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第4話 私の人生④
しおりを挟む私は常々疑問であった。
ある時親方に
「どうしてここまで私に良くしてくれるのか。親方も先生もメリットなんて1つもなく、むしろデメリットしかないだろう。」
と聞いたことがある。
以前、家族だと言われたが、私には家族の印象は実家しかないのだ。正直、親方の言っていることはどれもピンと来ていなかった。
「俺は千早に良くしてやろうと思ったことは1度もねぇよ。」
と言われ、じゃあ私への今までの態度は何かと困惑した。
「俺は普通に接してきただけだ。俺んとこに来たのが千早じゃなくても同じだ。お前だけに特別優しくしてるわけじゃねぇ。俺にとってはこれが普通だ。」
なるほど。
これが親方にとっての普通ならば私が何と思おうとも不思議なことではないのだろう。
やっと納得のいく答えがもらえた。
そう思っていると、親方が喋りだす。
「千早、お前さ、普通てもんがわかんねーだろ?今もメリットデメリット抜かしてやがるからな。お前の家のことも少しは聞いてるよ。そこでは人を思いやらないことが普通だったんだろ?暴力も普通か?じゃここはどこだ?俺んちだ。じゃ普通は誰が決めるんだ?俺だよ。お前の父親は俺見たら、可笑しいんじゃねって笑うかもな。お前の父親の普通には当てはまんねぇだろうからよ。でもよ、俺からするとお前の父親はハッキリ言って異常だよ。我が子を日常的に殴って何も思わねーやつなんて親でもなんでもねぇ。ただのバケモンだ。暴言だってそうだ。千早が悪いこと何もしてねぇのに暴言吐きまくってたんなら、それはもうただの八つ当たりだ。ただの憂さ晴らしなんだよ。」
では、普通とは一体何なのか。
実家が異常だったというのは薄々感じてはいた。
だが今まで親方が言う異常な場所が私の普通だったのだ。
反応に困っている私に親方は話し続ける。
「千早はここに来てから誰かに意味もなく殴られたことがあるか?自分が悪いこと何もしてないのに日常的に暴言吐かれたりしたことあるか?ねぇだろ?これは俺だけの特別ルールじゃねぇぞ。普通ですらない。これは世間一般的な常識だ。最低限の守るべきルールだ。今まで遠回しにお前の父親のこと言ってきたけどよぉ、千早が全然気付いてないから俺がハッキリ言ってやる。お前の父親がやってたことはな、犯罪なんだよ。お上に知られりゃ逮捕されんだよ。千早はそれすら知らねぇ。何も知らねぇ奴には何やっても良いのか?違うだろうが!!!それを教えて育てていくのが親なんだよ。お前の父親は犯罪者だ。あそこでの生活はもう忘れろ。これからやっと普通と言われる常識的な生活していくんだ。もっと頼って来い。前にも言っただろ?俺たちはもう家族だ。ここにいるやつらはみんな千早の味方だ。安心して守られてりゃ良いんだよ。」
今まで私を傷つけまいと、父親のことには触れないでいてくれてたんだ。いつまでも気がつかない私のために教えてくれた。怒ってくれたんだ。
私を守ると、頼れと言ってくれた。
現実から逃げて、他人の親切に裏があるのではと、いつ殴りかかってくるかとどこかで構えて疑心暗鬼だった。多分それもバレてたんだろう。
やめよう、信じてみよう。
それが今できる私の精一杯のお返しだ。
先生や親方、親方の奥さんに仕事場の同僚。みんなにお世話になりながら無事に卒認試験に合格した。
みんな、私に暴力も暴言もなかった。
私を見捨てなかった。
みんなに言葉では言い表せない程感謝した。そして、人は暖かく優しく、思い合い慈しむ大切なモノだと教わった。人は1人では生きていけないことを痛感した。
いや、実家での暮らしだけだったなら気づかないままだっただろう。
実家での暮らしは、私にとっての普通だった。
普通のことであったから、愛に飢えることもない。愛がわからないのだから。
殴られるのが嫌ならやれと言われればやるしかない。やることができたら殴られないのだから。
殴る側が悪いのではなく、できない私が悪いのだと結論づけるのは当然だ。
痛いことは嫌だと思えど、悲観的でも卑屈でもなく、ただの当たり前の現実だった。
暴力、暴言、人を殺すことも厭わない戦闘技術。それしか教えない両親。暗殺者でも作ろうとしていたとしか思えない狂気の沙汰。今思えば、完全なる洗脳だ。
幼い頃からの教育は、とても大切だと思う。
それが人格形成の骨格になるからだ。
そこから様々な体験をしてその骨格に、経験という名の肉をつけていく。それが人間を形作っていくのだ。
私はその骨格が歪。1番大切な部分がもう欠陥品だ。その矯正は、多分無理だろうなと思う。既に歪んでいるのだから、治そうとすればどこかにひずみが出てくるだろう。
他人の気持ちがわかるようになりたい。
自分の気持ちすらよくわからないのに他人の気持ちを理解したいなど傲慢かもしれない。
でも、私を慮って、大切に、優しく接してくれる周りの人達を傷つけるようなことをしたくないと思うのだ。
そして、今まで貰ってきたモノを返していきたい。
……まだ、その返し方はわからない。
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