水と言霊と

みぃうめ

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第268話    外スラム①

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「シアさんが知りたいことに答えよう。まず、俺達がここに住んでいるのは待遇が良いからだ。一般的には社会の中の不適合者の集まりとされているが、俺達から言わせれば単に中での暮らしが合わなかっただけのことだ。シアさんは中にあるスラムのこと、どれだけ知ってる?」
「スベンさんからお話を聞いた後に足を運ぼうと思っています。」
「ハンスさんと2人でか!?」
「はい。」
「やめとけやめとけ。あそこは女子が行っていい場所じゃない。」
「それは私が決めます。詳しく説明したいところではありますが、話が逸れそうなので一旦置いておきましょう。」

 スラムと言うくらいなんだから、女性が安易に立ち寄る場所でないことくらいは承知の上。

「そうだな、では、現時点ではスラムのことは何も知らないってことだな?」
「劣悪な環境とだけ聞き及んでいます。」
「その情報は正しい。あそこは最悪だ。まともな人間は正気ではいられない。」
「それほどですか?」
「ああ。塀の中に住むには税金が色々かかる。だが、スラムの住民には税の徴収はない。当たり前だ。仕事をする能力を持たない人間がほとんどなんだからな。にも関わらず、安全な塀の中で暮らし、何もしないのに食糧や僅かだが金も辺境から援助される。俺達に中で暮らせと言うことはスラムで暮らせと言っているも同じだ。それがどういうことかわかるか?」

 ここで答えを間違える訳にはいかない。
 外の人達は死をも覚悟で外で暮らしているのだから。

「……大袈裟かもしれませんが、生きながらにして死ねと言うのと変わりない。私はそう思います。」

 スベンさんは力強く頷いた。

「その通りだ。スラムの人間が全員そうだとは言わない。スラムから脱却しようともがいている者が居るのも事実だ。だが、スラムの暮らしに甘んじている奴等もいる。そういう奴等は掃き溜めに集る蠅のようなもんだ。目的も無くやることも無く、ただ生かされるだけのそれは俺達にとっては何より避けたい生活だ。そんな死んだ方がマシだと思う生活をするくらいなら辺境の役に立って死ねる囮くらい喜んでやるさ。」

 死んだ方がマシ……その言葉に、私が選択した大袈裟かもしれないという言葉は、大袈裟でもなんでもなかったんだと痛感する。

「それにな、ここに住んでる人間は皆ここに住むことを望んで住んでる。むしろ、俺達が辺境にできる唯一の恩返しみたいなもんだ。命の危険は確かにあるが、それによって自分自身が己の価値を認めてやれるし、それが生きる理由になり誇りにもなる。当主様自ら声を掛けてくれることもある。」
「選んでここに住んでいると言いましたね?ここに住む人達には選択肢があり、それは自由に選べるんですか?」
「勿論だ。色んな人間がいるからな。中に住みたいと願う者も当然いる。そしてその願いは当主様が叶えてくださる。中に住みたい者はここで暮らしながら金を貯める。新たな生活の門出をスラムで切りたいやつなんかいないからな。だが、折角中で暮らすようになっても馴染めない者が殆どだ。9割以上出戻ってくる。」

 それじゃあほぼ戻るも同然だ。

「もう1度ここで暮らしたいというのも聞いてもらえるんですか?」
「ああ。外で暮らす人間は増えた方が辺境には利になるしな。」
「それは、囮として。という意味ですか?」
「そうだ。魔物は人間が固まっている所に寄ってくる。近くに居る1人よりも、少し遠くても10人居る場所へと向かうんだ。」
「そうなんですか!?」

 何よその新事実は!?

「初めて聞いたか?」
「はい。知りませんでした。人間には手当たり次第に向かってくるとばかり…」
「俺には魔物が、より人間に被害が出るように動いているように見える。」
「では、本当にここに住むことが囮となるんですね?それにしては年に数人しか被害が出ないと聞きましたが?」
「多過ぎるか?それとも少ないと思うか?」
「外で暮らしていてその人数はかなり少ないと思いました。大勢の方へと向かうということを知りませんでしたので尚の事です。」
「ここは囮だが、当主様は俺達をとても大切にしてくれているんだ。極力被害が出ないよう常に警戒してくれている。ここは俺達にとっても中に住む大勢にとっても砦なんだ。失うわけにはいかないだろうよ。」

 それは囮が囮として正しく機能しているということ。犠牲の上に成り立つ構図。
 命懸けの囮なくして、この形は成り立たないのだろうか。

「ここがなくなれば……辺境を守りきれないと思いますか?」
「思うな。」

 外の暮らしに異議を唱えるような私の失礼な質問に即答したスベンさん。

「こんなに広い塀のどこから魔物が来るかわからなくて、本当に守り抜けると思うか?じゃあ外に人間が住まなくなったらどう守る?塀の上に騎士団員を等間隔にでも配置するか?騎士だってそんなに沢山いねぇのに、そりゃただの兵力の分散にしかならねぇだろ?俺達が魔物を引き付け、辺境の騎士達がそれを即座に倒す。この連携が最善だとの当主様の考えに俺達も賛同している。」
「皆さんは当主の考えのもとに動いているんですね?」
「ああ。当主様も魔物戦に参加することもある。」
「当主自らですか!?」
「たまにだがな。当主様は忙しい。戦う気概を見せてくれるだけで俺達も騎士団の士気も段違いに上がる。それを当主様もわかっているからな。」

 それを聞き、振り返りざまハンスに質問を投げる。

「ハンス!当主の実力は!?」
「恐らく、ギトー家当主は私と同程度でしょう。」
「危険はないの!?当主が魔物に倒されたりなんてしたら逆効果でしょ!?」
「それほど心配はございません。辺境の騎士団員が当主を守りながら戦います。」
「それでも周りから信頼されてる当主を失う危険性は計り知れないんじゃない?当主がそこまでしなきゃいけないほど士気低いの?」
「紫愛様、在り方の問題です。」
「……わかった。どこの当主もお手本になるように行動してるってことね?」
「はい。そして、当主に成り代われる優秀な人材もまたおりますから。」

 優秀だとしても人心の掌握ができるとは限らないだろうに…
 だけど、その形で今まで成り立っているのにここで完全否定するのは違う。
 そういうもんだと思おう。

 再びスベンさんに向き合う。

「スベンさん達のお給料面はどうなんです?」
「平民の下の方のやつらと変わらねぇな。だが税金は免除、ある程度の食糧の配給、備品も足りない物は申告し、取捨選択はされども大抵要望は通る。それに加えて外で採れる物の高額買取。優遇され過ぎってほど待遇は良いと俺は思ってる。外で暮らしてたら金なんてほとんど必要ねぇしな。」
「好きな時に中に入れますか?」
「入れるさ。ここに人が居なくならねぇように少人数しか行かせねぇけどな。」
「外の皆さんは誇りを胸に、それもかなり良い環境で過ごせているのだとわかりました。では、中の人はそれを知っているんでしょうか?知れば外で暮らしたがりませんか?」

 良い暮らしがしたいのは誰もがそうだ。

「税金の免除と給料くらいは知ってると思うがなぁ……命の対価としては安過ぎると思うんだろう。それに、中の奴等は外で暮らしてる俺達を破落戸ならずものと馬鹿にしてるからな。逆もまた然りだ。」
「外の良い暮らしを知らないからですか?皆さん誇り高く生きていらっしゃるのに。」
「そりゃー理由なんて1つしかないだろ?多少の贅沢のために命賭けるなんてアホらしいと思ってんだよ。俺達ができるのは命を賭けるくらいしかない愚か者だとな。」
「そのアホらしく愚かと思っている人達に守られて暮らしているのに??」

 思わず首を傾げてしまう。

「あっはははははは!!!本当にシアさんは穿うがった見方をするお人だ。変わらないでいてほしいと思うよ。だがな、残念ながら人間は綺麗じゃないんだ。優劣をつけ、自分の方が優っていると思いたいのが大多数の人間なんだ。外の暮らしをある程度知っていても、自分達の方が優れていると思うことで苦しい暮らしを誤魔化して暮らしてる。と、俺は思ってる。」
「あ~~スベンさんの言ってること私もわかります。比べて否定したがるのが人ですよね…」

 大学生の時は他人の陰口に批判に否定に、凄かったもんなぁ。
 その時は何が楽しいのかと思ってたけど、他人の価値を下げて自分の価値を上げようとする最も安易で愚かな行動。

「そういうこった。俺達は命の対価の代わりに裕福な暮らしを、中の奴らは安全の代わりに窮屈で苦しい暮らしを選んだだけなのにな。」
「中に入った人が出戻ってくるのは何故でしょう?」
「そりゃー単純だ。生活水準が著しく低下して耐えられるか?外からの人間だともバレるしな。加えて仕事をしないと金が手に入らん。外では囮こそが仕事だが、暇してるわけにもいかねぇだろ?それぞれやれること、やれそうなことを自由に探しながら支え合うのが2つ目の仕事みたいなもんだからな。中で自分に合う職が見つからなければスラム行きだ。劣悪なスラムで暮らすくらいなら外に戻ってくるだろ?」
「恵まれた環境からの脱却は容易ではないですからね。」
 












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