを持った声だった。
誰かいたのか、と顔色を変えた少女は、積み重なった本の向こう、赤く光る何かの前にある真っ黒で大きな人影に怯えた目を向けた。
木の鶴を編み込んで作られた、茶色い椅子のような塊の上に腰を下ろす、大柄な人物。
灯に照らされてなお黒い鎧に、鹿を模したような黒い仮面を被り、全身を同じく黒いローブで覆った、父よりも遥かに大きな体を持つ、異様な威圧感を醸し出す男性らしき人物。
暖炉の火に照らされながら、一冊の本を開いて何かを書き込んでいるその者に、少女はぞくりと背筋に震えが走るのを感じた。
「授業は予定通りに進める。あれを使った薬はお前にはまだ早い……身の程を弁えて物を言え」
「あー! そういうこと言っちゃうんだ! ていうかこんな天気の中で薪拾って来いとか鬼か! どこ探したって濡れた枝しか見つからないっての! 鬼!」
「そのあたりは自分でいくらでも工夫しろ…軽くてもお前には脳みそがあるだろう。たまには使え、腐る前にな」
「あたしに対するその口の悪さって何!?」
背を向けたまま、辛辣な言葉ばかり投げかけてくるその人物に、アザミが目を釣り上げながら抗議の声を上げる。少女はその姿に、ぽかんと口を開けて立ち尽くすばかりだ。
キャンキャンと子犬のように喚く弟子に、やがてその人物はパタンと本を閉じ、傍らの本の山の上に積む。気怠げに首を回したその者は、ぎょろりと仮面の奥の、血のように赤く輝く左目をアザミに、そして入り口近くで棒立ちになっている少女に向けた。
「…で、薪拾いをほったらかしにして持って返ってきた土産というのが、それか」
「おっと、待ってました!」
不満げな表情で、頬を膨らませていたアザミが、途端に満面の笑顔になって駆け出す。
状況についていけず、唖然としたままの少女を抱き上げると、アザミは嬉しそうに師に見せつけた。
「見て見て! 拾ったの! かわいいでしょ!」
直後、がごん!と凄まじい音が鳴り響き、アザミの体が大きくのけ反った。
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