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第254話 side亜門 怒りと恐怖
しおりを挟むしーちゃんが俺を置いて先に部屋へと戻ってしまった。
ニルスに声を掛けられ慌てて追いかけた。
何で俺を呼ばずに戻ったんだ!?
漸く追いついたのは伯爵邸で与えられた部屋の前。
しーちゃんと2人で部屋へ入り、お互い椅子に座るなりさっきのことを聞かれる。
「何であんなに怒ってたの?最初に子供達に話を聞いたのは何で?」
「しーちゃんは外にスラムがあることが許せるの?俺は許せない。どうして危険を承知で住まわせてるんだ?どうして誰も守ろうとしない?どうして許容してるんだ?実際子供達が走って逃げてきた。後から子供達を追いかけて逃げてきた人達も沢山いた。それなら最初から中に住まわせてやりゃーいいと思わない?」
「何か理由があって外で暮らしてるのかもしれないよ?」
「人の命より大切な物って何?」
「それはまだちゃんと話を聞いてないからわからないけど、あれだけ平民街が大きかったんだから食料が足りなくて外で作ってるのかもしれないよ?」
「だったら塀をもっと外側に作ればいいだけだよね?」
「あんなに大きな塀を作るなんて簡単じゃないよ?」
「でもやるべきだろう?」
「待ってよ!スラムの人達、痩せたりもしてなかったし、着てる服だって綺麗だったよ。あっくんも見たでしょ?」
「見たけど、それが何だって言うの?」
「外に住んでて困ってるならその日暮らしになって痩せ細っててもおかしくないのにそれはなかった。だったら他に理由があるんじゃないの?」
「命を賭けて外に暮らす理由なんて何もないでしょ?畑が足りないなら外に暮らしてる人数だけで作ってたって中の暮らしを賄えるほどの量なんて作れるわけがない!」
「だからそれはまだちゃんと話を聞いてないからわからないでしょ?」
「しーちゃんは外で暮らしてたら危険だって思わないの!?思うでしょ!?」
「思うけど理由があるかもって考えないの?」
「俺はそれを許可してる奴の気が知れない!」
「さっきあっくんと話してた人が“中なんて”って言ってたよ?中に住みたくない理由だってあるかもしれないよ?」
「でも中に住めば命の危険はないでしょ!?女子供老人なんて特に守ってやらないと駄目だ!」
しーちゃんはずっと冷静だけど、どうして冷静でいられるのかわからない!
どうして俺の怒りが伝わらないんだ!?
どうしてわかってくれないんだ!
「じゃあどうしたらいいと思うの!?」
ここにきて初めてしーちゃんの声が大きくなる。
「外の奴らは中に入れるべきだ!それにこんな塀ギリギリまで人が住んでることだっておかしいだろ?何かあったら1番に餌になるだけだ!弱い人達は守らなきゃいけない!」
「……守るってどうやって?」
「だから中に入れるべきだ!」
「中に入れて生活できるの?ずっと外で暮らしてきたのに?」
「それはここの奴らが考えることでしょ!?」
「それについての改善策はないの?」
「意見を出せって言われたんだから意見をしてるだけだ!」
「何も知らないでそれを言うのは意見じゃなくてただの批判だよ。」
「何でそんなこと言うの!?」
「じゃあ怒りを出すことが良いことだったと思うの?何て言われてここに来たか忘れたの?」
「あ………」
しーちゃんに指摘されて、香織さんに言われたことを思い出した。
感情を出してどこまでが許容範囲か晒すなと言われたんだった…
でも到底許せることじゃない!
弱い人達は守らなければいけないだろう!?
犠牲になるとわかっててそれでも尚外に住まわせるなんて餌になれってことだろ!?
しーちゃんだってそう思ってるはずだ!
「それでも!弱い人達は守らないと!」
俺のその言葉を聞いたしーちゃんは無言で椅子から立ち上がり、扉に向かって歩き出してしまった。
「しーちゃん!どこいくの!?」
慌てて俺も立ち上がり追いかけようとして、扉の前で振り向いたしーちゃんの顔を見て血の気が引いた。
一切の表情がない無のそれは、見るのが3度目。
それが、俺に向けられている。
「貴方の言うことはわからないでもない。
でも、1番最初に子供達に声を掛けたのは自分の望んでる答えを引き出すための誘導尋問だよ。」
声にすら感情がない。
その言葉を残し、しーちゃんは部屋から出て行ってしまった。
俺は少しも動けなかった。
何より、俺のことを“貴方”と呼んだ。
それは明確な拒絶だ。
何を間違えた?
しーちゃんのあの表情に声…
俺は明らかに失望されたんだ。
頭の中でいつまでもグルグルと“貴方”という言葉が渦巻く。
こんなにもショックを受けたのは今までの人生で初めてだった。
何故?
俺の怒りは間違ってない。
これだけ魔法至上主義なら魔法使える強い奴らで平民を守っていかないと駄目だろ!
平民達だって不満に思ってるはずだ!
抑圧されて言えないなら俺が言ってやる!
現状を突き付けてやる!
俺は守るべき人達が守られていない現状を突き付けただけだ。
意見があるならそれを明確にしろって言うから意見してるだけだ。
しーちゃんだってこの現状には不満があるはずだろ?
いつだってしーちゃんは俺の言うことをわかってくれた。
今回だってわかってくれるはずだった!
何に失望された?
まさか、しーちゃんに対して怒っていると勘違いさせてしまったのか?
いいや、それはない。
俺はきちんとここの奴らが許せないと言ったんだから。
じゃあ、何故?
貴方と呼ばれた理由がわからない。
これならしーちゃんから怒りをぶつけられた方が何倍もマシだ!
早く謝りに行かないと…
でも、少しも身体が動いてくれない。
もし謝りに行って、またあの感情が無い顔で見られたら?
また貴方と呼ばれたら?
恐ろしかった
しーちゃんを失うことなど考えられない。
今の俺の全てがしーちゃんに向いている自覚があるからこそ、しーちゃんを失ってしまったら立ち直れる気がしなかった。
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