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第308話 ハンスの休日④ 娼婦達
しおりを挟むアンナさんの隣に並んで座った娼婦達は、顔が強張りど緊張している様子。
「初めまして。私は紫愛と言います。貴方達の話を聞きたくて来ました。アンナさんの許可はもらいましたが、皆さんの気が進まなければ無理に話を聞こうとは思っていません。失礼なことも聞いてしまうかもしれません。ですから、話したくなければ退室していただいて構いませんよ。」
話は聞きたい。
でも無理強いはしたくない。
アンナさんからは話が聞けたし、ハンスからは簡単に娼婦の話の説明は受けたことがある。もし聞けなかったとしても潔く引こう。
やがてアンナさんの隣に座った娼婦が口を開いた。
「エリーと申します。私は何を聞かれても構いません。全てお答えいたします。私の隣に居る者がギーゼラ。端に座る者がハイケです。私は主に貴族の相手をしておりますので言葉遣いはあまり失礼がないかと思いますが、ギーゼラとハイケは違います。2人が失礼な物言いをするかもしれないことをご容赦ください。」
エリーさんは左肘から下の欠損が見られる。
「此方が話を聞きたくて訪れているのですからどんな言葉遣いも気にしないとお約束します。私からの質問にも、答えられる範囲で構いません。緊張されているのであれば私も砕けた言葉遣いに改めますし、貴族の2人が気になると言うのであれば退室させます。ギーゼラさんとハイケさんはどうですか?」
「私は何も気にしないよ。何でも聞いとくれ。」
ギーゼラさんは右腕が根本から無い。
「ハイケさんはどうですか?」
「はっ!はいっ!私は……女将さんが、いて、くれるんなら…」
ハイケさんは右足が根本から、左足は膝下から、左手の指も1本少なかった。
ハイケさんは緊張が解けず青褪めたまま。
要望は聞いてあげたい。
「アンナさんはこのまま同席していただいても構いませんか?」
「お邪魔でないなら同席しますわ。」
「では、このままで話を進めます。話せるならばなるべく詳しく、できれば気持ちも含めて質問に答えてください。3人の身体の欠損は生まれつきですか?」
3人共に頷く。
「どうして娼婦という職を選びましたか?」
「私達が罪科者と呼ばれていることはご存知ですか?」
エリーさんが口を開いてくれた。
「はい。」
「では、どのように扱われるかもご存知ですよね?蔑みの対象です。実の親からも何故家に罪科者が産まれたんだと冷遇されます。冷遇だけならばまだマシですが、生活にギリギリな家では寮やスラムに捨てることもあります。私のように片腕が不自由なだけならばなんとか生きていけるかもしれませんが、それでもスラムに捨てられてしまえば……女子の身では無事ではいられません。」
悲痛な表情のまま、エリーさんの話は続く。
「学びは皆に平等の機会があるとされていますが、罪科者を外に出したがらない親が多く、実際にはほぼ無知な状態の者も少なくありません。その状態で成人を迎えた場合、選択できる職は娼婦か孕み腹しかありません。」
そして、アンナさんは俯きがちだった視線を私に合わせてから
「ですが、どちらも待遇は悪くありません。孕み腹を選んだ場合、娼婦のように問題があるような男子があてがわれることはまずありません。ですが産んで数ヶ月も経てばまた子を授かるために子からは引き離されます。また、妊娠には体調不良を伴い、出産には命の危険もあります。娼婦を選んだ場合、学べる機会も多くあり、それを仕事で活かすこともできます。何より、罪科者同士協力して生きていけます。自らの力で立てるのです。」
想像以上に酷い環境だった。
選択の余地なんてないじゃないか!
エリーさんは娼婦をしながら学んでここまで話せるということは、相当な努力をしたに違いない。
「ギーゼラさんとハイケさんもエリーさんと同じ意見でしょうか?」
「私はちょっと違うね。」
「ギーゼラ!もう少し言葉に「エリーは気にしすぎなんだよ!さっき言質まで取ったじゃないか。今更言葉遣い1つでごちゃごちゃ言われるとは思えないね。そんなに丁重に扱われたいってんなら私らなんかに話聞きに来るはずないだろ?」
少しも此方に臆す事がない、エリーさんとは全く違う話し方に態度。
「ギーゼラさんの仰る通りです。罵倒されるのも覚悟して此方に来てますから、どうかお気持ちのままにお話してほしいです。」
「ほらな?」
エリーさんは渋い顔をしながらもそれ以上ギーゼラさんに何か言うことはなかった。
「ギーゼラさん、先程の続きですが、エリーさんとどう違いますか?」
「私は親に捨てられた孤児だよ。赤ん坊の頃から寮で育てられた。寮の生活は悪くなかったし、学ぶこともできたよ。ここに来てから親元で暮らしてた娼婦の話聞いて、捨てられて良かったと思ったくらいだ。」
親に捨てられた事を良かったとあっけらかんと言い放つギーゼラさん。
「では、どうして娼婦を仕事に選びましたか?」
「そんなん決まってるよ。金がいいからだ。人気があるんならともかく、娼婦ってのは大体30くらいでお払い箱だ。それまでに金貯めとかないと私等みたいのはその後暮らしていけないだろ?孕み腹なんてごめんだったからね、娼婦1択ってのはエリーと同じだけど、私は娼婦は楽な仕事だと思ってるよ。なんせ股開くだけで必死に働いてるやつらより高級取りなんだ。屑みたいな客も多いけどね、少し話聞いてりゃその屑も理由があっての可哀想なやつらも多いんだよ。ま、屑は屑だけどね。」
娼婦が楽な仕事だなんて、なかなか言える台詞じゃない。包み隠さないその物言いも、本音だと感じられる。
ギーゼラさんは仕事と割り切ってるんだな。
「ハイケさんは何かありますか?」
「わわわたしは、エリーさんとおんっ、おんなじ、感じです。」
ハイケさんは俯いて吃りながらも精一杯話してくれている。
あまり突っ込んで聞くのはやめよう。
「わかりました。ギーゼラさんの話を聞いて少し疑問に思ったんですが、娼婦を辞めなければならなくなった後の暮らしはどうしていくんでしょうか?」
「私等みたいのが集まって暮らしてるとこがあるんだよ。みんなそこに行くさ。あとはまぁ、寮で働くやつもいるね。」
「寮では何をして働きますか?」
「そりゃ教師としてだよ。寮にいるのも程度によって部屋が別れてるからね。同じくらいの罪科者んとこ行って、自分が成人してからどうやって暮らしたか、その扱いはどうか、自分等はどんな風に見られてどんな風に扱われるか、経験者側から教えんだよ。前情報があるとないとじゃ大違いだろ?」
自分の置かれる立場や選択肢の提示は、ギーゼラさんの言う通りあればあるだけ助かる。
「寮では様々な職の方のお話が聞けるようになっているんでしょうか?」
「そうだよ。私は学びはからっきしだったけど金は欲しかったから娼婦になったけどね、計算が得意で商人のお抱えになるやつもいたね。娼婦が辛いっつって娼婦やりながら学んで他の職に就くやつもいるよ。」
努力が報われる道があるなんて凄いことだ!
「それは可能なのですか?」
「相当努力して他より抜きん出なきゃ雇ってなんてもらえないからね。でもそういうやつが居ないかってーと、居るんだなぁー。私みたいな馬鹿には無理な話だけどね。」
「ギーゼラさんは娼婦以外に就きたい職があるんですか?」
「ないない!未だに字すら読めないんだ!娼婦が性に合ってんだよ!」
字が読めない?
寮で育ってきたのに?
それって………………
「とても失礼なことをお聞きしますが、寮で学びに触れる機会はあったんですよね?本当に字が読めないのですか?」
「あーー、うん……そう…………ははっ!」
どう聞いても強がってるだけの空笑い。
「ギーゼラさんには字がどうやって見えていますか?」
「あんた何言ってんだ?私は自分で馬鹿だって言ってんだろ!?他人からどうこう言われる筋合いねーだろーが!!!」
馬鹿にされたと激高するギーゼラさんに負けじと両手の平を机にバンッと叩きつけながら立ち上がり身を乗り出す。
「馬鹿にしてません大事なことです!!!字は1文字ならば理解できますか?単語になると理解できなくなりますか?それとも流暢に読めないだけですか?字はボヤけて見えますか?ぐにゃぐにゃして見えますか?反転して見えていませんか?途切れたり点にしか見えなかったりしていませんか!?」
早口で捲し立てるように詰問する。
「なんっ!!……なんで……………」
それきりギーゼラさんは俯いて黙ってしまった。
シーンと静まり返る室内。
大丈夫、私はギーゼラさんが答えてくれるまでいつまでだって待てる!!
そう思っていると、ゆったりとしたアンナさんの声が優しく響いた。
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