水と言霊と

みぃうめ

文字の大きさ
上 下
239 / 346

第239話    side 香織 見送り

しおりを挟む


 
 紫愛ちゃんは、絢音君のピアノを聞いて滂沱の涙を流していたわ。
 絢音君のピアノはとても素敵な音色だった。
 2人のために練習していたなんて聞かされたら泣けてしまって当然だわ。
 紫愛ちゃんと絢音君はとても強い信頼関係で結ばれている。
 お互いがお互いを大切に思っているのが伝わってきて、私もうるっときてしまったわ。

 川端君と紫愛ちゃんがロビーを出て行く。
 しんみりとした空気がロビーの中に漂う…
 かと思いきや、絢音君が突然

「どうしてここなの?ぼくちゃんとばいばいしたい!」

 と愚図りだしてしまった。

「絢音君、気持ちはわかるわ。でもお外には行けないのよ。」
「やだ!ぼくおそといく!」

 今にもロビーから走り去ってしまいそうな勢いに、困ってしまう。

「絢音君は覚えていないかもしれないけれど、お外に行って倒れてしまったの。またそうなったら、紫愛ちゃんがどんなに悲しむかしら?私達も絢音君を守ると紫愛ちゃんに約束したのよ。お外には連れて行けないわ。」

 なんとか説得を試みるけれど、絢音君はイヤイヤと首を振るばかり。

「そんなに見送りたいなら上から見送ればいいじゃん!ここ、2階建てか3階建てか知らないけど窓くらいあるっしょ?そしたら屋根だってあるんだから陽の光も当たらずに済むし、どうせ外の壁まで1本道なんだからさっ!上から見下ろしたらずっと見てられるんじゃないの??」

 突然優汰君が絢音君にそんなことを提案しだした。

 何言ってるのよ!止めなさいよ!!!

「優汰何でそんなこと知ってるの?」

 麗ちゃんの尤もな疑問に

「だって俺畑行ってるじゃん!毎日畑ウロウロしてたらそんくらいはわかるよ!」

 それを言われても外に連れて行くわけにはいかないのよ!
 陽の光以外にも、絢音君を外部の目に晒したくはない。どこでどんなふうに見られているかわからないのよ!

 私の不安を他所に

「ぼくそこいく!はやくはやく!」

 と急かしてくる絢音君。

 ……あぁもうっ!
 その気になってしまったじゃないの!!

「わかったわ。絢音君、これだけは私と約束して。外に出たら絶対に誰ともお話しないこと。」
「ぼくおはなししない!みーちゃんいっちゃう!はやく!」

 そう約束をしながら、その場で足踏みを始めだす。

 万が一ということもあるわっ!

「ケーニヒ!!!少しここから出るわ!陽の光に当てるつもりはないけれど万が一があるからついてきてちょうだい!!」

 私の呼び掛けに、絢音君の部屋からスゥーっとケーニヒが現れる。

「ヒィッ!!!」

 ケーニヒの姿に優汰君は悲鳴をあげるけれど、無視よ無視っ!

「姿は消してついてきて!」

『無論』

 その言葉を残してケーニヒの姿は消えた。



 全員でロビーから出る。
 そこには護衛達とトビアスさんが待機してくれている。

「トビアスさん!屋根があって上から2人を見下ろせる場所はないかしら?見送りたいの!急いで案内してちょうだい!」
「畏まりました。御案内いたします。」

 トビアスさんに案内され、全員小走りでついて行く。
 早歩きで移動しながら思う。
 川端君が迷路のようだと言ったのは誇張でもなんでもなく、事実だったのね。
 長い階段があるかと思えば数段しかない階段もあり、あっちへ行きこっちへ行き…
 方向音痴の私では迷子確定ね。

 急いでいるからしっかりとは見れないけれど、古めかしいのに明らかに新しい部分や補修されたような部分、それに様式自体も何もかもが混在してぐちゃぐちゃ。
 統一感もなにもない。
 意味がわからないわ。
 補修はされているからその技術はあるということ?
 これほど細かく階段があるのは増築改築を繰り返しているから?
 それとも階層を増やすため?
 それとも複数の建物を無理矢理くっつけた弊害なのかしら?
 川端君の迷路という説明は簡潔だけれど、何故他の情報を一切説明していかなかったのかしら?他にも言うことなんて色々あるじゃないの!

 そんなことを考えていると

「こちらでございます。あちらをご覧ください。」

 と、トビアスさんから声がかけられる。

 そこには、屋根はあるけれど窓がある部分には窓がなく、そこだけくり抜かれたように穴が開いていた。
 これは建物の中とは言えないわね。
 そういえばここに来てからガラスという物を見たことがない。
 そもそも部屋には窓に代わる穴すらないわ。
 箱には魔法陣が組み込まれているから自動的に空気の入れ替えがされているの?
 では他の部屋は?
 わからないことがありすぎる。

 絢音君はその穴に駆け寄り下を見下ろす。
 私達もそれに続く。
 そこにはズラっと並んだ騎士達の姿。
 100人はいるわね。
 隊列を組む者、馬の横に付く者もいれば、牛が引くような荷物が積まれたリヤカーの様な物、それに馬車も1台ある。

「2人はどこかしら?」
「あちらの馬車で移動になります。」

 馬車付近を見ると、大柄な人と小柄な人が馬車の前で護衛らしき人と待機している。
 あれね。
 服装も騎士達とは違うわ。

「絢音君、あの馬車の前にいるのが2人だと思うわ。見えるかしら?」

 絢音君は私の言葉に、2人を凝視しながら頷く。そして

「いってらっしゃーい!!!!!」

 と大声で叫び手をブンブン振る。
 ちょっと!!!

「気をつけてねぇー!!!」

 麗ちゃんもそれに続いてしまう。
 喋らないでと言ったじゃないの!

「いってきまーす!」

 紫愛ちゃんから返事が聞こえてきた。
 紫愛ちゃん達を見ると、2人とも手をブンブン振っていた。
 暫くして2人は馬車に乗り込み、今度こそ本当に出発した。

「絢音君?私との約束はどうしたのかしら?」

 絢音君は首を傾げて「やくそく?」と言った。

「そうよ。誰ともお話しては駄目と言ったわよね?」
「ぼくだれともおはなししてないよ?」

 ……言われてみれば、確かに会話したわけではない。行ってらっしゃいと言っただけ。

「ごめんなさい、私の言い方が良くなかったわ。お外で言葉を出さないでほしかったの。喋り方でわかってしまうこともあるのよ。」

 絢音君はシュンと下を向き

「ごめんなさい。」

 と言った。

「謝らないで。絢音君は何も悪くないわ。言い方を間違えた私の責任よ。これからはお外で喋らないようにしましょうね。麗ちゃんもよ?2人とも、良いわね?」
「「はぁい。」」
「じゃあそろそろ戻りましょう。」
「ぼくまだここにいる。」

 絢音君は再び馬車が進んだ方向に身体ごと向き直る。
 今日ばかりは仕方がないわ。
 絢音君は泣きもせずよく耐えたわよね。

「そうね。もう少しここにいましょうか。」
「うん。」
「カオリーン俺は畑に行きたいんだけど戻っちゃ駄目?」
「残念だけれど優汰君につける護衛がここにはいないわ。川端君と紫愛ちゃんはもうここにはいないのよ。優汰君もこれからはより一層気をつけて行動してちょうだい。」
「それはわかってるよぉ。それより……絢音君のあの様子だと見えなくなるまでここ離れそうになくない?」
「仕方がないわ。とても寂しいはずよ。」
「そりゃ俺だって寂しいよ!」
「寂しいのはみんな同じでしょ!」
「そうね。麗ちゃんの言う通り……2人が戻るまでに何か成果をあげなければいけないわね!頑張るわよぉ!」

 そうして、本当に2人の乗る馬車が見えなくなる夕方までここを離れられなかった。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...