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3 . 狩猟
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「ゴァアアア! ガァア!!」
首元に鋭い牙が突き立てられ、一匹の灰色の狼が痛みで暴れ狂う。
辺りには同族のものと思わしき残骸―――尻尾や耳の一部などが転がる中、最後の一匹である彼は渾身の力で拘束を抜け出そうとする。
だが、自身の影の中から顔を出し、凄まじい力で顎を閉じる〝それ〟からは逃れられない。
「ゴルルルル…!」
「ギャッ―――!?」
(活きがいいな。それでこそ喰い甲斐があるというもの……苦労をして捕らえた獲物の味は実に美味いんだ)
ボギッ!と狼の首をへし折り、脱力した獲物を影の中に引きずり込みながら、爬虫類の顔を歪める。
自我を取り戻して以来、空腹で騒ぐ本能の赴くままに広大な影の世界を泳ぎ続け、獲物を狩り続ける日々が数日も続いていた。
(しかし……獣の肉ばかりではさすがに飽きるな。この身が肉食なら然して問題はなかろうが……果物でもなんでもいいから途中に挟んでおきたいものだ)
一応味覚はあるらしく、新鮮な肉の味わいに不満はない。
しかし、目覚めてからこの時まで、延々と狩りと遊泳を繰り返す日々。同じ味ばかりでは退屈になる。
(……そういえば、あの獲物……熊だったか。妙にでかい上に体表が赤かったな。あんな種類の熊は聞いたことがないが、新種か俺が知らない種だったのだろうか)
腹が膨れたおかげで思考が食欲以外にも向けられたのか、影の世界を泳ぎながらふと思う。
兎、狼、鹿、熊、狐……影の外にいたあらゆる生物を狙い、食らってきたが、冷静になると奇妙だ。
兎に角など生えていたか?
狼の牙はあんなに長かったか?
鹿の角は宝石のようにキラキラと輝いていたか?
影の外に顔を出し、目にした生物・無生物に対して少しずつ違和感を抱き始めていた。
(そも……月とはあんなにも大きく、数がある物だっただろうか?)
最初の狩りを行った夜の事が思い出される。
本能のままに狩りを続ける中でほとんど気にしていなかったが、月とはたった一つのはずだったのでは。
自分の常識とは異なっているような───
(まぁ、いいか)
思い出そうとしてすぐに諦める。
今泳いでいる世界と同じく、延々と広がる闇の中に浮かぶ断片的な記憶を一つ一つ拾うなど、面倒臭くてたまらない。謎のままでも何も困るまい。
(別に急がずとも、泳ぎ続けていれば何かわかるだろう。……自分から何かをするなど、面倒だ)
そもそもあまり興味がない、と思考を放棄する。空腹が治まった今、態々自分からやる事を増やす必要はない。
そのうち何か起こるだろうと適当に見切りをつけ、悠々と影の世界を泳ぎ続けた。
変化が起こり始めたのは、それから少し経ってからだった。
日課となりつつある狩りを終え、獲物を残さず腹に収めてあてもない旅を続けようとした時だった。
(……何か、いるな。かなりたくさん。一、二、三……二十くらい。この真上あたりか)
狩りの慣れによるものか、以前よりもはっきり強く影の上の気配を捉えられるようになった。
群れでもいるのかと思ったが、意識を集中させるとどうやら違うらしい。
少ない気配に対し、十以上の気配が円を描くように並んでいる。
そのまま様子を伺っていると、囲まれた方の気配が一つ、また一つと弱くなる。
自分が獲物を仕留めた時に感じる、生物が命を奪われた時の変化だ
(上で何かが狩りでも行っているのか? それにしては、妙なやり方のような……気のせいか?)
自分以外の生物の狩りに鉢合わせしたのは初めてだが、今行われているものは別物に思えた。
見えてもいないのにそう感じ取る自身に困惑しながら、じっと上のやり取りを見上げる……胸の奥に芽生えた苛立ちを自覚しながら。
(……何故かは知らんが、気に入らんな。さりとて、どうしたものか)
他者が狩りをしていようが、縄張り争いをしていようが、余所者の自分には関係のないこと。
空腹も治まっている今、態々介入する必要性は皆無。だが、一度芽生えた苛立ちはなかなか消えない。
ただ黙って事態の変化を伺っていると、囲まれていた気配がまた減った。
残った二つの気配に、周りの沢山の気配が気配がジリジリと距離を狭めていく。
気づけば、身体は勝手に境界に向かって泳ぎ出していた。
首元に鋭い牙が突き立てられ、一匹の灰色の狼が痛みで暴れ狂う。
辺りには同族のものと思わしき残骸―――尻尾や耳の一部などが転がる中、最後の一匹である彼は渾身の力で拘束を抜け出そうとする。
だが、自身の影の中から顔を出し、凄まじい力で顎を閉じる〝それ〟からは逃れられない。
「ゴルルルル…!」
「ギャッ―――!?」
(活きがいいな。それでこそ喰い甲斐があるというもの……苦労をして捕らえた獲物の味は実に美味いんだ)
ボギッ!と狼の首をへし折り、脱力した獲物を影の中に引きずり込みながら、爬虫類の顔を歪める。
自我を取り戻して以来、空腹で騒ぐ本能の赴くままに広大な影の世界を泳ぎ続け、獲物を狩り続ける日々が数日も続いていた。
(しかし……獣の肉ばかりではさすがに飽きるな。この身が肉食なら然して問題はなかろうが……果物でもなんでもいいから途中に挟んでおきたいものだ)
一応味覚はあるらしく、新鮮な肉の味わいに不満はない。
しかし、目覚めてからこの時まで、延々と狩りと遊泳を繰り返す日々。同じ味ばかりでは退屈になる。
(……そういえば、あの獲物……熊だったか。妙にでかい上に体表が赤かったな。あんな種類の熊は聞いたことがないが、新種か俺が知らない種だったのだろうか)
腹が膨れたおかげで思考が食欲以外にも向けられたのか、影の世界を泳ぎながらふと思う。
兎、狼、鹿、熊、狐……影の外にいたあらゆる生物を狙い、食らってきたが、冷静になると奇妙だ。
兎に角など生えていたか?
狼の牙はあんなに長かったか?
鹿の角は宝石のようにキラキラと輝いていたか?
影の外に顔を出し、目にした生物・無生物に対して少しずつ違和感を抱き始めていた。
(そも……月とはあんなにも大きく、数がある物だっただろうか?)
最初の狩りを行った夜の事が思い出される。
本能のままに狩りを続ける中でほとんど気にしていなかったが、月とはたった一つのはずだったのでは。
自分の常識とは異なっているような───
(まぁ、いいか)
思い出そうとしてすぐに諦める。
今泳いでいる世界と同じく、延々と広がる闇の中に浮かぶ断片的な記憶を一つ一つ拾うなど、面倒臭くてたまらない。謎のままでも何も困るまい。
(別に急がずとも、泳ぎ続けていれば何かわかるだろう。……自分から何かをするなど、面倒だ)
そもそもあまり興味がない、と思考を放棄する。空腹が治まった今、態々自分からやる事を増やす必要はない。
そのうち何か起こるだろうと適当に見切りをつけ、悠々と影の世界を泳ぎ続けた。
変化が起こり始めたのは、それから少し経ってからだった。
日課となりつつある狩りを終え、獲物を残さず腹に収めてあてもない旅を続けようとした時だった。
(……何か、いるな。かなりたくさん。一、二、三……二十くらい。この真上あたりか)
狩りの慣れによるものか、以前よりもはっきり強く影の上の気配を捉えられるようになった。
群れでもいるのかと思ったが、意識を集中させるとどうやら違うらしい。
少ない気配に対し、十以上の気配が円を描くように並んでいる。
そのまま様子を伺っていると、囲まれた方の気配が一つ、また一つと弱くなる。
自分が獲物を仕留めた時に感じる、生物が命を奪われた時の変化だ
(上で何かが狩りでも行っているのか? それにしては、妙なやり方のような……気のせいか?)
自分以外の生物の狩りに鉢合わせしたのは初めてだが、今行われているものは別物に思えた。
見えてもいないのにそう感じ取る自身に困惑しながら、じっと上のやり取りを見上げる……胸の奥に芽生えた苛立ちを自覚しながら。
(……何故かは知らんが、気に入らんな。さりとて、どうしたものか)
他者が狩りをしていようが、縄張り争いをしていようが、余所者の自分には関係のないこと。
空腹も治まっている今、態々介入する必要性は皆無。だが、一度芽生えた苛立ちはなかなか消えない。
ただ黙って事態の変化を伺っていると、囲まれていた気配がまた減った。
残った二つの気配に、周りの沢山の気配が気配がジリジリと距離を狭めていく。
気づけば、身体は勝手に境界に向かって泳ぎ出していた。
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