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第139話 嵐の夜に
しおりを挟む次の日、朝からみんなに魔力制御をして魔法の訓練をし、またお菓子を作った。
その夜、朝から降っていた雨が嵐の様に風も雨も強まり、雷も鳴りだしていた。
部屋には窓がなく、外の天気を窺い知ることは普段はできないが、荒れ狂う風に打ち付けるような雨音と鳴り響く雷の音で、私は日本の台風を思い浮かべていた。
その騒々しさに、今夜はなかなか寝付けないかもと辟易していると
コンコン
と、扉を叩く音が……聞こえた気がした。
みんなといつも通り夕食を食べ終えてそれぞれの部屋に戻ってからかなりの時間が経っている。
夜はそれぞれの部屋で寝ることになっていた。
出入り口は1箇所しかないし、護衛もいてくれる。警戒し過ぎて神経がすり減るくらいならゆっくりしようということになった。
こんな時間に誰かが訪れるのは余程の事。
外の気配を探ろうにも、台風の音で様子もわからない。
これでは扉は開けられない。
警戒心が高まっているところに
コンコン
と、今度は確かなノック音。
それからすぐに
「紫愛様、夜分に申し訳ありません。あの……地球の御方がいらしておりますが、いかがいたしましょうか?」
部屋の外には、夜でも交代で必ず護衛が2人は居る。
それはラルフの声だった。
少し迷うような声色。
それに“地球の御方”と言った。
ラルフは私達を必ず様付けで名前呼びをする。
もしかしてシューさんが来たはいいけど、名前を忘れたのかと首を傾げるが……
1人、名前がわからない人を思い出した。
もしかして部屋から出てきたの!?
慌てて扉に向かいソッと開ける。
やはり私の思った通り、美青年君がラルフの後ろに立っていた。
美青年君は私の顔を見るなり驚いた様子を見せ、右往左往している。
私の部屋を訪ねてきたのに、何で私の顔見て慌ててるの!?
この部屋に場所を移してから1度も部屋から出て来ようとしなかった美青年君が自ら出てくるなんてよっぽどのナニカがあったはず!
怖がらせないように!
安心できるように!
「わざわざ来てくれてありがとう。どうしたの?私に何かお話しがあったの?」
美青年君は私の言葉に俯き身体を縮こまらせ固まってしまった。
怖がらせちゃった!?
とっても優しく微笑みながら言ったつもりだったんだけど!!
あっ!!!色!色の確認を!
兎に角この人は目が合わない。
目が見れなければ少しの情報も得られない!
慌てて色を確認してみると、濃いグレー。
多分、ものすごく不安なんだ…
「少し、私とお話ししない?私のお部屋にはお菓子もジュースもあるよ?一緒に中に入ろう?」
下から顔を覗き込みながら、手を差し出す。
“お菓子”と私が口にした時、僅かに色がオレンジ色になった。
ん?お菓子のワードに反応した?
響きに?
じっと待っていると、恐る恐る私の手にその手を重ねてくれた。
「私の作ったお菓子があるの。食べながら話そう。」
重ねられた手をそっと優しく握り立ち上がる。
美青年君の後ろで待機してくれているラルフに「大丈夫。私に任せて。ラルフはそのまま護衛お願い」と小声で言うと「畏まりました」と小声で返してくれたラルフに頷き返し、部屋の中に入った。
「ここに座って待っていてくれる?今ジュースとお菓子を持ってくるからね。」
手を引き4人掛けのソファに案内する。
美青年君はオズオズと座った。
お菓子の言葉に反応が見えたから、どうしてもお菓子お菓子と連呼してしまう。
シロップ漬けした蜜柑のシロップをコップに注ぎ、氷を浮かばせ甘さを調整する。
お菓子をお皿に並べ美青年君に持っていく。
私は机を挟んで美青年君とは反対側のソファに座った。
「お待たせ。一緒に食べよう。えっとね、これが甘いクッキーで、こっちは飴がけのナッツ。私が好きなのはこっちのパウンドケーキ。これはそんなに甘くないよ。」
指を指しながら、それぞれどんな味か、美青年君の反応を見ながら簡単に説明していく。
パウンドケーキは今日新たに作ってきた物だ。
私の作ったお菓子は見た目も味もとても素朴で、見た目だけでは味の判断がつかない。
説明している間、美青年君をチラチラお菓子を見るけど…なぜか悲しげな表情を浮かべている。
色はコバルトブルー。
予想と違って、見た目が美味しくなさそうだから?
想像していたお菓子と違ったから?
どうして悲しいの?
「食べてもいいんだよ?全部食べて、どれが好きか教えて?あ、美味しくなさそうに見える?食べるのが怖かったら、私が最初に食べるね。」
そう言って、1つずつ口にしながら
「サクサク甘くて美味しいよ。」
「これはナッツに飴をかけて固めたの。」
「これはふんわり甘いんだよ。」
と教えていく。
そんな私をじっと見つめている美青年君。
相変わらずグレーのまま。
それでも、ゆっくり、甘いメレンゲクッキーに手を伸ばし、食べてくれた。
食べた瞬間オレンジ色になる。
喜んでる。
美味しいってことだよね?
今度は飴がけのナッツを手に取り食べる。
次は黄色になった。
今度はパウンドケーキに手を伸ばし、食べる。
またオレンジ色。
「美味しい?」
反応は返ってこない。
色は黄緑色。
「甘い物が好きなのかな?」
相変わらず無反応だけれど、色が肌色に近いピンクに変わった。
多分、甘い物が好きなんだ。
「私も甘い物が好きなんだよ。一緒だね。」
ニッコリしながら言うと、ずっと怯えていたり無反応だった彼が、ほんの少し。
ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
そう思った瞬間
ドガーンッと、身体の芯に響くような雷が落ちた。
彼は雷が落ちる音と共に床に這いつくばり頭を抱えて震えていた。
色はすぐにグレーになってしまった。
遠くの方ではまだゴロゴロと雷が鳴っているのが聞こえている。
この……怖がり方は…………見覚えがある…
「もしかして、雷が怖くて会いに来てくれたの?」
蹲る彼に近付き、私の気配に少し顔を上げた彼に手を伸ばそうとしたらビクッと大きく驚かれ、そのまま、先程よりも更に強く頭を抱えてしまった。
色は真っ黒。
恐怖……だよね?
「ごめんね。これ以上近付かないから。」
咄嗟に1歩下がる。
彼は私を怖がっている。
最初に繭から出てきた時は私の声に反応してくれていたのに、今は私に対し身体が恐怖で強張っている。
何で?どうして………あ………………
ああ、そうだった。
彼と最後に会ったのは…
彼が私を最後に見たのは…
皇帝に怒鳴り散らしていた私の姿だ。
怒りに任せ、実際にヴェルナーを取り押さえ剣まで向けて脅すのも見せてしまった。
そんな人間が近寄ってきたら怖いに決まってる。
そして、私は気がついた。
どうして今まで気がついてあげられなかったのか、思い至れなかったのか、激しい自己嫌悪に陥った。
私やあっくんや麗と同じだっただけなんだ…
繭の中で死んでいるかもしれないとすら思っていたのに!
そこまで考えていたのに!
見た目と言葉への反応の無さと、怯え方に全てが吹き飛んでしまっていた…
彼は言葉を理解している。
お菓子の言葉に反応したのも、お菓子を食べて薄く微笑んでくれたのも、雷の大きな音に怖がるのも、私のことが怖いのにそばにいたのも……
気がついてしまえば、その全てが腑に落ちる。
この世界に連れてこられてから…
彼は心を閉ざしてしまっている
なんとか心を開いてほしい
私に守らせてほしい
一人で震えなくても大丈夫なんだと感じてほしい
それには何かキッカケが必要だ。
とても大きなキッカケが…………
私の真実を曝け出さなければ
彼からの信頼は絶対に得られない。
私は賭けに出ることを心に決めた。
1人で震えている彼のために
たった1人で孤独と闘ってきた幼い彼のために。
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