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第四章:謝罪編

029:盗人

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「ーーーよぉし、今日の狩場に着いたぞ。物音立てねぇようによぉく気ぃつけろよ」
「お、おぅ。わかってるぜ、兄弟」


 薄暗い、霧が立ち込めた早朝の街。
 比較的裕福な人種が住まう整然とした街の一角で、蠢く黒ずくめの男達の姿があった。

 顔は覆面で隠し、全身を闇に紛れさせる黒の装いで統一した二人組。
 息を潜め、一切の物音を立てぬよう細心の注意を払いながら、昼間のうちに目星をつけておいたとある金持ちの家の屋根に登る。

 二人組の片割れは瓦屋根の上を慎重に歩き、家の裏に開かれた露台バルコニーへと降り立ち、扉の前にしゃがみこむ。


「ぐずぐずするな、急げ」
「ま、待ってくれよ、兄弟……!」


 二人は盗人であった。
 さほど腕は良くなく、被害の数も少なく、庶民や貧乏人の家からわずかな金目のものを奪って逃げる小物であった。
 しかし今では、最初に比べて腕は上がったはずだと自信をつけ、少しずつ裕福な家を狙うようになった最近噂になっている厄介者達であった。

 そんな二人が此度に狙いをつけたのは、ごく普通の商人の家だった。
 さほど有名でもなく、毎年平均的な量を稼いでいる、業界では中の下程度の金持ちの家で、二人にとっては十分な獲物であった。


「……兄弟、鍵がかかってるよ」
「慌てるな、何の為に今日まで俺が練習してきたと思ってんだ……どけ」


 片割れが扉を開けようとして、びくともしない扉に焦りの表情を見せる。
 反対にもう一人は冷静に、懐から取り出した二本の金属の棒を両手に持ち、扉の外に取り付けられた鍵穴に差し込む。

 二本を別々に動かし、がちゃがちゃと小さな金属音を響かせ、中の仕組みを無理矢理動かそうとする。


「だ、大丈夫か兄弟?」
「うるせぇ、黙れ! ……集中してんだ、静かにしろ」


 決して小さくない金属音がしばらく鳴り続け、不安になった片割れが不安げに尋ねると、もう一人は小さく怒鳴り返して鍵穴を睨みつける。
 そうそて奮闘を続け、やがて鍵穴の奥からがちゃんと確かな手応えを感じる。


「……それ、急げ! さっさと目ぼしい物を頂いてとんずらするぞ!」
「お、おぅ!」


 ぎぃ、と音を立てる扉を開き、二人は広い部屋に侵入する。
 足音を立てぬようゆっくりと、しかし住人に悟られないよう急ぎ足で、仕事部屋らしい椅子や机や本棚が置かれた部屋を見渡していく。


「……! お、おい、あれじゃねぇか?」
「! あぁ、あれだ! よくやった……!」


 そして、やがて盗人の片割れがあるものをーーー部屋の片隅の隠されるように置かれた、黒い金属の箱を見つける。
 それこそ金持ちがよく利用するという、大量の金を隠しておく為の金庫という道具である事を知っていた盗人達は、にやりと不敵にほくそ笑んでみせた。

 すぐさま金庫の元へ向かい、目前でしゃがみ込む。
 涎を垂らさん勢いで金庫を凝視し、取っ手部分に取り付けられた、鍵の代わりらしき金の装飾に手を伸ばす。


 経験を経た盗人の勘で開けてみせる、と気合を入れ、宝が入った箱を開こうとしたーーーその瞬間だった。


 バ リ バ リ バ リ バ リ ッ ! !


 突如、装飾に触れた盗人の一人の全身に衝撃と痛みが走り、視界に無数の火花が散る。
 何が起こったのかまるで理解できぬまま、盗人はどさっと床に頭から倒れ込み、動かなくなる。


「!? きょ、兄弟!? ち、ちくしょう……!」


 俯せになり、びくびくと痙攣を繰り返す相棒の姿に、驚愕した片割れが困惑しながら抱き起こそうとする。

 何が起こった、誰の仕業だ、どうすればいい、逃げなければ。
 混乱する頭脳の片隅で、ここにいてはいけないと本能的な思考が芽生え、それに突き動かされるまま相棒を抱えて立ち上がろうとし。


「ーーーはい、逃がさんよ」


 とん、と何か硬いものが額に当てられるのを感じ、盗人の片割れの思考が止まる。
 直後、先ほどもう一人に襲いかかった一撃よりも強烈な衝撃と痛みが襲いかかり、盗人は白眼を剥いてその場に硬直する。

 どだっ、と仰向けに倒れた男の側に小柄な人影が近づき、長く細い何かで盗人達の手足を縛り上げていく。


「……あんたのそれ、本当に理不尽すぎるわよね。触るだけで痺れてぶっ倒れるとか、どんだけ強力な【呪い】なのよ」
「こんなもん序の口だ。大した技じゃないから、その分安く提供してんだよ」
「これほどの力が序の口だなんて……やっぱり素晴らしいですね、神様」
「そういう賞賛はいらねぇっつっただろ……」
「……にぃ、ねむい」
「だから留守番してろっつっただろうが……」


 盗人達を縄で縛り上げる三人の娘が、盗人達に〝何か〟を施した男に三者三様の視線を送る。

 対する男は、三人の娘のどの言葉にも気怠げに溜息交じりに返し、ふわぁと大きな欠伸をこぼす。
 目に滲んだ涙を拭いながら、男・ラグナは白眼を剥いて気を失っている二人組の盗人を見下ろし、やれやれと肩を竦めて語りかける。


「悪いね、他の家だったら成功したかもしれないのに、俺が気に入ってる店に盗みに入っちまうなんて……まぁ、運がなかったと諦めな。俺を敵に回しちまったんだから」


 道場の視線とともに送られた言葉に、盗人達は沈黙したまま、何も反応を返す事はなかった。
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