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5章 母なる星、海王星

5-4. 停船命令

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 しばらく行くと左折して細い通路に入った。いよいよ乗船である。
 ハッチの手前で椅子は止まり、俺たちは無重力の中、宙に浮かびながら泳ぐようにシャトル内へと入った。
 シャトル内はワンボックスカーのように狭く、レヴィアは操縦席、俺は助手席に座った。
 フロントガラスからは赤いオーロラに包まれた巨大なリング状の居住区が見え、その下方には壮大なあおい惑星が広がっている。また、向こうから貨物船のような巨大な宇宙船がゆっくりと入港してくる。とてもワクワクする風景だ。

「よく利用許可が取れましたね」
 俺が嬉しくなって言うと、レヴィアは、
「許可なんか取っとらんよ、そんな許可など下りんからな。取ったのはシャトルの見学許可だけじゃ」
 と、とんでもない事を言いながら、カバンの中からアイテムを取り出している。
「え――――っ! じゃぁどうするんですか?」
「こうするんじゃ!」
 そう叫びながら、レヴィアは、操縦席の奥の非常ボタンの透明なケースをパーンと叩き割り、真っ赤なボタンを押した。

 ヴィーン! ヴィーン!
 けたたましく鳴り響く警報。
 俺はいきなりの粗暴な展開に冷や汗が止まらない。
 
 シャトル内のあちこちが開き、酸素マスクや工具のようなものも見える。
 レヴィアは、操縦席の足元に開いたパネルの奥にアイテムを差し込み、操縦パネルを強制的に表示させると、
「ウッシッシ、出発じゃ!」
 そう言って両手でパネルをパシパシとタップした。
 警報が止まり、ハッチが閉まり、シャトルはグォンと音を立ててエンジンに火が入った。
「燃料ヨシ! 自己診断ヨシ! 発進!」
 レヴィアが叫んだ。

 キィィィ――――ン!
 と甲高い音が響き、ゆっくりとシャトルは動き出す。

「お主、シートベルトしとけよ。放り出されるぞ!」
 操縦パネルをパシパシと叩きながらレヴィアが言う。
「え? シートベルトどこですか?」
 俺がキョロキョロしていると、レヴィアは、
「ここじゃ、ここ!」
 そう言って俺の頭の上のボタンを押した。すると、ベルトが何本か出てきてシュルシュルと俺の身体に巻き付き、最後にキュッと締めて固定した。

 シャトルは徐々に加速し、宇宙港を離れ、海王星へと降りていく。

『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』
 スピーカーから停船命令が流れてくる。
「うるさいのう……」
 レヴィアは、画面を操作し、スピーカーを止めてしまった。
「こんなことして大丈夫なんですか?」
 俺はキリキリと痛む胃を押さえながら聞く。
「全部ヌチ・ギのせいじゃからな。ヌチ・ギに操られたことにして逃げ切るしかない」
 俺は無理筋のプランに頭がクラクラした。そんな言い訳絶対通らないだろう。しかし、ヌチ・ギの暴挙を止めるのがこの手しかない以上、やらねばならないし、もはや覚悟を決めるより他なかった。

          ◇

 シャトルはグングンと加速しながら海王星を目指す。
 地球の17倍もある巨大なあおい惑星、海王星。徐々に大きくなっていく惑星の表面には、今まで見えなかった微細なしまや、かすかにかかる白い雲まで見て取れるようになってきた。
 これが俺たちの本当の故郷、母なる星……なのか……。
 俺はしばらく、そのどこまでも美しくあおい世界を眺め、その壮大な景色に圧倒され、畏怖を覚えた。
 すると、遠くの方で赤い物がまたたいた。

「おいでなすった……」
 レヴィアの目が険しくなる。
 徐々に見えてきたそれは巨大な赤い電光掲示板のようなものだった。海王星のスケールから考えるとそれこそ百キロメートルくらいのサイズのとんでもない大きさに見える。よく見ると、『STOP』と赤地に白で書いてある。多分、ホログラム的な方法で浮かび上がらせているのだろう。
「何ですかあれ?」
「スカイパトロールじゃよ。警察じゃな」
「マズいじゃないですか!」
 青くなる俺。
「じゃが、行かねばならん。……。お主ならどうする?」
「何とかすり抜けて強行突破……ですか?」
「そんな事したって追いかけられて終わりじゃ。こちらはただのシャトルじゃからな。警備艇には勝てぬよ」
「じゃあどうするんですか?」
「これが正解じゃ!」
 レヴィアは画面を両手で忙しくタップし始め、シャトルの姿勢を微調整する。そして出てきたアイコンをターンとタップした。

 ガコン!
 船底から音がする。
 そして、レヴィアはパネルからケーブルを引っ張り出すと小刀で切断した。
 急に真っ暗になる船内。

 キュィ――――……、トン……トン……シュゥ……。

 エンジンも止まってしまった。
 全く音のしない暗闇……。心臓がドクッドクッと響く音だけが聞こえる。

 太陽系最果ての星、海王星で俺は犯罪者として警察から逃げる羽目になった。それも命がけの方法で……。さっきまでワクワクしていた自分の能天気さに、ついため息をついた。

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