水と言霊と

みぃうめ

文字の大きさ
上 下
4 / 346

第4話    私の人生④

しおりを挟む


 私は常々疑問であった。
 ある時親方に

「どうしてここまで私に良くしてくれるのか。親方も先生もメリットなんて1つもなく、むしろデメリットしかないだろう。」

 と聞いたことがある。

 以前、家族だと言われたが、私には家族の印象は実家しかないのだ。正直、親方の言っていることはどれもピンと来ていなかった。



「俺は千早に良くしてやろうと思ったことは1度もねぇよ。」

 と言われ、じゃあ私への今までの態度は何かと困惑した。

「俺は普通に接してきただけだ。俺んとこに来たのが千早じゃなくても同じだ。お前だけに特別優しくしてるわけじゃねぇ。俺にとってはこれが普通だ。」

 なるほど。
 これが親方にとっての普通ならば私が何と思おうとも不思議なことではないのだろう。
 やっと納得のいく答えがもらえた。
 そう思っていると、親方が喋りだす。

「千早、お前さ、普通てもんがわかんねーだろ?今もメリットデメリット抜かしてやがるからな。お前の家のことも少しは聞いてるよ。そこでは人を思いやらないことが普通だったんだろ?暴力も普通か?じゃここはどこだ?俺んちだ。じゃ普通は誰が決めるんだ?俺だよ。お前の父親は俺見たら、可笑しいんじゃねって笑うかもな。お前の父親の普通には当てはまんねぇだろうからよ。でもよ、俺からするとお前の父親はハッキリ言って異常だよ。我が子を日常的に殴って何も思わねーやつなんて親でもなんでもねぇ。ただのバケモンだ。暴言だってそうだ。千早が悪いこと何もしてねぇのに暴言吐きまくってたんなら、それはもうただの八つ当たりだ。ただの憂さ晴らしなんだよ。」

 では、普通とは一体何なのか。
 実家が異常だったというのは薄々感じてはいた。
 だが今まで親方が言う異常な場所が私の普通だったのだ。
 反応に困っている私に親方は話し続ける。

「千早はここに来てから誰かに意味もなく殴られたことがあるか?自分が悪いこと何もしてないのに日常的に暴言吐かれたりしたことあるか?ねぇだろ?これは俺だけの特別ルールじゃねぇぞ。普通ですらない。これは世間一般的な常識だ。最低限の守るべきルールだ。今まで遠回しにお前の父親のこと言ってきたけどよぉ、千早が全然気付いてないから俺がハッキリ言ってやる。お前の父親がやってたことはな、犯罪なんだよ。お上に知られりゃ逮捕されんだよ。千早はそれすら知らねぇ。何も知らねぇ奴には何やっても良いのか?違うだろうが!!!それを教えて育てていくのが親なんだよ。お前の父親は犯罪者だ。あそこでの生活はもう忘れろ。これからやっと普通と言われる常識的な生活していくんだ。もっと頼って来い。前にも言っただろ?俺たちはもう家族だ。ここにいるやつらはみんな千早の味方だ。安心して守られてりゃ良いんだよ。」


 今まで私を傷つけまいと、父親のことには触れないでいてくれてたんだ。いつまでも気がつかない私のために教えてくれた。怒ってくれたんだ。
 私を守ると、頼れと言ってくれた。
 現実から逃げて、他人の親切に裏があるのではと、いつ殴りかかってくるかとどこかで構えて疑心暗鬼だった。多分それもバレてたんだろう。



 やめよう、信じてみよう。
 
 それが今できる私の精一杯のお返しだ。





 先生や親方、親方の奥さんに仕事場の同僚。みんなにお世話になりながら無事に卒認試験に合格した。

 みんな、私に暴力も暴言もなかった。
 私を見捨てなかった。

 みんなに言葉では言い表せない程感謝した。そして、人は暖かく優しく、思い合い慈しむ大切なモノだと教わった。人は1人では生きていけないことを痛感した。

 いや、実家での暮らしだけだったなら気づかないままだっただろう。

 実家での暮らしは、私にとっての普通だった。

 普通のことであったから、愛に飢えることもない。愛がわからないのだから。
 殴られるのが嫌ならやれと言われればやるしかない。やることができたら殴られないのだから。
 殴る側が悪いのではなく、できない私が悪いのだと結論づけるのは当然だ。
 痛いことは嫌だと思えど、悲観的でも卑屈でもなく、ただの当たり前の現実だった。
 暴力、暴言、人を殺すことも厭わない戦闘技術。それしか教えない両親。暗殺者でも作ろうとしていたとしか思えない狂気の沙汰。今思えば、完全なる洗脳だ。
 
 幼い頃からの教育は、とても大切だと思う。

 それが人格形成の骨格になるからだ。

 そこから様々な体験をしてその骨格に、経験という名の肉をつけていく。それが人間を形作っていくのだ。
 私はその骨格が歪。1番大切な部分がもう欠陥品だ。その矯正は、多分無理だろうなと思う。既に歪んでいるのだから、治そうとすればどこかにひずみが出てくるだろう。

 他人の気持ちがわかるようになりたい。

 自分の気持ちすらよくわからないのに他人の気持ちを理解したいなど傲慢かもしれない。
 でも、私を慮って、大切に、優しく接してくれる周りの人達を傷つけるようなことをしたくないと思うのだ。
 そして、今まで貰ってきたモノを返していきたい。

 ……まだ、その返し方はわからない。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...