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第242話 ポツンと貴族①
しおりを挟む畑の中に出現したポツンと貴族家。
大通り沿いではあるけど、道を挟んで反対側の畑にはここよりも更に広い敷地に高床で建物がギッチリと建っている。周りは畑のみ。
不自然極まりない。
「ハンス、なんでこの家だけこんなに隔絶されてるの?それにあの反対側に建ってるのは何?」
「商人の税を扱っている貴族と物が違うのみで基本的には同じです。管理しているのが平民の納税分の野菜なのです。取り扱うのが金銭ではないため、畑から離れては量の確認もできません。普段は一旦ここに納税分の野菜を集め、量や種類の確認をした後、中央へと運び込むのです。反対側の建物は、備蓄可能な種籾などの保管場所になっております。」
まるっきり弥生時代の高床倉庫だ。
「でもこっちの建物には人が住んでるんだよね?ここに住んでる貴族の人達があまりに不便すぎない?」
「その心配は無用です。大通りに面していますからそこまでの移動の苦はありません。中央から帰ってくる荷車で必要な物は届けられますし、何より、ここでの仕事はかなり収入面も良いです。」
「収入が良いってことは大変な仕事だってことだよね?みんな嫌がるってこと?」
「そうですね。中央からは離れていますし、社交というものは殆ど不可能ですのでご婦人方には不人気ではあります。ですが、3年という短い任期ですし。そもそも貴族は政略結婚ですし。」
「そっか、選択肢ないんだったね。」
「はい。では、今晩泊まる部屋へ御案内いたします。」
「よろしくね。」
私達は極力護衛以外の人間との接触がされないように配慮されている。
邸宅を提供している貴族家にすら挨拶しなくても済むようにしてくれていた。
嫌な視線を向け続けてきた騎士団員達。
初めての壁の外。
長時間の移動。
魔物との戦闘。
懸念事項が多過ぎた。
そこで、ハンスからは城から出発する時に
「騎士団員達に、辺境に行くのが遅れた分魔物から押されている。危険度がいつもとは比べ物にならない。気を抜いたら死ぬぞと伝えてあります。かなり脅しましたので、少しは牽制になると思います。」
と伝えられていた。
ハンスの言葉通り、覚悟していた嫌な視線が城にいる時に比べ激減していた。
今回の辺境への遠征で死ぬかもしれないとなれば、例え私達に何かしたとしても自分に返ってくる利益はない。
死んだら元も子も無いんだから。
自分の命が何より大切だからこそ、自分の身を守る事で精一杯で、私達に構っている余裕が無いんだろう。
ハンスの私達への今までの態度と必死さを見ていれば、辺境の人達が何かしてくるとも思えない。
それだけでもかなり快適な移動になるはずだった。
ラルフとニルスが前を歩き、あっくんと私の後ろにはハンス。
ラルフを先頭に屋敷の中へと案内される。
屋敷へと一歩踏み入れた途端、あの激臭香油の臭いが充満していることに顔が歪む。
目の前にはズラリと並んだ、肌色からしても服装からしても平民とは思えない着飾った貴族達。
男も女も順番関係なく入り乱れている。
他家もいないのにお洒落をする意味は無い。
つまり、これはあっくんと私に対してのものということ。
真ん中に立っている男女2人はニッコニコ。
それに対して、真ん中の2人を挟んで左右に並んでいた男女は一瞬表情が強ばった。
これはどういうことかと、私達の前にいるラルフとニルスに目を向ける。
2人も警戒し、剣の握りに手をかける。
部屋の空気は一気にピリつく。
それに気づいていないのか、中央に位置した1人の貴族が1歩前に進み出てきた。
「ようこそお越しくださいました!私はこの屋敷の当主、ハラルト グラーフ ベッヒャーと申します!お2方にお会いできて光栄の至りでございます。昨夜はお部屋でお食事をとられたようですが、それではお寂しいでしょう!ですから是非御一緒にお食事をと思い、僭越ながら準備をさせていただきました。」
私は早くも臭いにやられ、吐き気をなんとか堪え、涙目の状態。
あっくんは不機嫌を隠さない。
「お前達と飯を食う気はない。俺達は疲れているんだ。さっさと部屋に行かせろ。邪魔だ。」
と、声こそ荒げないが冷たく吐き捨てる。
泊まらせてもらうのに礼儀も何もあったもんじゃない台詞だけど、今まで泊まらせてもらった2家でも挨拶なんてされてないしする必要もないってことだったのに、ここで挨拶だけでもしようものなら他の家に失礼な態度とっただけになるでしょーが!
「ガッハッハッ!遠慮はいりません!ここには私の家族しかおりませんからな!お2方には私の娘達と息子達をおつけしますので存分に楽しんでください!私の子達は皆粒揃いですから御満足いただけますでしょう!」
「下がれっ!!!お2人に接近することは誰にも許可されていない!」
ラルフが強く静止を叫ぶ。
「おや?騎士様だけは許されるのですか?これはこれはっ!些か不公平ではございませんか?アンニ!インガ!男子の方をお席へ御案内するのだ!」
「「はい、お父様。」」
まずは男であるあっくんをわかりやすく色気で懐柔しようとしたんだろう。
娘達に指示を出す父親貴族。
だけどそれは私にとって最も悪手。
だって悪臭の元凶だよ!!??
娘達がこっちに近付いてくる。
そのドレスが翻る度に空気が動き、臭いがより濃くなって押し寄せてくる。
あっくんの手首に手をかけ助けを求めようとしたが時既に遅し。
「あっくオエエエェェェェェェー ウグッヴヴッオエッ」
あっくんの手首にかけた私の手はするりと外れ、自分の胸に。片手両膝は床につき、押し寄せる臭いに吐き気と嗚咽が止まらない。
「しーちゃん!!!」
あっくんはすぐに私の横に来て背中をさすりながら
「大丈夫!?もしかして臭い!?」
嗚咽が止まらない私は答えられない。
涙も鼻水も出しながらなんとか頷く。
「テメェらそれ以上近づいたら殺す!!!」
殺気を纏い声を荒らげ近づいてきた悪臭に言い放つ。
ラルフとニルスは抜剣し
「「下がれっ!!!」」
と叫んでいる。
「早く此方へ!」
ハンスが扉を開け放ちながら叫ぶ。
あっくんは素早く私を抱きかかえ外に出てくれた。
臭いがなくなったからといってすぐに嗚咽が止まるわけではない。
私は情けなさと申し訳なさと物理的に涙も止まらなかった。
幸い食事の前だったため、胃に吐き戻す物があまりなく、最初に吐いて以降は逆流してくるのは胃液くらいなもの。
家から私を抱え飛び出してきたんだから、周りの騎士達の視線が集まり何事かと騒めく。ハンスもあっくんもそれらを一切無視して馬車まで戻り、素早く中に入る。私を膝の上に横に座らせ背中をさすり続けるあっくん。
「大丈夫?」
私が落ち着くまでそれを続けてくれた。
「ごめん、我慢できなかった…」
「落ち着いた?しーちゃんが謝ることじゃないよ。悪いのはアイツらだ。水もらおうか?」
「うん、お願いします。」
私の言葉にあっくんは馬車の扉を少し開け、馬車の前にいるハンスに呼びかける。
「水もらってきてくれ。」
「畏まりました。」
ハンスが持ってきてくれた水を飲み、漸くホッとした。
「ハンス!一体どうなってんだ!顔すら合わせなくて良かったんじゃねぇのか!!それに香油の匂いが駄目なことくらい知らせてたんだろ!?こんな奴等がいる所に泊まれるわけねぇだろうが!!」
「申し訳ございません!確認してまいります!こちらでこのまま少々お待ちください!」
そう言ってハンスはダッシュでさっきの家に走っていった。
「あっくん、ここに泊まるの?さっきみたいな香油の臭いが充満してる所になんて入れないよ。」
「もしそこら中であの臭いがしてたら俺達も野営にしよう。俺が辺りに魔力出せば誰かが来てもわかるから大丈夫。しーちゃんは吐いたんだから体力削られてるんだよ。しっかり寝ないと駄目だ。」
「でもそれだとあっくんが寝れないよ?」
「寝てても索敵はできるようになってるから心配いらないよ。」
なんですと!?いつの間に!?
「流石あっくん!」
「お待たせいたしました!今夜泊まる場所の確認をして参りました!とりあえずそちらへ移動しましょう。」
「中の確認はしてきたんだろうな?」
「勿論です!」
馬車を降りるとハンスとニルスがいた。
「こちらです!」
今度はハンスの案内で違う建物へと先導される。家の前に着いても素直に入れない。
「先程私が中を確認しましたが、もう1度確認した方がよろしいでしょうか?」
ニルスの気遣う声がする。
「いや、いい。しーちゃん、とりあえずいったん中に入って休もう。」
「……うん。」
渋々部屋の中へ入る。
そこへラルフが戻ってきた。
「ねぇ、さっきの所に泊まるからあそこに案内されたんじゃないの?」
私の疑問にラルフが
「申し訳ございません!私もあそこに泊まると知らされていて!」
と答える。
ここで思わぬ事態が発生。
なんと、ハンスがラルフを思いっきり殴ったのだ。
グーで、顔面を。
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