創世の賢者

春風駘蕩

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黒猫と仮面②

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「うごごご……ししょ~、それでゲンコツしないでって前にも言ったのに~」

 腫れてる、絶対でっかいたんこぶできてる…!
 そんなでっかい鉄の塊で殴っちゃ絶対駄目。下手したら死んじゃう。

「馬鹿をやったお前が言うな」

 抗議の声を上げるけど、師匠は逆に私の頭頂部に拳を乗せて、上からぐりぐりしてくる……いだだだだだ。

「客の相手などしなくていいと、何回も何十回も言ってあったはずだが?鍵を閉めろ、ノックされても開けるな、返答もするな。……全部できてないとはどういう了見だ小娘」
「いだだあだだ」

 延々お説教されてるけど正直耳に入ってこない。痛すぎて全然内容が入ってこない。
 ふざけた私が悪いのはわかってるけどもうそろそろやめてほしい。歪む。頭の骨が凹む。

 やめてやめて。最初にゲンコツを受けたところを延々ぐりぐりされて痛みが全然引かなくて───クセになりそう。

「……やめだ、阿呆らしくなってきた」
「あん」

 ぽいっ、と師匠のぐりぐりが離れてしまう。
 ああ、もうちょっとでなんか新しい扉が開きそうだったのに。

「客は今の1人だけか。…他にもいたりしないだろうな」
「ん、さっきの子だけ。きっと、勇気を振り絞ってここまで来たんだろうな……予想外の怖いもの見せられて、可哀想に」
「根本的な原因が何を言うか」

 ごすっ

 また師匠のゲンコツが脳天に落ちる。さっきより軽いけど痛い。

「……でもししょー、せっかくきたお客さんをビビらせて帰らせるのはどうかと思う」
「来いと言った覚えはない。そもそも───もうここで店などやるつもりもなかったのに」

 あの女の子が逃げ去った入り口に目……じゃないな、顔を向ける事もなく、師匠はかちゃかちゃとカラフルな瓶をいじくっている。
 またどっかで集めてきたのか。
 売りもしないし使いもしないのに、なんで持って帰って来るんだろうな、この人……

「じゃあここにいる必要ないじゃん……町から遠いし、不便だし」
「人間が近付かなければどこでもいい」
「……ししょーが人間嫌いなのはわかってるけど、流石に度がすぎると思う」

 まぁ…街に行く必要ないから別にいいんだけど。
 森で食材は集まるし、必要なものは師匠が自分で作るし、なんなら私も師匠が直々に作り方とか教えてくれてるし。

 ……師匠、もしかして私も世捨て人にしようとしてる?

「は~…なんでそこまで他人とか変わりたくないかな。誰も彼もがししょーの敵じゃあるまいに」
「生憎、お前ほど能天気なお人好しではないからな」
「ししょーほどのひねくれ者にもなりたくないんだけど」

 昔、何があったらこうなるんだろうか。
 子供相手に全然優しくないし、大人気ないし、中身の年齢は一体幾つなんだか。

 ……そこで、ふと、いつも疑問に思っている事を考える。

「……だったら、ねぇ、ししょー」
「何だ」

 いつも思ってる、というか。
 思った時に近くにししょーがいたら、躊躇う事なく訊いてる事なんだけど。

「なんで私を拾ったの?」

 ───物心つく前、私が赤ん坊だった頃。
 森の片隅で、ボロ布に包まれて捨てられていたらしい私。

 どこのだれかも、誰が捨てたのかもわからない、身元不明の捨て子。
 そんな私を見つけて、拾って、ここまで育ててくれた。

 血の繋がりも、縁もない。
 全くの赤の他人なのに、10年という時を一緒に過ごし、側に置き続けた。

 赤子の私はさぞ手がかかっただろうに、思い出せる記憶はずっとこの森の家の中。
 他の誰かと密接に関わった記憶はない……ずっとずっと、師匠が側にいて、守ってくれていた。

 人間嫌いのくせに、人間を拾って育てて……いつも不思議でならない。

「……さぁな」

 だけど師匠は、それしか答えない。
 誤魔化してるわけでもなくて、単に答えるのが面倒臭そうな感じで、何も教えてくれない。決まってだんまり。

 どういう想いで私を育てたかなんて、何にも教えてくれやしない。

 …まぁ、どうせいつもの事だから、いいんだけどさ。
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