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第282話 製薬所①
しおりを挟む広場からそれほど歩かず製薬所に到着した。
「こちらの建物内が製薬所になります。」
目の前には、割とこじんまりとしている建物。
「予想より小さいんだね。」
「ここだけではありません。他にも数カ所に離れて点在しております。ここはその1つにすぎません。紫愛様は匂いに敏感だということに間違いはございませんか?中はかなり匂いがキツいですが、大丈夫でしょうか?」
「あ!そっか!薬なんだからそうだよね?どんな匂いかによるかな?青臭いだけだったら大丈夫。」
「中は主に薬草の匂いになりますから、青臭い匂いです。ですが無理はなさらないでくださいね。」
「中で吐くようなことがないようにする。無理だったらすぐ出るね。」
薬を作ってる場所で吐くなんて愚行を犯すわけにはいかない。
「はい。では参りましょう。」
中に入ると、青臭い匂いが充満していた。
入り口付近には1人の中年男性。
「ようこそお越しくださいました。私はこの第一製薬所の責任者をしております、ベンジャミン ヌーバーと申します。見た通り、平民でございます。」
ベンジャミンさんの見た目は焦茶色の髪に濃い緑の瞳、そして白い肌。
責任ある立場を平民に任せる。
それは本当に身分に拘らず適材適所が行われている何よりの証拠だった。
「いきなり訪れたのに歓迎ありがとうございます。私は紫愛です。こちらの騎士は、ご存知かもしれませんがハンスと言います。薬に興味がありまして、話を伺いたくて来ました。」
「ご丁寧にありがとうございます。先触れは頂いておりましたのでご心配なく。それで、シア様は具体的に何がお知りになりたいのでしょうか?」
「薬を作る材料、その方法、効果、そして現在ある薬の種類です。」
「薬の材料と種類、その効果に関してはお答え可能です。しかしながら製薬の方法は秘匿とされておりますので御容赦ください。」
「それで構いませんよ。無理を通すつも「ベンジャミン、この御方には秘匿の必要は一切ない。包み隠さず説明せよ。」
私の言葉を遮り待ったをかけるハンス。
淡々と命令を下すハンスに身震いする。
それは1番怖いやつですよ!
騎士服を着たかなり肌の青い貴族にそんなふうに言われたらビビるでしょうが!
「いくらハンス様の仰ることでもこればかりは無理でございます。」
ベンジャミンさん顔色も変えずサラッと断ったよ!
その姿勢は格好良い!格好良いけど!
それは大丈夫なんですか!!??
ハンスはこれでも別の辺境の次期当主!
「ギトー家当主の許可証を持ってくれば問題ないな?」
「まぁ、それでしたら。」
「では今すぐ取りに向かう。紫愛様、此方は安全です。すぐ戻りますので少々お待ちください。」
「ちょっと待った!ハンス!許可証要らない!」
「何故です?製薬方法をお知りになりたいのでは?」
「知らなくても良い!本命は薬の種類だから!」
静かに火花を散らす2人をこれ以上見ていられなかった。
「本当によろしいのですか?行って戻るまですぐですよ?」
「元々全部は教えてもらえないだろうなって思ってたから、ダメ元で言ってみただけ。私の興味に当主の手を煩わせる気はないよ。それに、材料って薬草なんでしょ?材料だけ知れれば優汰が検討つくと思う。」
「影林様がですか?」
「そう。私が草汁って言ったお茶ってティーツリーって呼ばれてる薬草が材料なんでしょ?それを日本ではヨモギって呼んでて、ここと同じで薬草にも分類されてたと思う。優汰はティーツリーの特徴聞いただけでヨモギだって断定してたの。それってなかなかできることじゃないよ?」
「なんと……では、影林様のためにもより詳しい話を聞くべきではありませんか!」
「優汰は植物に詳しくはあるけど、製薬に興味はないよ。その植物っていうのも食べられる野菜の括りに入るものだし、成分よりも味を追求する人間なの。でも薬草ならギリギリ口にする物だから、イケるかなって。」
「では薬草も持ち帰りますか?」
「そうするつもり。それは当主の許可が必要でしょ?だから今は煩わせたくない!」
「畏まりました。」
やっと譲ってくれたよ!
ベンジャミンさんも困ってるじゃないか!
「お待たせしました!ベンジャミンさんの判断に従います。」
「……はい。では、此方にどうぞ。」
中へと促され、狭い応接室に通された。
「どうぞ、お座りください。」
私が椅子に座ると、ベンジャミンさんが箱から瓶を取り出し私の目の前に並べていく。
「薬の種類は多くはありません。こちらは傷に塗布する薬です。炎症を抑える効果があります。材料は主に四花と呼ばれる薬草になります。欠点としては、使用時に激痛を伴うことです。」
「ハンス、これって昨日私が使ったのと同じ薬?」
「はい、そうです。」
「使用されたのですか!?しかも昨日!?お怪我をされたのですか?怪我の具合はどうですか!?薬の使い心地はどうでしたか?」
急に興奮しだしたベンジャミン。
人が変わったようなその様子にドン引きする。
研究者ってみんなこんな感じだよね…
「はい。えっと、今は大丈夫です。使い心地は最悪でした。」
しまった!つい本音が!!
最悪なんて言って大丈夫だった!?
「ええ!ええ!そうでしょうとも!お怪我はどうです!?もし差し支えなければ怪我を拝見させていただいても!?」
身を乗り出して顔を近づけてくる。
近っ!グイグイ来るんですけど!!
怖い怖い!
「ベンジャミン、引き際を心得よ。」
「しかしですね!ここには使用者はほとんどいらっしゃらないのですよ!?普段からここを出ず研究に明け暮れている者からすれば直接の使用者の意見は逃せることない絶好の機会な「控えよ!」
私の後ろに立つハンスから怒声が飛ぶ。
ベンジャミンさんの身体もビクッと跳ねる。
はぁー。
話聞きに来たのに怒鳴ったら気まずくなるでしょ。剣抜いてないだけマシかぁ…
「ハンス、私は大丈夫。話を聞きに来たのは私達。ベンジャミンさんは怒鳴らなくてもわかってくれるよ。ですよね?ベンジャミンさん?」
「はっはい!申し訳ありません!薬を使用したと聞いてついっ!我を失ってしまいました!」
「ハンスは?」
「申し訳ありません。怪我を見せろとの要求で紫愛様が不快な思いをしてしまうと思い、大きな声を出してしまいました。」
「うん、おあいこってことで、どう?」
「「はい!」」
丸く収まって良かった!
「じゃあ、続きをお願いします。この傷に使う薬は、作ってからどれくらい効果がありますか?」
「はい??」
「え?聞き方が悪かったでしょうか?作ってからどれくらいの期間、効果を発揮しますか?効果が薄くなれば廃棄しているでしょう?」
「廃棄は、変色しなければしておりません。」
「え?それはどういう意味ですか?」
「常に作り続けております。作れる時に、つまり、魔物が現れないうちにできる限り作り貯めておくのが日常です。」
「ですが、魔物がきても怪我人が出ないことはありますよね?その時は薬が減らないじゃないですか。」
「その時は次回の分に回されます。」
「ですから、この薬の使用可能な期間を聞いています。」
「…………………………………不明です。」
ボソッと呟かれた。
「え?すみません、声が小さくて聞き取れませんでした。もう1度お願いします。」
「不明です!」
「はあ?」
呆れて物が言えない。
「この薬の作り方を教えてください。」
「それは秘匿ということで納得していただいたと思います。」
「ベンジャミンさん、あのですね、この薬にどの薬草をどれだけの量入れているのか、その配合までわからなければ作ることなど不可能なんですよ。ましてや今貴方は消費期限が不明だと言いました。では、命に関わる怪我をした者にショック死するほどの痛みのある薬を出しておきながら効果がないだなどと宣うおつもりですか?私が知りたいのは、この薬草を何分煮て、その中に別の薬草をどれだけの量、何度の状態で投入するか、そのような具体的な製薬方法ではありません。この薬が、火を通したりすることなく生の状態の薬草をすり潰した物なのかがどうかが知りたいのです。答えてください。」
「…………ほぼ、摘んできたままの状態の薬草を擦り潰して配合しています。」
最悪だ。
生のまま。
それは殺菌など一切されていないということ。
この国は気温も高い。
保管されている場所がいくら外よりは涼しかろうと、高が知れているだろう。
この瓶の中でどれだけの雑菌が増殖しているか不明。
瓶の煮沸消毒すらしているか不明。
下手したらこの薬が原因で地獄の苦しみを味わいながら死ぬかもしれない。
そして、気がついた。
私に使った薬はどれだけ前の物なのか…
私、死ぬの?
得体の知れない薬で??
「ハンス!!!!!」
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