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第72話 自己紹介 川端亜門
しおりを挟む最初の話通り私の自己紹介は割愛され、あっくんの番になった。
「川端亜門。39歳。元軍人で今は彫り師です。」
気がつけば私はいつもあっくんかカオリンと一緒だから、あんまり知らないことはないだろうなと思っていた。カオリンの歳は衝撃だったけれど、そこまで重要なことではないし。
「川端君は何で軍に入ろうと思ったのかしら?」
「俺は軍に入る前は自衛隊にいたんだ。陸上自衛隊に入ってたんだけど、特殊作戦群にスカウトされてそこに入った。」
「スカウト?日本の自衛隊でそんなことあるの?」
「あんまり知られてはいないけどね、直のスカウトもあるんだよ。俺は最低限のラインはクリアしてたから声がかかったんだと思う。」
「最低限て?」
「まずは言葉だね。必修は英語。その他にもロシア語、アラビア語、中国語、韓国語、フランス語など第二外国語は何れかが必要。俺は最初から英語とアラビア語できたからね。喋るだけならフランス語もいけるよ。まぁ、あとは頭脳と実力と信用かな?並外れた体力と筋力に目つけられた感じ。それとじぃちゃんがかなりお偉いさんで伝説的な人だったから、その孫って目で見られてたこともある。」
「スカウト受けるってことはあっくんの実力評価されたからでしょ!それが何で軍に行こうってなったの?」
「うーん、1言で言えばつまらなかったから。」
「つまらないって何が?」
評価を受けてたのにつまらないと言う意味がわからなかった。
「特殊作戦群にいても、実力落とさない様にって訓練ばっかだったのよ。重要な任務ってそんなに頻繁にあるわけじゃないし、いざって時に役立たずじゃ話にならないからってのもわかるんだけどさ、そのやらされる訓練も俺にはヌルかった。そんな時米軍との合同訓練があってさ、その訓練に来るのって下っ端の女性ばっかなの。それなのに実力半端なくて、それを目にしてこれだ!って思ったんだよ。今思えば日本と違って実際に戦争に行くんだからヌルい訓練なんてするわけない。そんなことすれば死に直結だから。でも俺なら活躍できる役に立てるって思って、じぃちゃんにどうしたらいいか聞きに行った。幸い俺アメリカ国籍持ってたからじぃちゃんに口利きしてもらって軍の下っ端に入れてもらえたんだ。じぃちゃんには相当反対されたけどね。俺は聞く耳持たなかった。軍には5年いたけど身も心もボロボロで、最後はじぃちゃんが迎えに来てくれて退役して、彫り師になった。」
つまり、もっと評価されたかったってこと?承認欲求が強いのかな?
「ねぇ、あっくんて日本人じゃないの?何で英語アラビア語フランス語話せてアメリカ国籍持ってるの?」
「俺の母親が日本人とアラブ系アメリカ人のハーフだったんだよ。だから小さい頃から喋れる様になった。母親がアメリカ国籍持ってたから俺もある。だから俺は純日本人じゃなくてクォーター。」
知らないことばっかりだった。
どうりで全てが日本人離れしているはずだ。
空いた口が塞がらず間抜けヅラを晒し続ける私に、心配そうな顔を向けながら「しーちゃん?」と話しかけられるが、何を話していいかわからない。
私の代わりに口を開いたのはカオリンだった。
「それじゃあ川端君は軍にいる時楽しかったと思うことはあった?」
「日本じゃ自分の武器を持って手入れしたりすることはあんまりなくて、主には下っ端の仕事だったんだ。当然特殊作戦群は違うけど、俺の場合素手での戦闘評価が高くてね。軍に入って自分の武器はどんなに偉くなっても自分で手入れできることが嬉しかったかな。バラして掃除して磨いてってやるのが楽しかった。」
「日本に戻ってからの彫り師の仕事はどうだったの?」
「有難いことに客はすぐについたから困ることはなかった。図案考えるのは楽しかったし、人に彫らせてもらえるのも光栄だった。一生モノを任されるってことだからね。」
「それじゃあ、充実していたのね。」
「そこに至るまでには色々あったけど、概ね充実してたね。」
「これからのことは何か考えているのかしら?」
カオリンのその1言に、あっくんの纏う空気も表情も変わった。
「俺は地球に戻りたい。ここには大切なモノは何もない。だからこれからその方法を探すつもりだ。戻りたいと思っている人がいたら一緒にその方法を探そう。勿論全員揃って戻ろうなんて言わない。残りたいやつは残ればいい。でもこれだけは言わせてくれ。それが異世界人だろうが地球人だろうが邪魔するやつは容赦しない。敵と見做す。」
あっくんはそう言って魔力を漲らせた。
私以外には感知できないだろうそれは、確かに此処にいるみんなに届いたのだろう、全員顔が蒼白になっている。本能で感じたのだ。邪魔立てしたらどうなるか。
「俺の話は以上だ。」
ふっと空気が緩んだ。
あっくんが魔力を霧散させたのだ。
みんなが息を吐く。
その重い空気のまま解散となった。
私の心の中は申し訳なさと情けなさでいっぱいだった。
あっくんの自己紹介はカオリンによって話が進められ、最後はみんなを脅す形だった。きっと2人の計画の内。戻りたい私の為にとった行動だろう。
私に力がないから、あっくんが実力行使に出たのだ。
私がそうさせてしまった。
心が澱んでいく。
「しーちゃん?」
「紫愛ちゃん大丈夫?」
2人に心配をかけてしまった。つくづく私は駄目だ。
「あ、ごめんね。あっくんがクォーターだって気がつかなかったよ!衝撃の事実だね!あはは。」
「しーちゃん、ちょっとこっちおいで。香織さんも。」
「ええ、紫愛ちゃん行きましょう。」
そしていつもの部屋の隅に3人で向かった。
「しーちゃん本当にどうしたの?何かあったんなら話して。それとも俺達には話せないこと?」
「そうよ、話せるなら話す。相談できることは相談する。優汰君にも言ってたじゃない?」
2人の顔は心配の色が濃い。
今のままでは駄目だ。
「2人とも、私が地球に帰りたいって言ったからあんな風にみんなを脅したんでしょう?私は自分のことしか考えてないのに…私に力がないせいであっくんに「それは違うよ。俺達も帰りたいんだ。それに、脅したのは牽制の為でもあるんだ。」
「牽制?」
「あのね、金谷君はまだちょっと判断できないけれど、シューさんはかなり危ないと思うのよ。あの人は自分の目的の為に手段を選ばないわ。閉じ込められた今の状況でさえ、地球に戻ることはないと断言する様な人よ。ここに連れて来られて喜んでさえいる狂人だわ。他人のことなんて何とも思っていない、自分の研究の為になるのなら平気で私達を売るわね。それを隠そうともしていないのよ。これは紫愛ちゃんの為だけではない。私達の身を守るためだったのよ。だから気に病むことはないわ。」
「そうだよ。しーちゃんも薄々は感じてると思うけど、ヤツは自分は頭が良くて誰も理解できない神の様な存在だとでも思ってるんだ。牽制にすぎない脅しでも、やらないよりはやった方がいいと思っての判断だよ。」
2人のシューさんの考察はかなり辛辣だった。
「私もシューさんとは理解し合えるとは思えなかったけど、そこまで?」
「そこまで、だよ。戦場にもいたんだ。ヤツのような狂人が。頭がイかれてるとしか思えないようなヤツが。でもそいつは戦場では正しく神だった。場所が違えば立場は変わる。ここを出た時に、ヤツが神として崇められるような環境だったら?俺らを利用しようとしたり売ろうとしたりした時に、さっきの脅しを思い出して一瞬の躊躇いが生まれるかもしれない。そして、それがヤツの命取りになるかもしれない。逆に俺らにとってはそれが救いになるかもしれない。そんな希望的なモノでしかないけどね。でも、やらないよりはいい。違う?」
戦場に行っていたあっくんがここまで言うということは、本当に危険だと感じているということだ。
「違わない。2人ともありがとう。私の考えが甘かった。同じ地球人だからってどこかで思ってたかもしれない。」
「これは単に場数の問題だよ。利用しようとする人間とそれなりに修羅場を潜って来ないと身に付かないことだと思うから大丈夫。」
「そうよぉー。そんなこと身に付けなくても私と川端君がいるんだから!本当に最低な気持ちになるから紫愛ちゃんには体験させたくないわ!」
「しーちゃん、1つだけ約束して。これから如何なる理由があってもシューには絶対1人では会わないこと。守りたくても守りきれなくなる。」
「2人に約束します。絶対1人では近づかない!」
人生経験豊かな2人がここまで言うのだ。
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