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第179話 side亜門 ハンスという護衛
しおりを挟む「ラルフから見て他の護衛は今の所どうだ?」
「皆良くやっていると思います。自由がないのは地球の皆様と同じだと。ハンスは……私より余程紫愛様を女神だと思っております。」
「何か言われたのか?」
「1度皇帝陛下がこちらに来訪された時に、川端様の元へ向かう前に紫愛様と話をされまして、その際私とハンスが紫愛様に付きました。皇帝陛下とのお話が終わった後、ハンスは紫愛様に釘を刺されておりましたが、紫愛様から直接お言葉を頂けたと歓喜しておりました。噂を聞いても何も気にした様子もなく、1度、これで平気なのか聞きました。そうしましたら、女神のお考えなど私のような下民にわかるはずもない。と言い切っておりました。」
第一騎士団に所属していて自らを下民と卑下する奴なんて本当にいるのか?
「釘を刺されたというのは?」
「その……ハンスから崇拝のような、ヴェルナーが皇帝陛下に向けていたモノに近いものを感じる。それを否定する気はないが、その気持ちが大きくなればなるほどに、それが自分の感情で歪んでいく。ハンスにはヴェルナーのようになってほしくない。だから気をつけろ。私の勘違いだったら笑ってくれと…」
「それお前のことじゃねぇか!お前もそのしーちゃんの言葉聞いてたんだろ?何も思わなかったのか!?」
「私はヴェルナーとは……違うと、思っておりましたので…」
自分のことは存外見えないものだ。
仕方ねぇ、ラルフにはもう1度念押ししておかなければ。
「前にも言ったけどな、信念を持つことは良いことなんだ。でもしーちゃんの言葉通り、それを盲信するがあまり、その信念自体を自分で歪めていってしまうんだよ。歪んでしまった信念はもう信念ではない別物になってしまっていることにも気が付かずにな。」
「はい。」
ラルフにはこんなもんでいいか。
問題はハンスだ。
俺だってハンスとまともに口を聞いたことねぇぞ?
「……ハンスは何故そこまでしーちゃんを崇拝しているんだ?しーちゃんがハンスに忠告をするってことは、それほどの思いや覚悟をハンスから感じたってことだ。ハンスからするとしーちゃんがやる事なす事全てが有り難く、許容されるんだろ?」
「淀みのない魔法、美しい容姿、言葉にも力があり、慈愛を感じるそうです。」
「おいおい、それハンスが言ってたのか?」
「はい。」
「ハンスはラルフと違ってしーちゃんと口を聞いたことなんてそんなにないだろ?まさかあるのか?」
「私も気になってそれを聞きましたが……ヴェルナーとのやり取りで全てを理解した、というようなことを申しておりました。それに…」
急に言葉を切り俯き黙り込むラルフ。
「なんだ?他にも何かあるのか?」
チラリと俺の顔を見たあとまた顔を伏せ
「あの身構えは、その、特別な時にしか、しないのです。」
「身構え?」
「跪き、手の甲に口づけをした後、自身の額にその甲をつける身構えです。」
「あぁ、あれか。挨拶じゃなかったのか?」
「あれはかなり昔の正式な身構えなのです。今は略式になっておりますので、跪く事も手の甲を額に当てることもしません。お辞儀をしながら手の甲に口づけをするのみです。かなり上の方の貴族ですら、忘れ去っています。今や昔の正式な身構えを知るのは、皇帝陛下や宰相、それに、最前線のマルクグラーフ家のみでしょう。」
「そういやぁラルフもハンスもマルクグラーフっつってたな。親戚か何かなのか?」
「いいえ。名の真ん中にあるのは爵位です。辺境伯とも言います。」
「あぁ、なるほど。理解した。辺境伯っつーと国の端の最前線で守ってる重要な家だな。」
「はい。辺境伯同士は防衛の要ですから、連絡も密に取り合っています。昔ながらの作法に拘る方が多く、そもそも国の端におりますから、中央の貴族とはかなり疎遠ですので作法が昔と今とで違ったりすることが多くあります。」
「で?その昔のポーズは何の意味がある?」
「意味は“貴方に命を預ける”です。」
「護衛につくならおかしくはねぇんじゃねぇか?」
「いいえ。あの身構えは、戦場に向かう前に、婚約者、または妻にするポーズです。それと……求婚の際にも同じポーズをします。」
「はぁぁぁ!?」
求婚だと!?
初対面の相手にか!?
「今は政略結婚ですので、求婚自体ありません。婚約者に会うことも結婚するまではほぼないですし、そもそも妻に良い感情を持つ者が少ないので、戦場に行くことになってもしない者がほとんどです。ですから辺境伯出身者ですらあの身構えを見て、そういえばあんなのがあったなと、何の身構えだったかと思う者も多くいたでしょう。」
「あいつ!そんなポーズを意味のわかってないしーちゃんにしたのか!?」
「ハンスは求婚の意味ではしていないと思います。」
「当たり前だ!!会話すらしていない人間に求婚なんてされたら気持ち悪ぃだけだろうが!!!」
「貴方に命を預けるとは、貴方のために死ぬと言っているのと変わらないのです!!!ハンスなりの決意表明です!自分を下民と言い、女神の考えは絶対。ハンスは“紫愛様の望みを叶えることは使命だ。戦場では自らが盾になりお守りする。紫愛様に何かを任される事は誇りだ”そう紫愛様自身に申しておりました。」
「本気の崇拝じゃねぇか……今は良いかもしれねぇが、それが歪んだ時のことを考えると恐怖だな…」
「おそらく、彼の崇拝は歪む事はありません。」
「何故そう言い切れる?」
自分は容易く歪めたくせに自分のことは棚上げか?
「それほどの確固たる思いを感じるからです。そもそも男遊びが激しい女神とは一体なんですか?それは本当に自分が崇拝できるような女神と言えますか?ハンスはその噂を聞いてすら、そこに混じりたいとすら思っていませんでした。仮に川端様がどうしても許せないようなことを紫愛様がしたとしても、ハンスだけは、それが紫愛様の望みならばと言うでしょうし、誰もが拒否するような願いでも、ハンスなら何としても……例え命を落とすことになったとしても叶えようとするでしょう。」
「まるで狂気だな…」
「はい。ですが逆に、それほどの存在だと思っているということです。今までのハンスは私とは真逆のタイプでした。下位貴族には色々とマズイので流石に手は出さなかったですが、上位の既婚者とは遊び放題でした。それはそれで辺境伯という地位の高い家柄では許されないことです。愛人や不貞相手には必ず自分よりもかなり下の家柄から選ばなければならないのです。気をつけていても子ができる可能性はゼロではないのです。4人子を儲ける前に相手が妊娠し、魔力が高い子が産まれてしまえば誰の子か判断できなくなりますから。」
随分タチが悪い奴だったんだな。
しーちゃんの側において平気か?
確かめなければならない。
「遊び放題だったのに、急に変わったと?」
「はい。昔ハンスに言われたことがあります。何故女と遊ばないのか、あいつらは少し褒めれば簡単に股を開く馬鹿で阿婆擦ればかりなんだから性欲処理にでも利用してやればいいだろう、その顔で遊ばないなんて勿体無い、と。今考えれば、ハンスがどう思っていたのかわかる気がします。遊びながら女子を蔑んでいたんでしょうね……私と同じですね。私は嫌悪感に振り切ってしまったので逃げ続け、ハンスは下位に種馬として利用されるくらいなら上位と遊んで利用してやるくらいには、思っていたとしても不思議ではありません。」
「2人とも、ベクトルが違うだけで腹ん中では同じこと思ってたってことか?…」
「おそらくそうだと思います。」
「護衛に選ばれてからハンスは休憩時間にも遊びに行く様子はないのか?」
「ないですね。紫愛様の護衛に付いてから、ハンスと食事が一緒だった時に上位の貴族女子が近づいてきてハンスを誘ったんです。ですがかなり冷たくあしらっていて、後から遊ばなくて良かったのかと聞いたら、そんな時間がもったいない事するつもりはない!と、別人のような答えが返ってきて驚きました。」
「上位も下位も、目にする女共には腐った印象しかないのか?」
「私はそうでした。ハンスにはどう映っていたのかはわかりません。」
「ラルフがしーちゃんの存在を目の当たりにした時の印象は?」
「初見の時、ですよね?」
「ああ。」
「こんな女子がいるのか、と…」
「それはどういった意味でだ?」
「とてもお強く、皇帝陛下にも物怖じせず、自身が犠牲になることも厭わずに地球の皆様を守ろうとする姿勢にです。そんな女子は今まで1人たりとも見たことがありませんでしたから。」
ラルフの目から見ればそうなんだろうな。
「正に青天の霹靂、か……それほどの衝撃だったと?」
「はい。ですから、ハンスだけでなく、ここにいる護衛全員が紫愛様には並々ならぬ思いを持っております。」
ラルフやハンスだけじゃないのか?
「恋心としては?」
「それは、人によっては多少はあるかもしれませんが、手が届かない存在のように見えていると思います。なにせ誰も見たことがないような女子なのです。特別視は致し方ないかと…」
「他の、麗……は男と思われているんだったな、香織さんに対してはそういった類の感情はないのか?」
「……とても言いにくいのですが……私は、あまり良い印象はありません……他の者の受けている印象は知りませんよ!あくまでも私個人の意見です!」
必死に個人的感情だと言うラルフに苦笑する。
「別に責めるつもりで聞いているわけじゃないから構わない。こっちの世界での評価や印象が知りたいだけだからな。どう見られているのかはとても重要だ。どうしてラルフは香織さんには良い印象がないんだ?」
「古角様は皆様の前ではどうか知りようもありませんが、護衛がいる場では表情が変わらない、当たり障りのないことしか言わない、ですよね?それは貴族女子には必須なのです。何より紫愛様と川端様に戦場に行くのを押し付けた印象があります。嫌なことを人にそれとわからないように押し付けるのもまた貴族女子のやり方ですので…」
朗らかな香織さんは、ラルフにとっては貴族女子のように見えるのか。
「なるほど、そういう理由か。他の者達とそういう話にはならないのか?」
「禁じています。どこに耳があるかわかりません。地球の皆様のことは一切口にしない。もし情報が漏れた場合、誰も責任が取れない事態に陥ります。私とハンス以外の護衛が守ってくれていれば漏洩はありません。」
「そうだな、護衛同士隠れて話していても値踏みしているような印象にしかならない。それを他から見られでもしたらどう解釈するかわからないからな。もう1度周知させてくれ。」
「畏まりました。」
「それとな、しーちゃんの名誉のためにもう1度言わせてもらう。しーちゃんと絢音はそういう関係ではない。」
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