水と言霊と

みぃうめ

文字の大きさ
上 下
72 / 345

第72話    自己紹介 川端亜門

しおりを挟む



 最初の話通り私の自己紹介は割愛され、あっくんの番になった。

「川端亜門。39歳。元軍人で今は彫り師です。」

 気がつけば私はいつもあっくんかカオリンと一緒だから、あんまり知らないことはないだろうなと思っていた。カオリンの歳は衝撃だったけれど、そこまで重要なことではないし。

「川端君は何で軍に入ろうと思ったのかしら?」
「俺は軍に入る前は自衛隊にいたんだ。陸上自衛隊に入ってたんだけど、特殊作戦群にスカウトされてそこに入った。」
「スカウト?日本の自衛隊でそんなことあるの?」
「あんまり知られてはいないけどね、直のスカウトもあるんだよ。俺は最低限のラインはクリアしてたから声がかかったんだと思う。」
「最低限て?」
「まずは言葉だね。必修は英語。その他にもロシア語、アラビア語、中国語、韓国語、フランス語など第二外国語は何れかが必要。俺は最初から英語とアラビア語できたからね。喋るだけならフランス語もいけるよ。まぁ、あとは頭脳と実力と信用かな?並外れた体力と筋力に目つけられた感じ。それとじぃちゃんがかなりお偉いさんで伝説的な人だったから、その孫って目で見られてたこともある。」
「スカウト受けるってことはあっくんの実力評価されたからでしょ!それが何で軍に行こうってなったの?」
「うーん、1言で言えばつまらなかったから。」
「つまらないって何が?」

 評価を受けてたのにつまらないと言う意味がわからなかった。

「特殊作戦群にいても、実力落とさない様にって訓練ばっかだったのよ。重要な任務ってそんなに頻繁にあるわけじゃないし、いざって時に役立たずじゃ話にならないからってのもわかるんだけどさ、そのやらされる訓練も俺にはヌルかった。そんな時米軍との合同訓練があってさ、その訓練に来るのって下っ端の女性ばっかなの。それなのに実力半端なくて、それを目にしてこれだ!って思ったんだよ。今思えば日本と違って実際に戦争に行くんだからヌルい訓練なんてするわけない。そんなことすれば死に直結だから。でも俺なら活躍できる役に立てるって思って、じぃちゃんにどうしたらいいか聞きに行った。幸い俺アメリカ国籍持ってたからじぃちゃんに口利きしてもらって軍の下っ端に入れてもらえたんだ。じぃちゃんには相当反対されたけどね。俺は聞く耳持たなかった。軍には5年いたけど身も心もボロボロで、最後はじぃちゃんが迎えに来てくれて退役して、彫り師になった。」

 つまり、もっと評価されたかったってこと?承認欲求が強いのかな?

「ねぇ、あっくんて日本人じゃないの?何で英語アラビア語フランス語話せてアメリカ国籍持ってるの?」
「俺の母親が日本人とアラブ系アメリカ人のハーフだったんだよ。だから小さい頃から喋れる様になった。母親がアメリカ国籍持ってたから俺もある。だから俺は純日本人じゃなくてクォーター。」

 知らないことばっかりだった。

 どうりで全てが日本人離れしているはずだ。
 空いた口が塞がらず間抜けヅラを晒し続ける私に、心配そうな顔を向けながら「しーちゃん?」と話しかけられるが、何を話していいかわからない。
 私の代わりに口を開いたのはカオリンだった。

「それじゃあ川端君は軍にいる時楽しかったと思うことはあった?」
「日本じゃ自分の武器を持って手入れしたりすることはあんまりなくて、主には下っ端の仕事だったんだ。当然特殊作戦群は違うけど、俺の場合素手での戦闘評価が高くてね。軍に入って自分の武器はどんなに偉くなっても自分で手入れできることが嬉しかったかな。バラして掃除して磨いてってやるのが楽しかった。」
「日本に戻ってからの彫り師の仕事はどうだったの?」
「有難いことに客はすぐについたから困ることはなかった。図案考えるのは楽しかったし、人に彫らせてもらえるのも光栄だった。一生モノを任されるってことだからね。」
「それじゃあ、充実していたのね。」
「そこに至るまでには色々あったけど、概ね充実してたね。」
「これからのことは何か考えているのかしら?」

 カオリンのその1言に、あっくんの纏う空気も表情も変わった。

「俺は地球に戻りたい。ここには大切なモノは何もない。だからこれからその方法を探すつもりだ。戻りたいと思っている人がいたら一緒にその方法を探そう。勿論全員揃って戻ろうなんて言わない。残りたいやつは残ればいい。でもこれだけは言わせてくれ。それが異世界人だろうが地球人だろうが邪魔するやつは容赦しない。敵と見做す。」

 あっくんはそう言って魔力を漲らせた。
 私以外には感知できないだろうそれは、確かに此処にいるみんなに届いたのだろう、全員顔が蒼白になっている。本能で感じたのだ。邪魔立てしたらどうなるか。

「俺の話は以上だ。」

 ふっと空気が緩んだ。
 あっくんが魔力を霧散させたのだ。
 みんなが息を吐く。
 その重い空気のまま解散となった。

 私の心の中は申し訳なさと情けなさでいっぱいだった。
 あっくんの自己紹介はカオリンによって話が進められ、最後はみんなを脅す形だった。きっと2人の計画の内。戻りたい私の為にとった行動だろう。
 私に力がないから、あっくんが実力行使に出たのだ。
 私がそうさせてしまった。
 心が澱んでいく。

「しーちゃん?」
「紫愛ちゃん大丈夫?」

 2人に心配をかけてしまった。つくづく私は駄目だ。

「あ、ごめんね。あっくんがクォーターだって気がつかなかったよ!衝撃の事実だね!あはは。」
「しーちゃん、ちょっとこっちおいで。香織さんも。」
「ええ、紫愛ちゃん行きましょう。」

 そしていつもの部屋の隅に3人で向かった。


「しーちゃん本当にどうしたの?何かあったんなら話して。それとも俺達には話せないこと?」
「そうよ、話せるなら話す。相談できることは相談する。優汰君にも言ってたじゃない?」

 2人の顔は心配の色が濃い。
 今のままでは駄目だ。

「2人とも、私が地球に帰りたいって言ったからあんな風にみんなを脅したんでしょう?私は自分のことしか考えてないのに…私に力がないせいであっくんに「それは違うよ。俺達も帰りたいんだ。それに、脅したのは牽制の為でもあるんだ。」
「牽制?」
「あのね、金谷君はまだちょっと判断できないけれど、シューさんはかなり危ないと思うのよ。あの人は自分の目的の為に手段を選ばないわ。閉じ込められた今の状況でさえ、地球に戻ることはないと断言する様な人よ。ここに連れて来られて喜んでさえいる狂人だわ。他人のことなんて何とも思っていない、自分の研究の為になるのなら平気で私達を売るわね。それを隠そうともしていないのよ。これは紫愛ちゃんの為だけではない。私達の身を守るためだったのよ。だから気に病むことはないわ。」
「そうだよ。しーちゃんも薄々は感じてると思うけど、ヤツは自分は頭が良くて誰も理解できない神の様な存在だとでも思ってるんだ。牽制にすぎない脅しでも、やらないよりはやった方がいいと思っての判断だよ。」

 2人のシューさんの考察はかなり辛辣だった。

「私もシューさんとは理解し合えるとは思えなかったけど、そこまで?」
「そこまで、だよ。戦場にもいたんだ。ヤツのような狂人が。頭がイかれてるとしか思えないようなヤツが。でもそいつは戦場では正しく神だった。場所が違えば立場は変わる。ここを出た時に、ヤツが神として崇められるような環境だったら?俺らを利用しようとしたり売ろうとしたりした時に、さっきの脅しを思い出して一瞬の躊躇いが生まれるかもしれない。そして、それがヤツの命取りになるかもしれない。逆に俺らにとってはそれが救いになるかもしれない。そんな希望的なモノでしかないけどね。でも、やらないよりはいい。違う?」

 戦場に行っていたあっくんがここまで言うということは、本当に危険だと感じているということだ。

「違わない。2人ともありがとう。私の考えが甘かった。同じ地球人だからってどこかで思ってたかもしれない。」
「これは単に場数の問題だよ。利用しようとする人間とそれなりに修羅場を潜って来ないと身に付かないことだと思うから大丈夫。」
「そうよぉー。そんなこと身に付けなくても私と川端君がいるんだから!本当に最低な気持ちになるから紫愛ちゃんには体験させたくないわ!」
「しーちゃん、1つだけ約束して。これから如何なる理由があってもシューには絶対1人では会わないこと。守りたくても守りきれなくなる。」
「2人に約束します。絶対1人では近づかない!」




 人生経験豊かな2人がここまで言うのだ。
 狭い世界でしか生きてこなかった私には判断できないだろう。

 ここまで言わせる程の狂気を孕んだ人間
 父親のことを思い出す
 ヤツも正に狂人だった


 いつか対峙する未来がくる

 そんな嫌な予感が頭から離れなかった














しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...