水と言霊と

みぃうめ

文字の大きさ
上 下
254 / 345

第254話    side亜門 怒りと恐怖

しおりを挟む



 しーちゃんが俺を置いて先に部屋へと戻ってしまった。
 ニルスに声を掛けられ慌てて追いかけた。

 何で俺を呼ばずに戻ったんだ!?



 漸く追いついたのは伯爵邸で与えられた部屋の前。
 しーちゃんと2人で部屋へ入り、お互い椅子に座るなりさっきのことを聞かれる。

「何であんなに怒ってたの?最初に子供達に話を聞いたのは何で?」
「しーちゃんは外にスラムがあることが許せるの?俺は許せない。どうして危険を承知で住まわせてるんだ?どうして誰も守ろうとしない?どうして許容してるんだ?実際子供達が走って逃げてきた。後から子供達を追いかけて逃げてきた人達も沢山いた。それなら最初から中に住まわせてやりゃーいいと思わない?」
「何か理由があって外で暮らしてるのかもしれないよ?」
「人の命より大切な物って何?」
「それはまだちゃんと話を聞いてないからわからないけど、あれだけ平民街が大きかったんだから食料が足りなくて外で作ってるのかもしれないよ?」
「だったら塀をもっと外側に作ればいいだけだよね?」
「あんなに大きな塀を作るなんて簡単じゃないよ?」
「でもやるべきだろう?」
「待ってよ!スラムの人達、痩せたりもしてなかったし、着てる服だって綺麗だったよ。あっくんも見たでしょ?」
「見たけど、それが何だって言うの?」
「外に住んでて困ってるならその日暮らしになって痩せ細っててもおかしくないのにそれはなかった。だったら他に理由があるんじゃないの?」
「命を賭けて外に暮らす理由なんて何もないでしょ?畑が足りないなら外に暮らしてる人数だけで作ってたって中の暮らしを賄えるほどの量なんて作れるわけがない!」
「だからそれはまだちゃんと話を聞いてないからわからないでしょ?」
「しーちゃんは外で暮らしてたら危険だって思わないの!?思うでしょ!?」
「思うけど理由があるかもって考えないの?」
「俺はそれを許可してる奴の気が知れない!」
「さっきあっくんと話してた人が“中なんて”って言ってたよ?中に住みたくない理由だってあるかもしれないよ?」
「でも中に住めば命の危険はないでしょ!?女子供老人なんて特に守ってやらないと駄目だ!」


 しーちゃんはずっと冷静だけど、どうして冷静でいられるのかわからない!
 どうして俺の怒りが伝わらないんだ!?
 どうしてわかってくれないんだ!


「じゃあどうしたらいいと思うの!?」

 ここにきて初めてしーちゃんの声が大きくなる。

「外の奴らは中に入れるべきだ!それにこんな塀ギリギリまで人が住んでることだっておかしいだろ?何かあったら1番に餌になるだけだ!弱い人達は守らなきゃいけない!」
「……守るってどうやって?」
「だから中に入れるべきだ!」
「中に入れて生活できるの?ずっと外で暮らしてきたのに?」
「それはここの奴らが考えることでしょ!?」
「それについての改善策はないの?」
「意見を出せって言われたんだから意見をしてるだけだ!」
「何も知らないでそれを言うのは意見じゃなくてただの批判だよ。」
「何でそんなこと言うの!?」
「じゃあ怒りを出すことが良いことだったと思うの?何て言われてここに来たか忘れたの?」
「あ………」

 しーちゃんに指摘されて、香織さんに言われたことを思い出した。
 感情を出してどこまでが許容範囲か晒すなと言われたんだった…
 でも到底許せることじゃない!
 弱い人達は守らなければいけないだろう!?
 犠牲になるとわかっててそれでも尚外に住まわせるなんて餌になれってことだろ!?
 しーちゃんだってそう思ってるはずだ!

「それでも!弱い人達は守らないと!」

 俺のその言葉を聞いたしーちゃんは無言で椅子から立ち上がり、扉に向かって歩き出してしまった。

「しーちゃん!どこいくの!?」

 慌てて俺も立ち上がり追いかけようとして、扉の前で振り向いたしーちゃんの顔を見て血の気が引いた。
 一切の表情がない無のそれは、見るのが3度目。
 それが、俺に向けられている。

「貴方の言うことはわからないでもない。
でも、1番最初に子供達に声を掛けたのは自分の望んでる答えを引き出すための誘導尋問だよ。」

 声にすら感情がない。
 その言葉を残し、しーちゃんは部屋から出て行ってしまった。

 俺は少しも動けなかった。
 何より、俺のことを“貴方”と呼んだ。
 それは明確な拒絶だ。


 何を間違えた?
 しーちゃんのあの表情に声…
 俺は明らかに失望されたんだ。


 頭の中でいつまでもグルグルと“貴方”という言葉が渦巻く。
 こんなにもショックを受けたのは今までの人生で初めてだった。



 何故?
 俺の怒りは間違ってない。
 これだけ魔法至上主義なら魔法使える強い奴らで平民を守っていかないと駄目だろ!
 平民達だって不満に思ってるはずだ!
 抑圧されて言えないなら俺が言ってやる!
 現状を突き付けてやる!
 俺は守るべき人達が守られていない現状を突き付けただけだ。
 意見があるならそれを明確にしろって言うから意見してるだけだ。
 しーちゃんだってこの現状には不満があるはずだろ?
 いつだってしーちゃんは俺の言うことをわかってくれた。
 今回だってわかってくれるはずだった!
 何に失望された?

 まさか、しーちゃんに対して怒っていると勘違いさせてしまったのか?
 いいや、それはない。
 俺はきちんとここの奴らが許せないと言ったんだから。

 じゃあ、何故?
 貴方と呼ばれた理由がわからない。
 これならしーちゃんから怒りをぶつけられた方が何倍もマシだ!
 早く謝りに行かないと…
 でも、少しも身体が動いてくれない。

 もし謝りに行って、またあの感情が無い顔で見られたら?
 また貴方と呼ばれたら?



 恐ろしかった



 しーちゃんを失うことなど考えられない。
 今の俺の全てがしーちゃんに向いている自覚があるからこそ、しーちゃんを失ってしまったら立ち直れる気がしなかった。













しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。誤字もお知らせくださりありがとうございます。修正します。ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

処理中です...