水と言霊と

みぃうめ

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第178話    side亜門 ラルフの現実

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 しーちゃんが絢音と一緒に香織さんの部屋へ戻ってきた。

 すぐに食事になり、みんな疲れただろうしもう遅いから明日の朝食後に続きを話そうと言い、全員が了承する。
 和気藹々わきあいあいと食事は終了した。

 俺にはこれから大事な仕事がある。
 ラルフの話は間違いなくしーちゃんに関することだ。
 ラルフはしーちゃんのことを、水と豊穣と学問の女神ムーサに例え崇めていた。
 高潔で至高。
 そういう考えを一方的に持っていた。

 そんなラルフがしーちゃんを見る目付きが変わった。
 おそらくしーちゃんも気が付いている。
 でもしーちゃんは何も言わない。
 もしかしたらラルフに関係ないと自分が突き放したせいかもと思っているかもしれない。

 しーちゃんにとって異世界人は俺達地球人とは比べるべくもない存在だ。
 ましてや今は子供だとわかった絢音がいる。
 しーちゃんにとっては絢音が最優先。
 例え自分がどんな風に見られているかわかっても自分のために行動を変えることはない。

 俺が周りのしーちゃんを見る目を正さなければならない。
 このまましーちゃんが男と遊んでいると思われたままを放置すれば、しーちゃんだけでなく地球人全員が護衛にすら狙われかねない状態になってしまう。
 例えどんな理由であろうと、どういう状況であろうと、地球人の誰かが傷つけられたらしーちゃんは自分を責めるだろう。
 これ以上精神的な負担がかかればしーちゃんはどうなるかわからない。
 使える手札を減らすわけにはいかない。


 コンコン

「川端様、ラルフです。参りました。」

 扉を開け部屋へ招き入れる。
 机を挟んで向かい合わせで椅子に座る。

「話はしーちゃんのことで間違いないか?」

 開口一番確認をする。

「はい。」
「俺に何が言いたい?」
「………川端様は紫愛様を諦めたのですか?あれ程大切にされていたではありませんか!紫愛様は恋人は要らないなど散々申されておきながらあっさりと恋人を作りました。突然思い合える相手が現れたのならそれはそれで仕方のないことでしょう。紫愛様がそれで幸せならばと、そう思っておりました。ですが!!恋人ができたのに川端様に対する思わせぶりな態度も触れ合うことも変える様子はありません!川端様が拒否しないことをわかっているかのようではないですか!?紫愛様は私が思うような方ではありませんでした。川端様も、突然部屋から出てきた方に始めは苛立っていらっしゃったではありませんか!?ですが急に態度を変え、紫愛様と同じようにあの方に優しく接するのは何故ですか!?紫愛様とも今まで同様仲睦まじくされていました!何故そこまでされるのです!紫愛様にそこまでの価値があるとは思えません!あれでは醜悪な貴族女子達と同じです!」

 1度喋り出したら最後まで捲し立てるように一気に気持ちを吐露するラルフ。

「おい!!!それ以上しーちゃんを侮辱したらお前を殺す!」

 想像していた通りだ。
 いや、それ以上だな。
 一瞬言葉に詰まったがラルフは止まらない。

「何故ですか?!紫愛様がなされること全て受け入れるのですか!?惚れた弱みですか!?それを利用されているとは思わないのですか!?」
「いい加減にしろ。まず大前提として、しーちゃんがどんな人間でどんなことをしてもお前に口を挟む権利はない。俺にも同じだ。お前は勝手にしーちゃんをムーサと崇めて理想像に当て嵌めていた。その理想から少しでも外れたら嫌悪や怒りを隠さないのか?全てお前の勝手な考えだろう?理想の押し付けだ。今のお前とヴェルナーと一体何が違う?やってることは同じだ。ただ剣を向けなかっただけ。それも放置していれば許せないという思いが募り、何れ剣を向けるようになるだろうな。」
「なっ!!!そんなことはありません!川端様も紫愛様も護衛対象です!」

 言ってることが無茶苦茶だぞ。
 こいつ、馬鹿なのか?

「その護衛対象に怒りを向けているだろ?お前はしーちゃんに心を救われたはずだ。それも忘れてしーちゃんを悪く言うのか?自分が正しい。自分は間違っていない。ヴェルナーはその方向性こそ間違っていたが、起点は皇帝を守ろうとするあまりの行動だった。皇帝に怒りを向けたことはなかったぞ?お前の理想はお前の中だけのものだ。俺達にお前の理想の具現化のために生きろと言うつもりか?」
「そんな、つもりは…」
「じゃあ一体どんなつもりだったんだ?ヴェルナー以上に暴走して女神ムーサだと崇めていたしーちゃんを侮辱し、俺にはしーちゃんを大切にするなと言った。俺がどれだけしーちゃんに惚れてて大切なのかお前は知ってるだろ?いつからお前は俺達に命令できる立場になったんだ?」
「……申し訳、ございま、せん。」

 ラルフは俯いた。
 これだけラルフを否定すれば
 とりあえず話は聞ける状態になったか?

「部屋に閉じこもっていたのは絢音と言うんだ。絢音としーちゃんはラルフが思っているような関係ではない。」

 ラルフはバッと顔を上げて

「ですが!!!部屋に2人きりで何日も過ごしていました!」

 と、すぐに反論してくる。

「2人きりで過ごせば恋人か?俺だってしーちゃんと部屋で長時間閉じこもっていたこともあるのに?」
「川端様が紫愛様に無理矢理何かするとは思えません。」
「そんなことは当たり前だ。ここに来た地球人はシューさん以外は賢く、善良で、人の気持ちを考えられる人間ばかりだ。全員が誰かに何かを強要するなんてことはするはずがない。」
「アヤネ様もそうだと仰るんですか!?為人ひととなりがわかればそうだと判断されるのですか!?ならば紫愛様はどうなのです!?あのように男を翻弄し「おい、お前本当に殺さてぇのか。」

 ラルフを濃い魔力で覆い尽くす。
 濃い魔力の中でラルフは息ができず喉を押さえながらもがき苦しんでいるのがわかる。
 有り余る魔力で力任せに放出したようなそれ。

 へぇーこんな使い方もあるんだな。
 でもこれじゃあすぐに気絶する。
 長時間苦しませるには使えないな。

 ……そろそろヤバそうだな。
 そう思い魔力を霧散させる。

 ヒュッ、ゴッゴホッヒューゴホォッヒューハァーハァーハァーハァー

 咽せるのが落ち着くのを待つ間に思考を巡らせる。
 ラルフを護衛から外すと言おう。
 拒否するに決まっている。
 勿論俺だって外す気なんてないが、今の心境ではしーちゃんに裏切られたという身勝手な気持ちが抜けない。
 でもそれは同時に慕っている気持ちが抜けていない証明でもある。
 1度精神的にダメージを喰らわせなければ。

「今までご苦労だった。お前は護衛から外す。」

 それを聞きラルフは一気に慌てだす。

「そんなっ!考え直してください!必ずお役に立ちます!!」
「そこまでしーちゃんを蔑んでいて、いざ何かがあった時、お前は咄嗟に動けるのか?無理だろ?しーちゃんを見捨てるに決まってる。心の中でざまぁみろとか思いながらな。」
「そんなことはありません!」
「じゃあその変わり身の早さはなんだ?ヴェルナーは少しずつ歪んでいったんだろ?じゃあお前は?しーちゃんが誰と付き合おうと遊んでいようとお前には何も関係ないはずだ。そんなにコロコロ気持ちが変わるやつに形だけでも守ってもらおうなどと思えるか?今のお前は信用に値しない。」
「再び信用して頂けるよう努力します!」

 思惑通りに粘るなぁ…

「お前はしーちゃんを守りたくてしーちゃんの護衛につきたかったんだろ?今その護衛につきたかったしーちゃんへの好感度はお前の中でゼロだ。何故護衛の立場に拘る?護衛を外されたってお前なら仕事は山ほどあるだろ?……まさかしーちゃんを売ろうなどと企んでいないだろうな?」
「そんなことは考えておりません!私は紫愛様の護衛につきたい気持ちは変わっておりません!」
「護衛に付く度不愉快になるのに?許せない、期待外れ、裏切られた、阿婆擦れ。そんな気持ちに支配されるのに?」
「それはそうですが!尊敬する気持ちもあります!私を助けようと動いてくれたのもまた紫愛様なのです!」
「お前の命を賭けてしーちゃんを守るという誓いは忘れていないか?」
「はい!」
「お前がしーちゃんのそばに居て何かあった場合、俺はお前を許さないぞ。」
「心得ております!」
「では、1度だけチャンスをやろう。自分の立場を忘れるな!命を賭けて地球人を守れっ!それがお前のできることだ!心に刻みつけろっ!!!」
「はいっ!!!」

 立ち上がり敬礼をするラルフ。

 やっと自分の気持ちを自覚したか…
 だがまだ話は終わっちゃいない。

「座れ。ラルフに聞きたいことがある。3日ぶりにしーちゃんと練習場に行った時、騎士達の視線が変わっていた。思いきり悪い方へと。たった3日だ。たったの3日でしーちゃんの身体への舐める様な視線、それと共に俺へは憐れみの混じった視線に変化した。俺達の部屋での様子、特にしーちゃんと絢音に関する情報が流されていたとしか考えられない。何か知らないか?」

 ラルフは視線を泳がせ、気不味げに語る。

「いつからかは不明ですが、噂は……流れております。紫愛様は、男遊びが激しいのではないか?それならば何れ機会がありそうだ、と…」
「やっぱりそうか。誰が情報を流したかわかるか?」
「確証はありませんが、護衛についている騎士達は違うと思います。護衛騎士は人数が少なく、時間の許す限り交代で回してついております。1日足りとも休んだ者さえおりません。ですので、時間に余裕のある、配膳のメイドの誰かかと…」
「調べろ。護衛の人数が足りなくなるようであれば俺が直接皇帝に調べるように言ってもいい。」
「では、川端様にお願いしたく思います。鈴木様についている護衛が1人では食事も取れませんので、そちらに2人。こちらの護衛は実質6人です。そこに人数を割くと護衛に不備が出る可能性があります。」
「わかった。俺が直接調べさせるよう皇帝に言おう。」
「よろしくお願いします。」












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