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第168話 制裁
しおりを挟む抱擁が終わり、私はそのままあっくんの隣に座った。
絢音の事を話しておかなければ。
「あっくんにお願いがあるの。」
「なに?どんなこと?」
「絢音のことなの。」
「絢音がどうかしたの?」
「絢音にもこれから自衛のために魔法を使えるようになってもらわないといけないでしょ?」
「そうだけど、絢音はできそうなの?」
「絢音は目が見えてなかった。だからアニメも本を読むことも知らないと思うの。点字をマスターしてれば本は読んでたかもしれないけど、絢音はピアノ一本。それしかできないって自分でも言うくらいなの。それに見合う実力者でもある。多分地球では神童と言われるような子だったはず。」
「そんなにっ!?」
あっくんはわかりやすく驚いた。
「うん。絢音の実力がどれくらいなのか、ピアノが来るまでわからなかったの。私はクラシックをあまり知らないんだけど、難しいって有名だった曲をピアノが届く前に絢音に弾けるか聞いたら、簡単だったって言ったの。
ずっと弾いてないから弾けなくなってるかもって悲しそうに……9歳の男の子の小さな手でそれを簡単と言い切る腕前の絢音に、一体どれほどピアノに触れ合ってきたのかって思った。それほど実力があったなら、無理に点字を覚えさせるよりそっちで手に職を……って考えると思うの。」
あっくんは腕組みをし、考え込む。
「……確かに、点字は大人になってからでも覚えられると思う。でも、感性は習うものじゃない。幼い時の感性を育むために態とそっち関係に触れさせなかった可能性もあるね。」
それに、こくりと頷く。
「魔素のこと、魔力のこと、魔法のこと、わかりやすく説明したつもりだけど、絢音は全く意味がわかってない様子だった。何の知識も前情報もなかったらわからなくて当然。だったらまずは魔力を感じてもらうところからだなと思って、絢音に魔力を流したんだけど……できなかったの。」
「できない??どういうこと?」
「わからない。少しも魔力が流れている感覚がなかった。絢音の魔力を感じることもなく、なんなら私の魔力が霧散しているような感じだったの。だからあっくんにもやってみてほしくて…」
「ちょっと待って!しーちゃんにできないのに俺ができるわけないよね?」
慌て始めるあっくんに、首を横に振る。
「そんなことない。もしかしたら私の気や魔力が合わない可能性もあるし、私が持たない因子を持ってるあっくんならできるかもしれないでしょ?」
「やるのは全然構わないけど……因子の違いならしーちゃんが香織さんや優汰に流せることもおかしくならない?」
「そうなんだけど、色々考えても全くわからなかったの。」
「気が合わない可能性もあるのか…」
「うん。」
「やってみるしかないね。」
「あとね、土魔法で何ができると思う?」
これも問題だった。
「土で?俺みたいに弾丸作ったり、足元の土を揺らして相手ごと飲み込んだり、壁を作って閉じ込めたり?」
「うん。そうだよね。私もそう思った。じゃあその土どこにあるの?」
「どこにあるって……そんなの地面に……あっ!!」
あっくんもそこまでは考えていなかったみたいだ。
「そうなの。建物の中に土はない。それでどうやって自衛するの?これも答えは出なかった。」
「俺もそれは考えてなかった。優汰と金谷さんは十中八九土因子だ。麗と香織さんに3人を守ってもらうのか?いや、負担が大きすぎる。とりあえず戻ってきたら最終確認のために優汰と香織さんに因子検査をしてもらおう。その後に絢音に魔力を流してみる。みんなのことはそこから考えていこう。はぁーー。問題が次から次へと…」
「みんなが魔法を使えるようになれば、やれることへの制限が外れる。今から制裁を加えに行けば、それはより効果的に働く材料になる。一緒に頑張ろう。」
「うん。」
そして昼食時、私達2人が戻り次第優汰とカオリンの因子検査を行い、その因子で何ができるか再度考えようとみんなに伝えた。
絢音のことはまだ言わない。
それを話すのはあっくんに魔力を流せるか確認してもらってからだ。
昼食が終わるとすぐに迎えが来た。
迎えに来たのは第一騎士団員が6人とギュンター。
ラルフとハンスに護衛としてついてもらい制裁の場へ案内される。
部屋の前へ辿り着いたが中には入れられず
「こちらの部屋になりますが、入室は皇帝陛下と御一緒にと思っております。皇帝陛下はすぐにいらっしゃいますので、到着するまで少々お待ちくださいませ。」
とギュンター。
私達が警戒して部屋の中に入らないとわかっての行動だろう。
ギュンターの言葉通り、皇帝は3分と経たずに護衛を引き連れ現れた。
「待たせた。では入ろうか。」
そう言われ、皇帝に続き部屋に入った。
入った部屋は想像していたよりも随分と小綺麗な部屋。
その部屋の中には、口枷をされ椅子に拘束された4人の異世界人の男。
全員があまり青くない肌だ。
下位貴族なんだろう。
皇帝は椅子に座り、私達は部屋の隅に待機する。
「これより、法を破り不貞を働いた者達への罰則を行う。この場に拘束されておる者達は、全員が不貞を働いた事実を認めた。罰則を行なってもらうのは、そこに控えている川端殿と紫愛殿だ。私が信を置き、直々に任命した2人だ。罰則に関することは全て彼等に従え。彼等の発語、成すことに異議を唱えることは私への異議と同義。口にするならば心せよ。そして、これから法を犯した者にはそれ相応の罰則が科される。それを庇うこともまた同じだ。この者達の様にな。」
皇帝は周りの騎士やメイド達へと首ごとぐるりと見回し、自分の言葉を強くアピールした。
「川端殿、紫愛殿。始めてくれ。」
皇帝の挨拶が終わり、あっくんと私は前へと進み出る。
あっくんの言っていた通り、皇帝はこれからは罪を許すつもりはないという雰囲気。
周りの第一騎士団員達に聞かせるために態と長々と喋っている。
この制裁はすぐに効果は出ない。
この場では足を氷漬けにさせるだけ。
でも、あっくんが言った通りだ。
ここで足を切り落とすのは簡単だけど、それだと一瞬で終わってしまう。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
その効果も瞬発性のみだ。
切り落とされるのを目撃していた騎士団員達も、自分事と捉える前に忘れ行くだろう。
でも、氷漬けにされた罪人が不安と緊張が続いているのを目撃し続けたら?
腐り行く皮膚の痛みで、もがき苦しみ続けていたら?
見ているだけでも必ず不安になってくる。
何が起こっているのか、本当に大丈夫なのか、明日は我が身なのではないか……
そうして、不安が最高潮になったところに足が落ちるんだ。
見ていない者は、もしかしたら信じないかもしれない。
でも、衝撃的な事実は例え伝え聞いた話だとしても心には残る。
遅効性の毒の方がずっと効果が持続するし、効果も高い。
“罪がバレた時が怖い”
そう思わせることが何より大切。
理由が何であれ、まずは法を犯さないために踏み留まるストッパーを作ること。
周りがしているから自分もしても平気だろう。
全員がこの気持ちならば現状は絶対に変えることはできない。不可能だ。
現状を短期間で180度変えたければ、過度な力を加えるしか方法はない。
その為に選ばれた今回の制裁という方法は最も簡単でわかりやすい。
恐怖という支配から、徐々に悪いことはしてはいけないという心理状態に持って行く。
「聞いていたな。俺達のすることに口出し無用。言い付けは遵守してもらう。もしそれが破られれば、破った者にも制裁を加える。できない者はここを去れ。」
あっくんは表情にも声にも温度がない。
室内はジワリジワリとあっくんの魔力が濃くなって行く。
ここに案内してきた第一騎士団員達もメイド達も動かない。あっくんの魔力への恐怖で動けないのかもしれないけど…
「いねぇな?では開始する。ギュンター、箱の用意は?」
「ここにございます。」
「それを罪人の前に運ばせろ。第一騎士団員達は罪人の上半身の拘束は解かず、口枷を取り罪人を立たせ、メイド達は左足のトラウザーズを太ももの半分辺りで切り離せ。靴も脱がせろ。素足を剥き出しにさせるんだ。」
騎士、メイド共に無言で指示に従う。
その間にあっくんは罪人達に
「罪人共、わかっているとは思うが一応言っておく。言葉を発する許可は与えない。1言でも発した場合、暴れた場合、お前達と不貞をした女と同じように指が1本ずつ失うことを覚悟しろ。」
あっくんの言葉を聞き、騎士達もメイド達も罪人達もピタッと動きが止まり、一気に表情が恐怖に染まった。
ラルフの元奥さんが指を切り落とされた事実を知らない人ばかりだったらしい。
これで言い訳を口にする可能性もなくなった。
「何を突っ立っている?早く準備をしろ。」
その言葉で再び慌ただしく動き出す騎士達とメイド達。
口枷を外されても罪人達は口を開かない。
無理矢理立たされて、ウッと呻く声は聞こえるけど、あっくんはそれには反応しない。
痛がる声を周りに聞かせるためだけに口枷は態と外させたんだろう。
誰1人口を開かないまま、すぐに準備は終わった。
「罪人達は左足を目の前の箱に入れろ。1人で難しければ騎士達は手伝え。」
箱は想像していたよりも高さがあった。
私の胸の下辺りの高さ。
罪人は4人。
全員の左足が箱に収まった。
「しーちゃん、出番だよ。膝下ギリギリまで箱の中に水を溜めて。それから水だけを凍らせてね。」
「はぁい!」
態とらしく明るく返事をし
あっくんの指示通り次々と実行する。
そのスピードに騎士達は目を丸くしている。
「流石しーちゃん!正確無比!素晴らしい出来映えだね!」
急にあっくんも明るく私を誉めだす。
2人してニコニコしながら会話をする。
罪人達は少しずつ呻き声を上げ始めていた。
「氷は自然に溶けるまで絶対に触れるな。溶けきるまで誰1人ここを離れることは許さない。完全に氷が溶けたらまた牢へ戻せ。」
騎士達とメイド達にそう言い、あっくんは身体を皇帝に向け頭を下げるので、私も慌ててあっくんと同じようにする。
「皇帝陛下、終わりましたので私達は下がらせていただきます。お時間が許されますなら、皇帝陛下には直に氷が溶け切るまで見届けていただきたく思いますが、如何でしょうか?」
「ああ、大義であった。川端殿と紫愛殿は部屋へ戻り休息をとるが良い。私もこの目で確認したいのでな。氷が溶け切るまでここを離れるつもりはない。」
「有り難いお言葉でございます。では、失礼いたします。」
あっくんは頭を上げると
「しーちゃん、行くよ。ラルフ!ハンス!戻るぞ。」
と、声をかけ4人で部屋から出た。
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