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第125話 ラルフの治療④
しおりを挟むずっと俯いたままだった顔がバッとあげられ、ラルフと目が合う。
「あ、あのっ!今日は!手を!手に…触れる、だけだと…」
どんどん尻すぼみになっていく声。
「私が怖い?」
「……………………………いいえ。」
「私から触れられるのが怖かったら、ラルフが私を抱きしめて?」
「そんなっ!そんなことできません!!」
「じゃあ私からしてもいい?」
「あ…でも………あの………………でも……」
ラルフは迷ってる。
私はラルフの手を握ったまま立ち上がり、足を開いて座っているラルフの膝の間に立つ。
「嫌になったり、怖くなったりしたら我慢しないですぐ言ってね。」
そっとラルフの手を離し、息を呑み硬直しているラルフを怖がらせないように、ゆっくりゆっくり身体を近づけていく。
やがてラルフの顔が私の肩に触れる。
「怖くない?」
ほとんどゼロ距離だ。
ラルフは硬直したまま。
反応はない。
「腕、回してもいい?」
かなりの時間そのまま待っていると、ラルフが小さく頷いてくれた。
ゆっくり腕を回し、私の腕の中にラルフが収まった。
「大丈夫?平気そう?」
今度はすぐに頷いてくれる。
「ラルフも私の背中に手を回して。」
今度は首を左右に振る。
駄目か…
「じゃあラルフの分も、私がもっとぎゅっとするね。」
そう言って、腕の中で包んでいたラルフをぎゅーっと抱きしめる。
「こうやって、誰かに抱きしめてもらったり、誰かを抱きしめたりしたことある?」
ラルフは首を横に振る。
「温かくない?」
「………………………温かい、です。」
返事が返ってきた!
「そうだよ、人って温かいの。ねぇ、ラルフ。生きるのが怖い?」
「っっ!どうして………」
身体をビクッとさせ、蚊の鳴くような声で呟く。
さっきラルフが唯一答えてくれなかった質問は、多分生きるのが辛いということ。
逃れられない現実からの本当の意味での解放は死だけだ。
でも、死ぬのは怖い。
誰だって怖いだろう。
だから願ってしまう。
できるだけ早く死ねますようにと。
「ラルフが頑張り屋さんで良かった。死ぬことを選ぶ勇気が持てなくて良かった。おかげで今、こうしてラルフと出会えたんだよ。頑張ったね、ラルフ。今までずっと苦しくて辛かったのに、1人で、1人きりでずっと不安だったよね。」
ラルフは私の腕の中で震えている。
「頑張っても頑張っても誰も認めてくれない。もっと頑張れと言われるだけ。近寄ってくる女達も、誰もラルフを見てくれない。必要とされていると思えない。心がどんどん擦り減って、生きている現実がどんどん苦痛で歪んでいく。そんな気持ちが、私にはよくわかるよ。」
ラルフの顔が私の肩に、ほんの少し預けられる。
「でもね、そこから助けてくれるのも……やっぱり人間なんだよ。凄く凄く頑張ったね。間に合って良かった。生きていてくれてありがとう。」
これはラルフに言っているというより、嘗ての自分自身が言われたかった言葉だなと自嘲しそうになった。
ラルフは泣いた。
泣きすぎて息ができなくなるほどに。
さっきは腕を回すことも拒否していたけれど、今はしっかり私の背中にある。
ラルフはどれほど辛かっただろう。
私は大切な人達を人質にとられ、仕方なく生きていただけだった。
でも、途中で子供達という希望ができた。
子供達を守っていくという人生の目標も。
生きる意味すらも。
でも、ラルフにそれはない。
希望もなく、誰も味方と思える人がいない中でよくここまで耐えたと本当に思う。
ラルフは1時間以上涙が止まらなかった。
ようやく涙が止まると、ラルフはボーッとしていた。
そりゃあれだけ泣けば疲れるよね。
「ラルフ、今日はここで休みなよ。」
「い、いえ!私には護衛の任務がございます!」
「そんなに疲れきってボーッとされてたら迷惑!休める時はしっかり休む!それに、その顔じゃ外には出られないし、見られたくもないよね?」
ラルフの黄色の瞳がわからないほど目は充血して真っ赤なうえに、目が半分も開いてない。
まるで優汰にブスと言われた時の私みたいだ。
慌てて鏡を確認し、ラルフは絶望の表情を浮かべた。
「ね?だから今日はお休み!」
「申し訳ありません。」
「いいのいいのっ!」
「あの…紫愛様、本当にありがとうございました。」
「私は話を聞いただけだから。ラルフが少しでも楽になったんなら良かったよ!」
「あの…お願いが……いえ、なんでもありません。」
「途中でやめるのはナシだよ!気になって仕方ないでしょ!」
「……私から紫愛様を、抱きしめさせていただきたいのです!」
「なんだそんなこと?いいよ!はい!」
ラルフに1歩近づく。
「…本当によろしいのですか?」
「???だってさっき、ほんとは私に近寄られるの嫌だったのに我慢してたでしょ?」
「いえ!嫌ではなかったんです!本当に!…ただ、自分の反応が自分でも怖かったのです。」
「なら、ラルフから触れたいって思えるのって進歩だよね?抱きしめられる経験をして、人を抱きしめてみたいって思えたんでしょ?凄いことだと思うよ!だから、はい、どうぞ。」
「では、しっ…失礼いたします。」
ラルフからの初めてのハグは、とーってもソフトだった。
「ラルフ?もっと力入れてもいいんだよ?」
「その…紫愛様が、思った以上に、細くてお小さいので、折れてしまいそうで…」
「あはは!ないない!大丈夫だよ。もし苦しかったら言うし。」
「はっ、はい!」
そうして、やっとまともなハグになった。
さっきのラルフは私に抱きついてたってより、私の背中のTシャツ掴んでたからなぁ。
もうこのTシャツは伸び伸びで着れまい。
ラルフは私からそーっと離れ
「ありがとうございました。」
と言った。
「うん!今日はゆっくり休んで明日からまたよろしくね!」
「はい!」
カーテンの向こうに行き
「あっくん、お待たせ!ラルフに今日この部屋貸してあげて。今から私の部屋に行こう。」
と言い、あっくんを引っ張り私の部屋に移動した。
そう!
今からはあっくんを宥める仕事が待っているのだ。
鬼の形相をしているあっくんを…
こんな顔してるあっくんをラルフには見せられないから有無を言わさず連れて出てしまった。
部屋に着くなりあっくんは
「しーちゃん、最後のハグはいらなかったんじゃないかな?」
と、ニコニコしている。
それ余計に怖いからっ!!!
「どう考えても必要だったでしょ!」
「それなら俺が相手でも良かったでしょ!」
なーにを言ってんだ!?
「んなわけない!相手が女だから意味があるんでしょ?」
「俺はそうは思わなかった!」
「私は必要だと思ったの!ラルフは私にちゃんと許可求めたでしょ!もうあっくんとも私が必要だと思った時しかハグしないから!勝手にしたら許さないからね!」
「そんなっ!!!」
「ほら!許可取らずにしてる自覚あるんでしょ!?もう勝手にしないでよ!」
「しーちゃん!ごめん!もう言わないから!」
「あっくんさぁ、取られると思って不安なのはわかるけど、私は物じゃないんだよ?お気に入りのオモチャみたいに考えられたら困る!」
「うん、ごめん。」
ショボクレるあっくん。
はぁぁぁー私疲れてるんだけど…
「まぁ、あーんなに怖い顔してても邪魔せず我慢してたのは偉かったね!」
これ、完全に子供に言うセリフだな。
「うん!俺ちゃんと我慢した!」
あっくんニコニコ。何この対比。
「あはははははははっ!あっくんてばほんとに子供みたい!」
「子供!?」
「表情変わり過ぎ!あははは!」
私が爆笑している最中にあっくんがボソッと「しーちゃんが笑ってくれるなら子供でもいいや。」そう呟いたのは私の耳には入らなかった。
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