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第3章 お供え物を求めて

    妲己ちゃんとの再会

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 お供え物を咥えた我輩は、脱兎の如くリビングを後にした。廊下を駆け抜けて、和室に飛び込む。大きな掃き出し窓が、網戸1枚のみで開いていて、そこから吹き込む秋風が我輩の鼻をくすぐった。

 我輩は網戸をガリガリと引っ掻いて開けた。庭へかけ出ると、道路に飛び出た。そして、ある場所へ向けて一目散に駆けて行った。

 「ちょっと、あんた何を急いでるのよ?」

 突然、女の子の声が響いてきた。我輩は前肢をピンッと伸ばして急ブレーキをかけた。キョロキョロと周囲を見回すが、辺りには誰もいなかった。

 「あたいよ、妲己ちゃんよ。あんた、下着咥えて何を振り回してるのよ、変態犬じゃないの」

 通りの先から、狐火がふわふわと近づいてきた。陽光に呑まれてほとんど姿が見えなかったが、確かに妲己ちゃんの霊気がそこにはあった。

 「妲己ちゃん、お休み中ではなかったのか?」

 「お休み中だったよ! 朝、あんたが起こすから、眠れなくなっちゃったのよ!」

 我輩の頭上で、狐火が激しく揺らぐ。

 「す、すまない······次からは、きちんと夜に訪ねることにする」

 「そ・う・し・て・ちょ・う・だ・い!」

 妲己ちゃんは、かなり機嫌が悪かったが、我輩が謝ったことで、少し態度を和らげた。激しく揺らいでいた狐火の炎が、幾分か穏やかになった。

 「で、あたいに何の用? こうして、わざわざ来てあげたんだから、ちゃんと答えなさいよ」

 「えっ? わざわざ妲己ちゃんの方から来てくれたの?」

 「そうだって言ってるだろ!」

 我輩は、これ以上、口を滑らして妲己ちゃんを怒らせないようにし、用件だけを伝えた。

 「······あたいに、あのジジイの愛人になれと言うのか! ふざけんな、あのスケベじじい!」

 治まりかけていた妲己ちゃんの怒りに、再び火がついた。妲己ちゃんは、殺すだの、おちんちんをちょん切ってやるだの、散々、夢幻仙様を罵倒した。

 しかし、怒りは治まる気配を見せず、ブスブスと燻り続けている。時々、我輩の方にまで炎が伸びてきた。その都度、咥えているお供え物に火がつかないよう、我輩は必死になって炎を避けた。

 「······あんたは、そんなことを伝えにあたいのところへ来たの?」

 「い、いや、わ、我輩は、その······まだ奥の殿を見たことがないので、だ、妲己ちゃんに連れて行ってもらおうかと······」

 我輩は、妲己ちゃんが怖くて声が上擦ってしまった。狐火と目を会わせられず、オドオドと挙動不審になった。

 「······あんたが咥えてるのが、お供え物ということね。ったく、誰のか知らないけど、あんなジジイの物になるなんて、考えるだけでも気持ち悪い! あんたもね、お供え物にされる方の気持ちも考えなさいよ、この泥棒犬!!」

 「す、すいません······」

 「まあ、悪いのはあのジジイであって、あんたではないけど······いいわ、奥の殿へ連れてったげる」

 大陸からの移動性高気圧が、街の空を青一色に塗り潰している。空はどこまでも高く、遠くの山々は、山容を覆う1本1本の樹まで、くっきりとその姿を見せている。上空を飛ぶ旅客機からは飛行機雲が棚引くが、直ぐに青い空の中へと溶け込んでしまった。

 抜けるような青空の下、妲己ちゃんは夢幻神社の方へと、雲のように浮かんで行った。お供え物を大事に咥える我輩は、その後を大人しくついて行った······

 
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