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第338話 ウエストポーチ
しおりを挟む翌日、ハーブティーのおかげか頭はすっきりとしていた。
外からは雨音が聞こえている。
その雨音を聞きながら昨日のことを思い出す。
あれからすぐにハンスとは別れ眠りについた。
マックスさん、とても有能そうに見えたんだけどな…
辺境の人が地球人を欲しがっていることなんてわかっていたはずなのに、いざそうなると少し凹む。
でも、要らないって言われるよりは良いことだよね?
有能な人が欲しいなんてのは、どこの世界でも同じ。
問題は手に入れようとするその手段なんだ。
ハンスは動かないだろうって言ったし、心は自由で良いはず。
有用な人間であることを示せたと考えよう。
好きにさせる気なんてさらさらないけど、今まで以上に警戒は怠らないようにしよう。
部屋の外に出るとハンスとラルフが立っ…
えっ!?
「ハンス!おはよう!ラルフのあの顔どうしたの!?」
ラルフの顔は左頬が赤黒く腫れていた。
「おはようございます。あれは自業自得の怪我です。紫愛様がお気にかけると付け上がりますから何もないようにお振舞いください。」
付け上がるって……なんたる言い草。
でもハンスがそう言うってことは何かしら理由があるんだろう。
「ハンスがそう言うんなら構わないことにするよ。」
「ありがとうございます。本日は雨天ですから朝食は中で摂られては如何でしょうか?川端様から中で摂られるならばご一緒したいと言付かっております。」
「うん、そうする。」
ここでニルスがラルフと交代すべく部屋から出てきた。
「ニルスもラルフもおはよう!」
「「おはようございます。」」
コンコン
「あっくんおはよう!起きてる??」
ラルフにはあまり目を向けない。
だってラルフの頬は近くで見ると大丈夫?って思わず口から出ちゃいそうなくらい腫れてるんだよ!!
さっさとあっくんの部屋に逃げ込みたい!
扉はすぐに開き
「おはようしーちゃん。来てくれたってことは一緒に朝ご飯食べることにしたってこと?」
「そう!早く部屋入れて!」
と言いながらも片足は既に部屋へと1歩踏み込んでいる。
「う、うん。どうぞ?」
戸惑いながら後退りするあっくんに構わず部屋に押し入るように入り素早く扉を閉める。
「しーちゃん、何かあった?」
「ラルフが顔に怪我してるんだけど、ハンスに自業自得だから構わないでほしいって言われたの。でも見ると痛々しくて声かけちゃいそうだから逃げ込んできちゃった!」
「そんなに酷いの?」
「うん。顔って腫れやすいから仕方ないけどちょっと、いやだいぶ痛そう。」
「ハンスが構うなって言うくらいだから何か理由があるんだろうね。そのうち治るだろうから気にしないようにしよう。それより、しーちゃんにプレゼントがあるんだ。」
「プレゼント?もしかしてそれで一緒に朝ご飯をって言ったの?」
「そう。はい、これ。」
そう言って渡されたのはウエストポーチ。
縦10cm×横15cm×マチ幅4cm位の蓋付き。
しかも花柄。
「もうできたの!?ていうかこれ本当に竹で作ったの!?すっっっごい可愛いよ!?」
「気に入った?」
「うん!」
「つけてみてくれない?」
「うん!」
腰に取り付けて後ろ姿をあっくんに向ける。
「どう?」
「うん。似合ってる。サイズ感も丁度良いね!」
「どうやって作ったの!?これ花柄に見えるよ!?」
「これは華六つ目菊模様っていう編み方なんだ。六つ目編みの応用だよ。昨日紫に染めた竹ひごを華の模様が際立つように編むんだ。内袋の布も竹ひごと同じ色で染めてあるから余計に華の模様が目立つでしょ?」
「あっくんて多才過ぎない!?」
「ばーちゃん達って普通の籠は上手く編むんだけど意外なことに柄物って知らなくてさ、多分実用的じゃないから覚えないんだと思うけど、籠編みのお礼だったら籠編みで返したくて。」
「おばあちゃん達喜んでたでしょ?」
「うん。喜んでくれたよ。しーちゃんも喜んでくれたみたいだし、覚えてて良かった。」
一旦腰から外し、まじまじと見る。
本当に可愛い。
「私が想像してたのと全然違ったよ!昨日教えてもらったどれかの編み方で作るもんだとばっかり思ってたから!凄く時間かかったんじゃない?ちゃんと寝れた?」
「作り出したら夢中になっちゃってね。徹夜したわけじゃないから大丈夫。」
「ありがとう!嬉しい!大事に使うね!」
ポーチの蓋も同じ華模様。
しかも蓋には染めた布で縁取りがされてあり、蓋に隠れるようにしてボタンが付いていてちゃんと閉じられるようになっている。
芸が細かすぎる!
日本で販売していてもすぐに売り切れになりそうなほど完璧な作り。
「しーちゃんは可愛い物が好き?」
「考えたことなかったなぁ……自分の物って殆ど持ってなかったし。」
全てが実用性重視でお洒落には無頓着。
1年中デニムにTシャツ。
変わるのなんて袖が長いか短いかくらいなもので、いつも黒いリュックを背負っていた。
愛流が産まれて初めて可愛い物を!と探し始めたくらいだった。
「それを可愛いって喜ぶってことは好きなんだと思うよ?」
「そうなのかな?子供っぽくはなってない?」
「なってないよ。しーちゃんの雰囲気に合ってると思う。紫には見えないけど、やっぱり暗い色で作って正解だったね。」
「うん。品が良く見えるよね?」
手から離さず、じぃーっと眺めている私に
「もしかしてかなり気に入ってる?」
と、あっくんが嬉しそうに聞いてくる。
「うん!この出来は売り物でもおかしくないよ!使うのが勿体無いくらい!」
「あはは!使わないと意味ないよ?もし壊れてもまた作れるから気にせず使ってよ。」
「私、何もお返しができない…」
「昨日のそぼろ丼のお礼だと思って?」
「でもあれは1人で作ったわけじゃないし。」
「料理は食べるのも作るのも1人より2人でやった方が楽しくない?足りないと思うなら今日も何か作ってほしいな。勿論俺も手伝うよ?」
昨日の食事風景が頭に浮かび、「ふふっ」と笑いが零れる。
「しーちゃん?」
「ごめん!昨日のあっくんとニルスが競い合って食べるのを思い出しちゃって!」
「ニルスは少しも遠慮しなかったな…」
あっくんも思い出したんだろう。
諦めたように呟いた。
「じゃあ今日も夕飯作ろっか!」
「やった!!因みに何作るつもり?」
「昨日のスープが美味しかったでしょ?あれにうどんを足したら美味しくなるんじゃないかなって思ってたの。でも、バッグのお礼なのにあっくんに頑張ってもらうことになっちゃうよ?」
「うどん!!!俺頑張るよ!」
「うどん好き?」
「好きだよ!今から楽しみだ!」
「作るのに時間がかかるからちょっと早めに調理場行こう!」
「わかった。今日は何をするの?」
「それが問題なんだよね。雨の日に外に出るのは視界が悪いし…」
「そうだ!ポックリは作ってハンスに渡しておいたからね!」
「ありがとう!」
コンコン
「ハンスです。朝食をお運びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む!」
「失礼いたします。」
どうやらメイドには運ばせずハンスが運んでくれるようだ。
「ハンス、松葉杖の試作品てもう出来上がってる?」
「はい。朝食を終えましたらそちらの確認に向かいましょう。その後、昨日の指導を行っていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「もうメイド集まったの?」
「はい。シモーネにも同席の許可は得ておりますのでご安心ください。」
午前中のやることは決まってしまった。
「しーちゃん、何の話?」
「昨日蜂蜜の話から母乳の話になって、母乳が出にくい人のマッサージの指導を行うって話になったの。」
「指導を?しーちゃんが?」
「うん、そうだよ。」
「どうしてそんな方法まで知ってるの?」
しまった!!
妊婦は産婦人科に通いながら色んなこと教えてもらうけどそれはあくまで妊婦だったことがある場合。
「病気調べてた時に乳腺炎って症状があるのを知って、そこには対処は基本的に排乳するしかない。マッサージの方法もある。って書いてあったから気になって調べたことがあるの。」
「しーちゃんて本当に勉強熱心だよね。」
うまく誤魔化せたみたいだ!
危なかった!
「人によっては凄く痛くて辛いって書いてあったからね。マッサージで良くなるっていうんなら興味は出るよ。」
「しーちゃんならそうだろうね。俺はどうしようかなぁー。」
「川端様、紫愛様が指導に行っている間はニルスに付かせますので、川端様は私と共に竹林へ足を運びませんか?」
「竹林に?」
「はい。紫愛様から笹の葉でお茶が作れるかもとお聞きしましたので。」
「あ、そうだった!ニルスにしーちゃんを任せても平気か?」
「指導は奥まった場所で行われますし、シモーネ含め女子のみの参加となりますので心配は無用です。」
「わかった。松葉杖の試作品には俺もついて行って大丈夫か?」
「あっくんも?いいよ。一緒に行こう。」
あっくんなら松葉杖の問題点や改善点も指摘してくれるかもしれない。
そう思っていると
「申し訳ありませんが、そちらはもしや川端様がお作りになった物ですか?」
ハンスは私が膝の上に置いたウエストポーチが気になったようだ。
「そう!あっくんが作ってくれたの!可愛いでしょう?」
「拝見してもよろしいですか?」
「見るのは構わないが作り方は教えないぞ。それはしーちゃんのために作った物だし、しーちゃんと同じ柄を誰かが持つのは許せない。」
あっくんの発言にギョッとする。
許せないって……別に誰かと同じでもいいのに。
ハンスにウエストポーチを手渡すと軽く見回し
「非常に美しいですね。これは何でお作りになったのですか?」
「竹だ。」
「竹で!?」
竹で作られたと知るや、ハンスはポーチに顔を近付け舐めるように隅から隅まで眺める。
「ああ。昨日染めた布も使っている。」
「紫愛様のための物であれば誰も真似できはしませんね。それに川端様が手づから紫愛様にお作りになった物というのも重要です。毎日身に付けられると良いですね。」
そう言ってにこりと笑みを向けられる。
ハンスが言いたいことがわかった。
周りへの牽制のために使えってことだね?
「毎日付けます。」
その後朝食を終え、あっくんと松葉杖の試作品を見に行った。
慣れれば走ることもできるようになると言い、松葉杖を使って片足で走る姿を見せると周りからこれは使えそうだと声が上がる。
試作品は完成度が高く、あっくんが細かい点を少し指摘しただけですぐにゴーサインが出た。
指導はシモーネさん含め10人ものメイドが参加し、マッサージは健康な人でも痛みを感じることもあるというのに、皆やってみてほしいと希望が出たので全員に実践を交えながら教え、相次ぐ質問に答えまくり、気がつくとおやつの時間帯になっていた。
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