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第279話 強く
しおりを挟むふと目が覚め、目を開け……開かない!
それで昨日のことが瞬時に思い出された。
泣くといつもこうだ。
パンパンに腫れているんだろう。
優汰にブスと言われたのも思い出してしまい、苦笑を漏らしながら親指と人差し指で瞼を無理矢理こじ開け、片手でサイドテーブルにあるタオルを適当に濡らし、しばらく冷やすことにした。
思いきり泣いて本音をぶちまけスッキリしたのか、昨日の失態の記憶をなぞりながら、最低で最悪なことをしてしまったと後悔する。
2人のことを思い出し、感情のままに荒ぶるそれはあっくんが1人で怒っていたのと何ら変わらない。
それに、地球のみんなを悪く言ってしまった。
どれほど帰りたいと思っているか、どれほどのモノを抱えているのか、みんなの心の内なんて私にはわかりようもないのに、勝手にみんなの気持ちを決めつけ悪者に仕立て一方的に責めるという愚かな行為を、ただの焦りと不安からしてしまった。
みんなが努力してることだって知ってたはずなのに……応援する気持ちだって嘘じゃなかったのに…
救いはあっくんがそれを止め、否定してくれたこと。
軽蔑され、2度と話してくれなくてもおかしくなかった。
こんなことはもう絶対に繰り返してはいけない。
何よりも誰よりも私が“帰れる”と願い信じなければいけないんだ。
でも、また気持ちが揺らいでしまいそうで怖かった。
強くなりたい。
心からそう思った。
ハンスにも謝らなければ。
冷静になった今、男女をわけるなんて簡単な提案を辺境の人達が今まで思いつかなかったはずがないと気がついた。
私がそれを口にしたから、ハンスはそれを実現する具体案まで思いついたのかと聞いたにすぎない。
それを理詰めで責められたと解釈して、更に不安定になってしまった。
ハンスは信じてくれているんだ。
私が具体案を持ってくる、と。
カイ君とジン君。
スラムでたまたま出会った2人だけど、兄弟を外に出すため、家族を見捨てられず世話するためにスラムに残って苦しんでる人は大勢いるだろう。
2人は氷山の一角にすぎない。
ハンスの話ではお金を積んでも世話人が見つからないと言っていた。
世話をする人が見つかればいいんだ。
それを仕事として考えてもらえれば施設のように設備を整えられる。
世話する場所が綺麗になれば拒否感も減る。
世話の仕方もマニュアルを作ればなんとかなりそう。
男女をわけて設備を整えるための莫大な費用は、結局のところ一時的なもの。
1度整えてしまえば何十年も使える。
そこは何年も先の前借りと考えてもらうしかないけど…
場所の問題は、今あるスラムを撤去して新たに建設するしかない。
それにはスラムの中の人をどこかに預かってもらうしかない。
問題はやっぱり人手だ。
人手がないから家族に我慢を強いるしか道がない。
でも、誰もやりたがらない…
堂々巡り。
だからハンスは打つ手が無いと言ってたんだ。
たらればの話なんて意味がない。
もうここまでスラムは拡がってしまったんだから。
ただ、苦しんでいる子供がいるということを知ってしまった。
親を殺したいと思うほど憎むのも、兄弟のために中に残るのを選ぶのも、痛いほどわかる。
兄弟が人質のようなものだ。
生き方を選べず、スラムに雁字搦めにされ続ける人生。
そんな地獄しか見えない道を歩ませたくない。
今はまだどうすればいいかわからないけど、必ず方法はあるはずだ。
地球人からしか見えない視点が。
そろそろ腫れが引いたかな…
目の上の温くなったタオルを取り去り目を開ける。
うん、視界は開けた。
ハンスは外に居るよね?
そう思い、扉を開ける。
やっぱりハンスは扉の横に立っていた。
あっくんの部屋の前にはニルスが居る。
けど、ニルスは私を視界に入れた瞬間壁の方へと体を反転させた。
ニルス、何してんの??
「おはよう。昨日は取り乱してごめんね。」
「おはようございます。私こそ、お守りできず申し訳ありませんでした。」
「自分でやったことだからハンスが責任感じる必要ないよ。」
「昨夜治療を受けたとのことですが、足の具合はいか、が…」
ハンスは私の下半身に目をやると、急に言葉を切りグルリと身体ごと反対を向いてしまった。
ハンスも?
それ今流行ってんの??
「どしたの?」
「紫愛様、その……お着替えをお願いします。」
「へ?」
着替え?
何で今?
自分の足を見る。
足に巻かれた包帯が目に入る。
巻かれた時の綺麗なまま。
別に解けてもないけど?
…………あっ!!!
ズボン履かずパンイチで寝てたんだった!
「ごっめん!忘れてた!」
慌てて扉を閉めズボンを引っ張り出して履く。
なによ私痴女みたいじゃん!
だからニルスも壁向いたんだよ!!!
そーっと扉を開け
「見たくもないモノ見せちゃってごめんね。」
「いえ……着替えは終わりましたか?」
「終わった終わった!」
そうしてやっと私の方に向き直ってくれた。
「足の具合はどうでしょうか?かなり傷が深かったと川端様が仰っていたので…」
「大丈夫。それより、ソファの肘置き壊しちゃったんだけど直せるかなぁ?」
「直せるかとは思いますが、どうされたのですか?」
「あー、薬塗る時に耐えようとして力込めすぎちゃってさ……バキッと……あはは!……態とじゃないよ?」
「問題ございません。よくお耐えになりましたね。」
「ほんとだよ!あんなに痛いの初めてでビックリした!あっくんは殴っていいとか言ってくるしさぁ!死ぬ気で耐えたんだから!……でも、本当に大変だったのはあっくんだと思うから。」
「そうでしょうね。」
「あっくんが抑え込んでくれなかったら我慢できなかったよ。あ、そうだ!昨日のスラムのことなんだけど、今はまだ解決の手立てが思いつかないから少し時間がほしいの。じっくり考えてみたい。」
「いくらでもお待ちしますから、そこはお気になさらず。川端様が紫愛様が目覚めたらお呼びするようにとのことでした。川端様を呼んできても宜しいですか?」
「私が行くよ。」
「ですが、足は「歩くくらいできる。」
「承知しました。参りましょう。」
参るって言ったって部屋は目の前だけどね。
コンコン
「あっくんおはよー!」
「しーちゃん!?」
慌てて中から扉が開く。
「俺が行くって聞かなかった?」
「聞いたけど歩けるから来た。」
「足は平気?」
「うん。痛くない。昨日は色々ありがとう。」
「いいんだ。さ、中に入って。ハンスもだ。」
ハンスの名を呼ぶ時のあっくんの声が低い。
これは怒った後?
それとも今から怒るつもり?
怪我にハンスは関係ないって言ったんだけどなぁ…
3人で座るとあっくんが話し始めた。
「昨日ハンスと話したんだ。それで、俺はハンスにしーちゃんの護衛を外れてほしいと思ってる。」
「え、なんで?」
「しーちゃんを守れなかったから。そんな護衛は護衛とは言わない。」
「昨日言ったよね。ハンスのせいじゃないって。忘れたの?傷も見たでしょ?自分でやったんだってば!」
「俺は許せない。そんな負担がかかることもしーちゃんにやらせたくない。」
「あっくんには本当に感謝してる。心配してくれてるのもわかる。でもそれとこれとは話が別。私はハンスにお願いして1人で動いたの。ハンスだって初めは反対したよ?それを押し切ったのは私。ハンスに外れてもらうつもりはない。」
「しーちゃん!」
「仮にハンスに外れてもらったら私の護衛はどうなるの?」
「俺と一緒に動けばいいでしょ!?」
「……別行動するって言ったのも忘れたの?」
「俺ならそばにいられる!しーちゃんを守れる!!!」
「またそれなの?」
膝の上で拳を握りしめる。
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どうして“一緒に”なの!?
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私を見る目を変えるつもりはないんだね。
私は弱いままでいたくはない。
望みが薄くても強く在りたいんだ。
私は立ち上がり宣言する。
「ハンスは外さない。別行動も変えない。あっくんは自分にできることをして。私もそうする。」
「しーちゃん!」
「何を言われても譲らない。知りたいことが沢山あるの。あっくんもそうでしょ?お互い頑張ろうね。」
そう言って引き止めるあっくんを置き去りにしてハンスと部屋を出た。
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