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第180話 side亜門 名称
しおりを挟む「それは……申し訳ありませんが、とても信じられません。」
「どうしてだ?」
「紫愛様が私とハンスに調理場で食事を作ってくださいましたよね。あの時の紫愛様の、アヤネ様への優しい眼差しが頭から離れません……目の当たりにして、半信半疑だったモノが確証に変わりました。だというのに、川端様まで紫愛様と同じようにアヤネ様へ接するのも目にし、正直混乱しました。」
「だからすぐに話があると言ってこなかったのか。」
「はい。」
絢音に関するほぼ全てのことが言えない。
偽りで誤魔化すしかないな。
「この世界では、政略結婚は血が濃くなって行くのを軽減するための処置だろう?」
「そうです。」
「それなら、現在では血の濃さの弊害はどれくらい出ている?」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「血が近くなればなるほど、障害がある子が産まれやすくなる。それを知ってるからこその政略結婚ではないのか?」
「ショウガイ、ですか?」
「また言い方が違うのか……はぁー。なんて言ったらいいんだ?じゃあ逆に、腕や足等に欠損などが何もなく、子供を作ろうと思えば機能的な問題もなし。物事を考える能力もあり、集団行動も問題なくできる。そこに精神的なモノは一切関係ない。お前はそれが全てできるだろう?それが“普通”だとする。その普通に当て嵌まらない人達は?その症状は?呼び方はなんだ?」
「呼び方は神子、罪科者、変質者……と………」
ラルフは急に口籠る。
「なんだ?ハッキリ言え。」
「…………劣等者です。」
劣等者だと!?
この世界の奴等はどこまで腐っていやがる!
俺が怒るのがわかっていたから言うの躊躇ってたのか!
しかも、みこ?巫女?神社でもあんのか?
ザイカシャって何だ?
ヘンシツシャ……変態?んなわけあるか!
駄目だ!サッパリわからん!!!
「ラルフ、ちょっと待ってろ。香織さん呼んでくる。」
「古角様と話すのですか!?」
「別に2人っきりにするわけじゃねぇ。俺も居る。お前が言ってることがサッパリわかんねぇから間に入ってもらうだけだ。香織さんは歴史のプロだからな。会話も上手い。それに、ラルフだって俺に怒鳴り散らされながら話したくはねぇだろ?」
「それは、はい。」
「ここで暫く待ってろ。」
そう言って香織さんの元へ向かった。
コンコン
「香織さん、亜門です。少し良いですか?」
「はぁーい。どうしたのかしら?」
香織さんは俺の呼びかけにすぐに出てきてくれた。
「今1人ですか?」
「ええ。麗ちゃんは自室に戻っているわ。」
それを聞き、部屋の中に入らせてもらい扉を閉める。
「今、絢音としーちゃんが恋人同士だという認識を正そうと思ってラルフに絢音のことを話そうとしたんですが、ラルフの話している意味が地球と違いすぎて話が通じないんです。」
香織さんは僅かに表情を硬くした。
「恋人の認識を正そうと思った理由は?」
「騎士達の視線が悪い方へと変わったと言いましたよね?今しーちゃんは絢音と俺2人と遊んでいるように思われているんです。しーちゃんが性に奔放なら自分達もイケるんじゃないかと……そう思われています。ラルフも勘違いしていました。多分他の護衛も勘違いしています。このまま放置すれば今以上に地球人全員が危険に晒されます。危険な思想は排除したい。護衛には周知させたい。ですが絢音が若返った事も病気の事も言えません。なので、産まれつきの知恵遅れか何かと思わせようと考え障害がわかるかどうかの話をしていましたが、話が通じませんでした。それに……俺が冷静に話せるとも思えませんでした。香織さんはこの国の歴史や宗教観などを本で読んだりしましたか?」
「少しは覚えているわ。わかった。私が行って話せばいいのね?」
「よろしくお願いします。」
香織さんを引き連れ俺の部屋に戻る。
「待たせた。」
ラルフの向かいに香織さんと並んで座る。
「それで?川端君はラルフさんが口にした言葉の何がわからなかったのかしら?」
「身体的にも思考的にも問題がない人間を普通だとする。ではその普通に当て嵌まらない者達の呼び名についての問い掛けへの返答が訳がわからなかったんです。」
「ラルフさん、その呼び名について、私にも教えてちょうだい。」
「……はい。神子、罪科者、変質者……劣等者です。」
香織さんは全ての単語を聞き終わり、声の温度が冷たいモノへと変わった。
「へぇー。まず、ミコとは神の子という意味?それとも祈祷を行う未婚の女性のこと?」
「神の子です。」
「ではザイカシャは?罪という意味?」
「はい。」
「ではヘンシツシャは?」
「見た目の色と魔力量が合わないことです。」
「では、レットウシャは?劣っているという意味で間違いないの?」
「……はい。」
「俺はそれが普通とどんなふうに違うのか、それが知りたいんだ。」
「神子とは、指や腕や足などが複数ある者達の事です。人によってその程度は様々です。」
「その神子はどういう扱いを受けるのかしら?」
「神が人間の身体に顕現したとされているので、とても大切にされております。短命な者が多いです。」
「では、罪科者は?」
「罪科者は神子の逆です。産まれつきどこかしらに欠損がみられる者達です。」
「扱いはどうなの?」
「辺境伯領にいた時のことならば答えられます。辺境伯領には辺境伯が持つ騎士団がありまして、その騎士達の子供が親を亡くした時の行き場に寮と呼ばれる施設がありました。そこに罪科者がおりました。その程度によって部屋がわけられ、成人するまでの教育や暮らしの面倒を見てもらえます。」
「それで?成人してからどんな仕事をしているの?」
「ぇ………………知りません。」
「はぁ?知らない?あなた何を言ってるの?そんなわけはないでしょう?」
「私は15歳で第一騎士団に入団したので、その後のことまで見ていません。その寮に勉強のために入ったのも数週間程度でしたので…」
呆れて質問しなくなってしまった香織さんの代わりに俺が質問する。
「貴族達の間でもそういう子は産まれるだろう?その子達の扱いはどうしてる?」
「知りません。」
「知らねーわけねぇだろう?」
「辺境伯でも王都でも大人になった罪科者を見たことがありません。」
ラルフのその返答を聞き、香織さんは無言で立ち上がり部屋の扉を開けた。
急な行動に俺とラルフは驚いた。
部屋の扉を開けるとロビーの丁度真ん中辺りに護衛騎士が立っている。
「そこのあなた!聞きたいことがあるの!こっちへ来てちょうだい!」
声を張り上げ立っていた護衛に呼びかける香織さんに
「香織さん!?いきなりどうしたんですか!?少し声を落としてください!」
と駆け寄りながら慌てて言うが、香織さんは気にも止めずこちらに近寄ってきた護衛に
「ねぇ!罪科者って知ってる!?」
と聞く。
その護衛はハンスだった。
「知っておりますが、如何なさいましたか?」
「香織さん、話すなら部屋の中にハンスを入れてください。」
ハンスは開け放たれた扉の中にチラリと目をやると
「古角様、ラルフがいるならば私は話すことはできません。」
「席を外させれば話してくれるのね?」
「はい。」
「ラルフさん、ハンスさんの代わりに護衛についてちょうだいな。」
「ですが……私はまだ川端様との話が終わっておりません。」
ラルフは困惑を隠せない。
いきなり出て行けと言われれば当たり前だが、ハンスもラルフを追い出したがっている。
それが何故なのか理由はわからないが、ラルフがいれば話が進まない。
仕方ない、ラルフには暫く出ていてもらおう。
「話したいことなら後で聞いてやる。俺もまだラルフとは話したい事があるからな。」
「……畏まりました。」
そう言ってラルフが出て行き、代わりにハンスが部屋へと入って来る。
「いきなりごめんなさいね。ラルフさんに聞いても思うような答えが返ってこなくてねぇ。ハンスさん、貴方は罪科者を知っているのよね?罪科者とはどういった症状でどんな扱いを受けているのか、成人したらどんな職に就くのか、ラルフさんを追い出した今なら答えられるかしら?」
「その質問にお答えするためには、もう1つ、お許しいただきたいことがございます。」
「何かしら?」
「脱剣させてください。」
「まぁ!それは何故かしら?」
「ハンス マルクグラーフ プロイセンとしてならお答えすることが可能だからです。」
個でなければ話せない?
「それはどういう意味だ?」
「国に、皇帝陛下に忠誠を誓った第一騎士団員の騎士ハンスとしてはお答えすることはできません。ですが、辺境伯領の次期当主ハンスとしてならお答えすることが可能だからです。」
次期当主?ハンスが?
「つまり、それほどの内容だということなのね?」
「はい。」
「川端君、脱剣を許可しても良いわよね?」
「立場が邪魔で話せないというのなら拒否する理由はありません。」
「ハンスさん、脱剣を許可します。」
「感謝いたします。」
ハンスは腰につけた剣を鞘ごと抜き取り、柄部分を俺に向け机の上に置いた。
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