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第239話 side 香織 見送り
しおりを挟む紫愛ちゃんは、絢音君のピアノを聞いて滂沱の涙を流していたわ。
絢音君のピアノはとても素敵な音色だった。
2人のために練習していたなんて聞かされたら泣けてしまって当然だわ。
紫愛ちゃんと絢音君はとても強い信頼関係で結ばれている。
お互いがお互いを大切に思っているのが伝わってきて、私もうるっときてしまったわ。
川端君と紫愛ちゃんがロビーを出て行く。
しんみりとした空気がロビーの中に漂う…
かと思いきや、絢音君が突然
「どうしてここなの?ぼくちゃんとばいばいしたい!」
と愚図りだしてしまった。
「絢音君、気持ちはわかるわ。でもお外には行けないのよ。」
「やだ!ぼくおそといく!」
今にもロビーから走り去ってしまいそうな勢いに、困ってしまう。
「絢音君は覚えていないかもしれないけれど、お外に行って倒れてしまったの。またそうなったら、紫愛ちゃんがどんなに悲しむかしら?私達も絢音君を守ると紫愛ちゃんに約束したのよ。お外には連れて行けないわ。」
なんとか説得を試みるけれど、絢音君はイヤイヤと首を振るばかり。
「そんなに見送りたいなら上から見送ればいいじゃん!ここ、2階建てか3階建てか知らないけど窓くらいあるっしょ?そしたら屋根だってあるんだから陽の光も当たらずに済むし、どうせ外の壁まで1本道なんだからさっ!上から見下ろしたらずっと見てられるんじゃないの??」
突然優汰君が絢音君にそんなことを提案しだした。
何言ってるのよ!止めなさいよ!!!
「優汰何でそんなこと知ってるの?」
麗ちゃんの尤もな疑問に
「だって俺畑行ってるじゃん!毎日畑ウロウロしてたらそんくらいはわかるよ!」
それを言われても外に連れて行くわけにはいかないのよ!
陽の光以外にも、絢音君を外部の目に晒したくはない。どこでどんなふうに見られているかわからないのよ!
私の不安を他所に
「ぼくそこいく!はやくはやく!」
と急かしてくる絢音君。
……あぁもうっ!
その気になってしまったじゃないの!!
「わかったわ。絢音君、これだけは私と約束して。外に出たら絶対に誰ともお話しないこと。」
「ぼくおはなししない!みーちゃんいっちゃう!はやく!」
そう約束をしながら、その場で足踏みを始めだす。
万が一ということもあるわっ!
「ケーニヒ!!!少しここから出るわ!陽の光に当てるつもりはないけれど万が一があるからついてきてちょうだい!!」
私の呼び掛けに、絢音君の部屋からスゥーっとケーニヒが現れる。
「ヒィッ!!!」
ケーニヒの姿に優汰君は悲鳴をあげるけれど、無視よ無視っ!
「姿は消してついてきて!」
『無論』
その言葉を残してケーニヒの姿は消えた。
全員でロビーから出る。
そこには護衛達とトビアスさんが待機してくれている。
「トビアスさん!屋根があって上から2人を見下ろせる場所はないかしら?見送りたいの!急いで案内してちょうだい!」
「畏まりました。御案内いたします。」
トビアスさんに案内され、全員小走りでついて行く。
早歩きで移動しながら思う。
川端君が迷路のようだと言ったのは誇張でもなんでもなく、事実だったのね。
長い階段があるかと思えば数段しかない階段もあり、あっちへ行きこっちへ行き…
方向音痴の私では迷子確定ね。
急いでいるからしっかりとは見れないけれど、古めかしいのに明らかに新しい部分や補修されたような部分、それに様式自体も何もかもが混在してぐちゃぐちゃ。
統一感もなにもない。
意味がわからないわ。
補修はされているからその技術はあるということ?
これほど細かく階段があるのは増築改築を繰り返しているから?
それとも階層を増やすため?
それとも複数の建物を無理矢理くっつけた弊害なのかしら?
川端君の迷路という説明は簡潔だけれど、何故他の情報を一切説明していかなかったのかしら?他にも言うことなんて色々あるじゃないの!
そんなことを考えていると
「こちらでございます。あちらをご覧ください。」
と、トビアスさんから声がかけられる。
そこには、屋根はあるけれど窓がある部分には窓がなく、そこだけくり抜かれたように穴が開いていた。
これは建物の中とは言えないわね。
そういえばここに来てからガラスという物を見たことがない。
そもそも部屋には窓に代わる穴すらないわ。
箱には魔法陣が組み込まれているから自動的に空気の入れ替えがされているの?
では他の部屋は?
わからないことがありすぎる。
絢音君はその穴に駆け寄り下を見下ろす。
私達もそれに続く。
そこにはズラっと並んだ騎士達の姿。
100人はいるわね。
隊列を組む者、馬の横に付く者もいれば、牛が引くような荷物が積まれたリヤカーの様な物、それに馬車も1台ある。
「2人はどこかしら?」
「あちらの馬車で移動になります。」
馬車付近を見ると、大柄な人と小柄な人が馬車の前で護衛らしき人と待機している。
あれね。
服装も騎士達とは違うわ。
「絢音君、あの馬車の前にいるのが2人だと思うわ。見えるかしら?」
絢音君は私の言葉に、2人を凝視しながら頷く。そして
「いってらっしゃーい!!!!!」
と大声で叫び手をブンブン振る。
ちょっと!!!
「気をつけてねぇー!!!」
麗ちゃんもそれに続いてしまう。
喋らないでと言ったじゃないの!
「いってきまーす!」
紫愛ちゃんから返事が聞こえてきた。
紫愛ちゃん達を見ると、2人とも手をブンブン振っていた。
暫くして2人は馬車に乗り込み、今度こそ本当に出発した。
「絢音君?私との約束はどうしたのかしら?」
絢音君は首を傾げて「やくそく?」と言った。
「そうよ。誰ともお話しては駄目と言ったわよね?」
「ぼくだれともおはなししてないよ?」
……言われてみれば、確かに会話したわけではない。行ってらっしゃいと言っただけ。
「ごめんなさい、私の言い方が良くなかったわ。お外で言葉を出さないでほしかったの。喋り方でわかってしまうこともあるのよ。」
絢音君はシュンと下を向き
「ごめんなさい。」
と言った。
「謝らないで。絢音君は何も悪くないわ。言い方を間違えた私の責任よ。これからはお外で喋らないようにしましょうね。麗ちゃんもよ?2人とも、良いわね?」
「「はぁい。」」
「じゃあそろそろ戻りましょう。」
「ぼくまだここにいる。」
絢音君は再び馬車が進んだ方向に身体ごと向き直る。
今日ばかりは仕方がないわ。
絢音君は泣きもせずよく耐えたわよね。
「そうね。もう少しここにいましょうか。」
「うん。」
「カオリーン俺は畑に行きたいんだけど戻っちゃ駄目?」
「残念だけれど優汰君につける護衛がここにはいないわ。川端君と紫愛ちゃんはもうここにはいないのよ。優汰君もこれからはより一層気をつけて行動してちょうだい。」
「それはわかってるよぉ。それより……絢音君のあの様子だと見えなくなるまでここ離れそうになくない?」
「仕方がないわ。とても寂しいはずよ。」
「そりゃ俺だって寂しいよ!」
「寂しいのはみんな同じでしょ!」
「そうね。麗ちゃんの言う通り……2人が戻るまでに何か成果をあげなければいけないわね!頑張るわよぉ!」
そうして、本当に2人の乗る馬車が見えなくなる夕方までここを離れられなかった。
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