水と言霊と

みぃうめ

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第195話    警告と害悪

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 私に遅れ、あっくん以外のみんながその人型に光る半透明な何かを見つけ、麗の「ヒィッ」という小さな悲鳴が聞こえてきた。
 金谷さんからもカオリンからも声は聞こえてこない。

 私の腕の力が抜け、一点を凝視している様があまりに異様だったんだろう。

「しーちゃん?」

 あっくんも突然光ったから警戒はしていたけれど、キョロキョロしてもそれはあっくんの真後ろ。
 あっくんは私の手首を掴んだまま、私の視線を辿り真後ろに視線を向け、みんなから遅れて漸くそれに気がついた。
 それに気が付くと今度は私を背中に隠す。

「……幽霊?」
 
 そう。
 あっくんの言う通り幽霊にしか見えない。
 だって、半透明で、光ってて、シルエットこそ人型だけど全体的にハッキリしてなくて、おまけによく見れば浮いている。
 私だけじゃなく、みんなが見えているなら幻覚でもなんでもない。

 ちらりとカオリン達の方を見る。
 麗は金谷さんにしがみついていた。恐怖で震えて歯がカチカチ鳴っているのが聞こえる。
 金谷さんも顔が引き攣っている。
 カオリンは目をキラキラさせて満面の笑み。

 え?笑み?
 カオリンなんで笑ってんの?
 怖くないの?
 怖くなくても信じられないとかないの?
 あれは幽霊じゃないってこと?

 カオリンの笑みに私が1人混乱していると

「貴方は神か天使なの?肉体はあるの?無いなら思念体なの?それとも妖精?そもそも同じ時空に存在する存在なの!?何故浮いているの!?それは魔法なの!?重力魔法!?そもそも貴方に重量は存在するの!?エネルギー源は何!?意思疎通は可能なの!?どうしていきなり現れたの!?今までどこに居たの!?」

 と、嬉々として質問形式なのに一切の隙を許さず次から次へと質問を投げつける言葉の暴力に打って出るカオリン。
 私を含め全員が突然のカオリンの暴走に唖然とする。
 ビビって金谷さんにしがみついていた麗ですら「え?え?香織さん?」と小声で呟き困惑している。

 幽霊はカオリンの言葉が全く聞こえていないのか、何の反応もせず動きもしない。
 カオリンも徐々に落ち着きを見せ「どういうこと?ただ見えているだけなの?何故急に?」とブツブツ呟く。

 最初こそあまりに突然の事で驚いたけど、落ち着いて見てみればこの幽霊には私達への何かを一切感じない。
 何も感じないのに出てきた理由は?
 姿がボヤけてるから視線の動きも不明。
 色も見えない。
 幽霊に対する私の警戒心だけがどんどん高まって行く。

 緊張状態だとかなり時間の流れが遅く感じる。
 幽霊と向き合い誰も口を開かず静まり返ったロビーに、数秒なのか数十秒なのか、長く感じたその時間経過に終止符を打ったのは幽霊だった。


『あの子に近付くな』


 それは、声なのか意思なのかわからないものだった。
 私だけに聞こえているのか、それともみんなにも聞こえているのか、それすら判別がつかない。
 そもそも口はあるの?
 それに応えたのはカオリンだった。

「あの子というのは絢音君のこと?」

 応えられるということは、みんなにも聞こえているんだ。
 カオリンが応えても幽霊は返事をしない。
 何で?
 意志を持って接触を図ってきたのなら、人物の特定ができなければ誰に近付くなと言っているのかも不明なのに。


『あの子に近付くな』


 再び幽霊は同じことを繰り返す。

「それは絢音のこと?」

 今度は私が幽霊に聞く。
 返事が返ってこなくとも確認はしてみなければ。


『そうだ』


 返ってこないと思っていた返事は返ってきた。
 何でカオリンには無反応なの??
 もしかして私と話したい??
 その意思表示のために他の人は意図的に無視しているの?

「お前は何者だ!?」

 あっくんが強い口調で問いかける。
 でもまた返事はない。

「あっくん、カオリン。この幽霊みたいな人?は、私と話したいように感じるんだけどどう思う?」
「紫愛ちゃんの言葉だけに反応していることを考えるとそうとしか思えないわよね。」
「しーちゃん!駄目だ!こいつがどんな存在なのか全くわからないのに接触しようだなんて!危険過ぎる!」
「でもこのままだと話が一向に進まない!何か言いたいことがあるから出てきたんでしょう?話だけでも聞かないと!」

『あの子に近付くな
 特にお前だ
 この異端者めが』

 3人で揉めていたら、また幽霊の声が聞こえる。
 しかも今度は“異端者”と意味のわからない事を言っている。

「おい!!それはまさかしーちゃんのことか!?」

『当たり前だ
 害悪にしかならない異端者だ
 あの子に魔法を使えるようになってほしいのだろう?
 魔法を使えるようになってほしいのなら手も口も出すでない
 我々があの子に教える
 あの子のことは我々に任せて放っておけ』

 いきなり出てきて一体何を言っているのか全く理解できない。

「巫山戯んなよ!お前と絢音に一体どんな関係があるのか知らないけどいきなり出てきてグダグダ言ってんのはそっちでしょ!」

『我々はあの子と同じ存在であり
 またあの子は我々と同じ存在だ
 お前達は同じ事を繰り返すのみ
 何故お前のような異端者があの子をそこまで気にかける?
 嫌がるあの子に無理をさせて
 それで楽しいのか?』

 瞬間的に怒りが湧き上がる。

「楽しい?楽しいかって!?楽しいわけねーだろーが!!!どれだけ絢音に無理させてるかなんて百も承知なんだよ!!!でもやってくれなきゃ絢音が危ないんだ!危ないってわかってんのに指くわえて見てろっつーのか!!!どれだけ絢音を守りたいか知りもしないで勝手なこと言うな!!!」

『ならば尚のこと引け
 関わるな
 我々が使い方を教えると言っている
 お前が感情に振り回される度にあの子が傷付く
 原因を排除しようとするのは当然
 誰よりもお前が子供ではないか
 自分の面倒を見られるようになってから他人の面倒を見ろ』


 幽霊の言葉は私への全否定だった。


 そんな……私が…………
 私が絢音を傷付ける原因…………?
 確かに、絢音に関すること全てに私は感情で動いてたしその自覚もある…
 じゃあ、最初から…
 最初から全て何もかも間違っていたの?


「しーちゃんのどこが子供だっつーんだ!それに異端者だと!?訳のわからない言葉でしーちゃんを貶めるのはやめろ!!!」

『異端者よ
 あの子よりも大切なモノがあるならば
 そちらに構え
 あの子に構うな』

 その発言を最後に幽霊はスゥーっと薄くなり消えた。

 絢音より大切なモノ…
 愛流と紫流…
 私にはそれだけ。
 それだけしかない。
 絢音にもみんなにも構わず地球に戻る方法だけを探せと?
 それはみんなを見捨てるということにならないの?
 いや、幽霊は私にだけ言葉をぶつけ続けた。
 異端者だと言い続けた。
 つまり他の人は異端でもなんでもない。
 私だけを引き剥がしたいのか…
 私をみんなから分断し孤立させ繋がりも何もかもを断ち切りたい。
 私が感情に振り回されて暴れ回る害悪そのものだから…

 でも私だって絢音を守りたい気持ちに嘘なんてなかった。
 頑張らせようとしちゃいけなかったの?
 じゃあどうすれば良かったっていうの?


 あっくんは

「なんなんだアイツは!好き勝手言って消えやがった!しーちゃん!アイツの言うことなんて気にしちゃ駄目だ!」

 と憤慨している。

 カオリンは「あれは一体何の魔法なの?」と1人でブツブツ呟いている。

 麗は幽霊が消えて「やっといなくなった」と身体の力が抜けホッとしている。

 金谷さんはじっと私を見つめていた。
 私を見つめ続けそして

「絢音は紫愛のモノじゃない。」

 と言った。


 モノ?
 私は絢音を物扱いなんかしてない!

 ………………本当に?
 本当に私は絢音のための行動ができていた?
 絢音を傷付けていなかった?
 絢音を困らせていなかった?
 絢音をちゃんと1人の人間として認め…


 ……………………………認めていない…


 絢音を通して子供達を見ていた…
 その自覚もあった。
 守れなかった子供達を絢音を通して守っている気になっていた。
 私の子供達と同じように、何もできない子と勝手に決めつけ、守らなければと息巻いていたくせに自衛を身に付けさせ、自立させようとしていた。
 ただの私の自己満足だ。

 それは、絢音自身を見ていないということだ。
 1人の人間としての認識ができていない。
 絢音の否定そのものじゃないか…

 何で私はそんなにも酷いことを絢音にしていたの?
 私のこの庇護下に置こうとしようとする行動と自立させようとする行動の矛盾は何?

 “絢音はモノじゃない”
 “誰よりもお前が子供だ”
 “自分の面倒も見られない”

 金谷さんと幽霊に言われた台詞がグルグルと頭の中を支配する。

 何故そんなことを言われたのか…





 あぁ、そうか。

 私は絢音に縋っていたんだ。
 都合の良いことしか見ようとせず、耳障りの良い言葉ばかりを選んで、絢音を子供達の代わりにして縋りついていた。
 そうしなければ自分が保てなかったから…


 幽霊は事実しか語っていなかったんだ。
 誰よりも私が子供。


 やっぱり最初から私は間違えていた。
 間違え続けていた。
 絢音を守ろうと周りから隠したのだって、私を絢音の1番なんだと思わせるためじゃなかったの?
 あの状況で周りから隠されれば、絢音は私を頼るに決まっている。
 絢音はあっくんの所へ行きたかったと言っていたじゃないか!
 絢音の選択肢を私が私の都合の良いように誘導し、奪い続けてしまった…

 いくら幼くとも、1人1人が違う人間。
 そんな当たり前のことすら認識できず、幼い絢音に心の安定を求め縋りついていた私。


 ハハッ
 何が絢音のためだ!
 全て私のためじゃないか!


 本当に私はただの害悪だ…














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