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早朝の草原。青々と広がる大地で、大きな鹿の群れが静かに歯を食む。
しなやかな体に水晶のように輝く角を持つ、どこか気品さえ感じられる鹿達。
ふと、群れの中の一体―――他より一回りも大きく、角も太く立派な一体が顔を上げ、辺りを見渡し始める。
「…キュルル…」
小さく鳴き、脅威を探そうとする群れの長。
辺りには何も見当たらない。しかし必ず何かがいる。
そう確信し、群れを守るために全神経を集中させ、自分達を狙う敵の存在を探し続け―――
「―――ゴルルルル!!」
「ギュッ…!?」
次の瞬間、彼の視界は真っ暗な闇に塗りつぶされ、ぶつりと意識が途切れた。
ごぎん、と嫌な鈍い音が響き渡り、ドサッと地面に倒れ込む。首から上を断たれた哀れな亡骸が晒される。
「キュィイ!」「キュゥ!」
異変に気付いた他の水晶鹿達が、変わり果てた長の姿を目にして慌て出す。
動揺が群れ全体に広がり、一斉に全速力で走り出した。
「グルルルル…!」
ドドドドドッ…!と凄まじい足音を立て、草地から逃げ出し森に駆け込んでいく水晶鹿達の後を、地面に映った大きな影が追跡する。
やがて影は群れの最後尾に追いつき、一体を影の中に引きずり込む。
足に食らいつかれた小柄な鹿は、断末魔の声すら上げられずに影の中に消える。かと思えば、新たな最後尾となった個体も、影の中に呑み込まれる。
たった数秒の間に、水晶鹿達は次々に影に呑み込まれていった。
「キュゥ…キュウウウ!!」
先頭を走るのは、群れの長の子で最も長生きな個体。
種族の血を守るため、群れを守るために誰より速く走り、生き延びようとしていた……だが。
「グルル…!!」
「キュゥ!?」
低木を飛び越えた若鹿の前で響く、唸り声。
不機嫌そうに声を上げたのは、見上げる程の巨体と鋭い爪を持った熊。
森を縄張りにする、そして生態系の頂点に存在する強力な獣。
大熊は赤く光る目で縄張りに入り込んだ若鹿を睨み、牙を剥き出しにしてみせる。
「グォオオオオ!!」
「キュ―――」
大熊は爪を振りかざし、若鹿に向けて歩き出す。
新たな窮地と命の危機に、若鹿はじりじりと後退る。
後ろにも捕食者、前にも捕食者。逃げ場を奪われた若鹿が真横に飛び出そうとした時だった。
「ゴルルルルルル!!」
横を向いた若鹿の首が、闇の中から現れた巨大な牙に挟まれ、ぶちぶちと音を立てて消える。
そして引きちぎられた首から大量の鮮血が勢いよく噴き出した。
「グルルル…!?」
「ゴルルルルルルル!!」
首を失って倒れ込む若鹿に、大熊は戸惑うような唸り声を漏らす。しかし森の頂点としての矜持からか、すぐさま臨戦態勢に入る。
そんな大熊に向けて、影の中から飛び出した牙の持ち主―――大熊を凌ぐ巨体を持つ黒竜が歓喜の咆哮を上げる。
倒れた若鹿の残った肉を頬張り、ボリバキと噛み砕いた黒竜は、新たに現れた〝獲物〟に、にたりと口角を上げた。
「グルル……ゴァアアア!!」
先に仕掛けたのは大熊だった。自慢の爪を振りかぶり、黒竜の喉元を切り裂こうと飛び掛かる。
しかし、巨体に見合った鈍い一撃は届かず、簡単に躱されてしまう。外れた爪は、進行方向上にあった気を真っ二つに切り裂いて止まる。
今度は黒竜が牙を剥き、四つん這いになった大熊の背中に向けて噛みつこうとする。
大熊はそれに自分の腕をぶつけ、横に弾く。顎を殴られた黒竜は苛立たしげに目を細め、ガチン、ガチンと牙を噛み鳴らした。
「グルルルル……ゴルルルル!!」
「ゴァアアア!!」
甲高い音を立て、大熊の剣のような爪と黒竜の鎧のような鱗が激突し、激しい火花が散る。
やがて黒竜の牙が大熊の喉元に届き、深々と突き立てられる。どばっと大量の血が噴き出し、大熊が苦悶の声を上げて暴れ回る。
苦し紛れに振るわれた爪ががしがしと黒竜の鱗を打ち、しかし微塵も傷を与えられずに終わる。
「グルルルル…!!」
「ゴァ……ガ…、ゴ……!」
ばたばたと激しく暴れ、血の泡を吹く大熊。何度も何度も爪を突き立て、黒竜を引きはがそうとするものの、怪物の力は凄まじく全く通じない。
やがて大熊の動きは鈍くなり、徐々に力が抜けていく。
それからしばらくして、大熊は白目を剥いたままだらりと首を垂らして沈黙した。
「グルルル……ゴァァァァァ!!!」
事切れた大熊の亡骸を地面に置き、黒竜が大きな咆哮を上げる。
喜びをあらわにした黒竜は、さっそく斃れた大熊の肉を食い千切り、ばりばりと咀嚼する。
巨体はあっという間に黒竜の腹の中に消え、血痕だけが残された。
「グルルル……」
骨一つ残すことなく腹に収めた黒竜は、やがて顔を上げて真っ赤に汚れた口周りを舐める。
たらふく食べたはずなのに怪物の唸り声は不満げで、目は新たな得物を探して辺りに向けられる。
ふと、がさりと草木が蠢く音がする。つられて振り向た黒竜は、繁みの向こう側に目を凝らす。
そこにいた、複数の尾を持つ狐の姿を視界に捉えた瞬間……黒竜は、にたりと牙を剥き出し、悍ましく嗤った。
しなやかな体に水晶のように輝く角を持つ、どこか気品さえ感じられる鹿達。
ふと、群れの中の一体―――他より一回りも大きく、角も太く立派な一体が顔を上げ、辺りを見渡し始める。
「…キュルル…」
小さく鳴き、脅威を探そうとする群れの長。
辺りには何も見当たらない。しかし必ず何かがいる。
そう確信し、群れを守るために全神経を集中させ、自分達を狙う敵の存在を探し続け―――
「―――ゴルルルル!!」
「ギュッ…!?」
次の瞬間、彼の視界は真っ暗な闇に塗りつぶされ、ぶつりと意識が途切れた。
ごぎん、と嫌な鈍い音が響き渡り、ドサッと地面に倒れ込む。首から上を断たれた哀れな亡骸が晒される。
「キュィイ!」「キュゥ!」
異変に気付いた他の水晶鹿達が、変わり果てた長の姿を目にして慌て出す。
動揺が群れ全体に広がり、一斉に全速力で走り出した。
「グルルルル…!」
ドドドドドッ…!と凄まじい足音を立て、草地から逃げ出し森に駆け込んでいく水晶鹿達の後を、地面に映った大きな影が追跡する。
やがて影は群れの最後尾に追いつき、一体を影の中に引きずり込む。
足に食らいつかれた小柄な鹿は、断末魔の声すら上げられずに影の中に消える。かと思えば、新たな最後尾となった個体も、影の中に呑み込まれる。
たった数秒の間に、水晶鹿達は次々に影に呑み込まれていった。
「キュゥ…キュウウウ!!」
先頭を走るのは、群れの長の子で最も長生きな個体。
種族の血を守るため、群れを守るために誰より速く走り、生き延びようとしていた……だが。
「グルル…!!」
「キュゥ!?」
低木を飛び越えた若鹿の前で響く、唸り声。
不機嫌そうに声を上げたのは、見上げる程の巨体と鋭い爪を持った熊。
森を縄張りにする、そして生態系の頂点に存在する強力な獣。
大熊は赤く光る目で縄張りに入り込んだ若鹿を睨み、牙を剥き出しにしてみせる。
「グォオオオオ!!」
「キュ―――」
大熊は爪を振りかざし、若鹿に向けて歩き出す。
新たな窮地と命の危機に、若鹿はじりじりと後退る。
後ろにも捕食者、前にも捕食者。逃げ場を奪われた若鹿が真横に飛び出そうとした時だった。
「ゴルルルルルル!!」
横を向いた若鹿の首が、闇の中から現れた巨大な牙に挟まれ、ぶちぶちと音を立てて消える。
そして引きちぎられた首から大量の鮮血が勢いよく噴き出した。
「グルルル…!?」
「ゴルルルルルルル!!」
首を失って倒れ込む若鹿に、大熊は戸惑うような唸り声を漏らす。しかし森の頂点としての矜持からか、すぐさま臨戦態勢に入る。
そんな大熊に向けて、影の中から飛び出した牙の持ち主―――大熊を凌ぐ巨体を持つ黒竜が歓喜の咆哮を上げる。
倒れた若鹿の残った肉を頬張り、ボリバキと噛み砕いた黒竜は、新たに現れた〝獲物〟に、にたりと口角を上げた。
「グルル……ゴァアアア!!」
先に仕掛けたのは大熊だった。自慢の爪を振りかぶり、黒竜の喉元を切り裂こうと飛び掛かる。
しかし、巨体に見合った鈍い一撃は届かず、簡単に躱されてしまう。外れた爪は、進行方向上にあった気を真っ二つに切り裂いて止まる。
今度は黒竜が牙を剥き、四つん這いになった大熊の背中に向けて噛みつこうとする。
大熊はそれに自分の腕をぶつけ、横に弾く。顎を殴られた黒竜は苛立たしげに目を細め、ガチン、ガチンと牙を噛み鳴らした。
「グルルルル……ゴルルルル!!」
「ゴァアアア!!」
甲高い音を立て、大熊の剣のような爪と黒竜の鎧のような鱗が激突し、激しい火花が散る。
やがて黒竜の牙が大熊の喉元に届き、深々と突き立てられる。どばっと大量の血が噴き出し、大熊が苦悶の声を上げて暴れ回る。
苦し紛れに振るわれた爪ががしがしと黒竜の鱗を打ち、しかし微塵も傷を与えられずに終わる。
「グルルルル…!!」
「ゴァ……ガ…、ゴ……!」
ばたばたと激しく暴れ、血の泡を吹く大熊。何度も何度も爪を突き立て、黒竜を引きはがそうとするものの、怪物の力は凄まじく全く通じない。
やがて大熊の動きは鈍くなり、徐々に力が抜けていく。
それからしばらくして、大熊は白目を剥いたままだらりと首を垂らして沈黙した。
「グルルル……ゴァァァァァ!!!」
事切れた大熊の亡骸を地面に置き、黒竜が大きな咆哮を上げる。
喜びをあらわにした黒竜は、さっそく斃れた大熊の肉を食い千切り、ばりばりと咀嚼する。
巨体はあっという間に黒竜の腹の中に消え、血痕だけが残された。
「グルルル……」
骨一つ残すことなく腹に収めた黒竜は、やがて顔を上げて真っ赤に汚れた口周りを舐める。
たらふく食べたはずなのに怪物の唸り声は不満げで、目は新たな得物を探して辺りに向けられる。
ふと、がさりと草木が蠢く音がする。つられて振り向た黒竜は、繁みの向こう側に目を凝らす。
そこにいた、複数の尾を持つ狐の姿を視界に捉えた瞬間……黒竜は、にたりと牙を剥き出し、悍ましく嗤った。
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