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第二部 そして深淵へ 4章 引き裂かれた未来
4-5. ヘックショイ!
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早速奪還作戦開始だ。俺は救出に使えそうな物をリュックに詰めていく、工具、ロープ、文房具……そして、ドロシーの服に手を伸ばした。麻でできた質素なワンピース……。
俺は思わず広げて、そしてぎゅっと抱きしめた。ほのかにドロシーの匂いが立ち上ってくる……。
「待っててね……」
俺はそうつぶやき、ゆっくりと大きくドロシーの香りを吸い込んだ。
それから、動きやすそうな服に着替え、革靴を履き、靴紐をキュッと結んだ。
「よし! 行こう!」
俺は立ち上がり、アバドンを見る。
「では王都まで参りますよ。ついてきてください」
そう言うとアバドンは壁に金色に光る魔法陣を浮かべ、その中へ入っていく。
俺も恐る恐る魔法陣の中に潜った。
魔法陣の中は真っ暗闇で、上下もない無重力空間だった。アバドンは何か呪文をつぶやくと、向こうの方でピンク色に魔法陣が浮かび上がる。そして、俺の手を取ってそこまでスーッと移動した。
アバドンはそっと魔法陣の向こうに顔を出し、辺りをうかがい……、言った。
「大丈夫です。行きましょう!」
魔法陣を抜けるとそこは人気のない荒んだダウンタウンだった。
「旦那様こっちです」
そう言いながらスタスタと歩き出すアバドン。
「これ、凄いね。いきなりヌチ・ギの屋敷に繋げないの?」
追いかけながら聞いた。
「ヌチ・ギの作った魔法ですから、セキュリティかかってて使えないですね」
アバドンは首を振る。
「そりゃそうか……」
「ヌチ・ギの屋敷まで二十分くらいです」
アバドンの説明に俺は静かにうなずいた。
憧れの王都に着いたが、治安はアンジューの街よりは悪そうだ。俺たちはチンピラなどの目に留まらないよう、静かに歩いた。
◇
高級住宅地に入ってくると、豪奢な石造りの邸宅が続く。
「左側三軒目がターゲットです」
アバドンは前を向いたまま静かに言う。
「了解、まずは一旦通り過ぎよう」
見えてきたヌチ・ギの屋敷の玄関には警備兵が二名、槍を持って前を向いている。石造り三階建てで、入り口には黒い巨大な金属製のドアがついており、固く閉ざされている。この辺りの邸宅は隣家とのすき間がなく、通りに沿ってまるで一つの建物のようにピタリと並んでいる。
向こうの方から荷馬車がやってきてヌチ・ギの屋敷前に止まった。どうやら荷物の配達らしい。これはチャンスである。
俺たちは素知らぬ顔で屋敷の玄関を通り過ぎ、衛兵と配達員が話し始めたタイミングで隣家の玄関の金属ドアを素早くナイフで切って中に忍び込んだ。
玄関はホールになっており、左右に廊下が続いている。俺たちはヌチ・ギの屋敷側へと早足で進む。すると、ガチャッと前の方でドアが開き、メイドが出てきた。
大ピンチではあるが、命すら惜しくない奪還計画においてこの手の障害はむしろ楽しくすら感じる。
俺は何食わぬ顔で、
「ご苦労様です!」
そう言ってニコッと笑った。
メイドは怪訝そうな顔をしながら会釈する。
廊下の突き当りまでくると、俺は壁をナイフで素早く切り、アバドンとすぐに潜り込む。後ろの方で悲鳴が聞こえたが気にせずに進んでいく。
壁の向こうはもうヌチ・ギの屋敷で、薄暗いガランとした部屋だった。ほこりをかぶった椅子や箱が並んでおり、長く使われていない様子である。
ドアの方へ近づくと声がしてくる。どうやら警備兵と配達員らしい。俺はナイフでドアに切れ目を入れ、そっと開いて向こうをのぞいた。
ドアの向こうはエレベーターホールのようになっており、配達員が世間話をしながら大きなエレベーターのような装置に台車の荷物を載せている所だった。鑑定をしてみると、このエレベーターは『空間転移装置』つまり本当の屋敷への転送装置という事らしい。
「あと一個です」
そう言って配達員が台車を押して玄関へと移動し、警備兵も後をついて行った。
俺たちはアバドンに隠ぺい魔法をかけてもらって、部屋を抜け出し、エレベーターの奥に座って息を殺した。
戻ってきた警備兵が最後のひと箱を積む。目の前でドサッと乗せられた箱からほこりが舞った。
俺は不覚にもほこりを吸い込んでしまい、咳が出そうになる。
「これで完了です」
配達員が言う。
俺は真っ赤になりながら咳をこらえる。
隠ぺい魔法は、光学迷彩のように姿は消せるが音は筒抜けである。咳などしようものならバレてしまう。
そして、バレたらもうドロシーの奪還どころか俺たちの命はない。ヌチ・ギは万能の権能を持つ男。俺たちが奪還に動いていることを知ったら、権能を使って探し出し、確実に俺たちを殺すだろう。だから絶対にバレてはならなかった。
俺はこみ上げてくる咳の衝動を必死に抑え込み、扉が閉まるのを待った。
「じゃぁ閉めるぞ」
警備兵がそう言った瞬間だった。
ヘックショイ!
アバドンの盛大なくしゃみがホール中に響いた。
俺は凄い目をしてアバドンをにらむ。
固まる警備兵……。
「お前、くしゃみ……した?」
配達員に聞く。
「いえ? 私じゃないですよ」
警備兵から異常が報告されてしまうとそこでアウトだ。俺は必死に息を殺し、祈った。
「誰か……、いるのか?」
警備兵はなめるようにエレベーターの中を見ていく。
俺は必死に考える。倒してしまうか? いや、もう一人警備兵がいるからダメだ。では釈明……出来る訳がない。まさに絶体絶命である。冷や汗がタラりと流れる。
「ちょっと報告するから待て」
警備兵がそう言いながら何やら魔道具を取り出す。万事休すだ。
俺はいきなりのピンチに絶望して気が遠くなった。
飛び出さねばなるまい、しかし、どのタイミングで……?
冷や汗がタラリと流れてくる。
と、その時、
ボン!
アバドンが小柄な男に変身して飛び出した。
この姿は……ヌチ・ギだ!
「お見事! それだよ!」
そう言いながらアバドンは警備兵の肩を叩いた。
アバドンの変装は完ぺきで、甲高い声までヌチ・ギそっくりだった。
「ヌ、ヌチ・ギ様……」
「今、屋敷の警備体制を抜き打ちチェックしてるのだよ。君の今の動き、良かったよ!」
そう言ってアバドンはニッコリと笑いかけた。
「きょ、恐縮です……」
うれしそうな警備兵。
「君の査定は高くしておこう。抜き打ちなので、他の人には話さないように!」
「は、はい!」
「では、私は屋敷に戻る。引き続き頼んだよ!」
そう言いながらツカツカとエレベーターに乗り、くるっと振り向いて警備兵ににこやかに笑った。
「では、扉閉めますね」
警備兵はそう言ってボタンを押した。閉じていく扉……。
俺はアバドンをジト目でにらむ。
アバドンはバツが悪そうな様子で頭をかいた。
俺は思わず広げて、そしてぎゅっと抱きしめた。ほのかにドロシーの匂いが立ち上ってくる……。
「待っててね……」
俺はそうつぶやき、ゆっくりと大きくドロシーの香りを吸い込んだ。
それから、動きやすそうな服に着替え、革靴を履き、靴紐をキュッと結んだ。
「よし! 行こう!」
俺は立ち上がり、アバドンを見る。
「では王都まで参りますよ。ついてきてください」
そう言うとアバドンは壁に金色に光る魔法陣を浮かべ、その中へ入っていく。
俺も恐る恐る魔法陣の中に潜った。
魔法陣の中は真っ暗闇で、上下もない無重力空間だった。アバドンは何か呪文をつぶやくと、向こうの方でピンク色に魔法陣が浮かび上がる。そして、俺の手を取ってそこまでスーッと移動した。
アバドンはそっと魔法陣の向こうに顔を出し、辺りをうかがい……、言った。
「大丈夫です。行きましょう!」
魔法陣を抜けるとそこは人気のない荒んだダウンタウンだった。
「旦那様こっちです」
そう言いながらスタスタと歩き出すアバドン。
「これ、凄いね。いきなりヌチ・ギの屋敷に繋げないの?」
追いかけながら聞いた。
「ヌチ・ギの作った魔法ですから、セキュリティかかってて使えないですね」
アバドンは首を振る。
「そりゃそうか……」
「ヌチ・ギの屋敷まで二十分くらいです」
アバドンの説明に俺は静かにうなずいた。
憧れの王都に着いたが、治安はアンジューの街よりは悪そうだ。俺たちはチンピラなどの目に留まらないよう、静かに歩いた。
◇
高級住宅地に入ってくると、豪奢な石造りの邸宅が続く。
「左側三軒目がターゲットです」
アバドンは前を向いたまま静かに言う。
「了解、まずは一旦通り過ぎよう」
見えてきたヌチ・ギの屋敷の玄関には警備兵が二名、槍を持って前を向いている。石造り三階建てで、入り口には黒い巨大な金属製のドアがついており、固く閉ざされている。この辺りの邸宅は隣家とのすき間がなく、通りに沿ってまるで一つの建物のようにピタリと並んでいる。
向こうの方から荷馬車がやってきてヌチ・ギの屋敷前に止まった。どうやら荷物の配達らしい。これはチャンスである。
俺たちは素知らぬ顔で屋敷の玄関を通り過ぎ、衛兵と配達員が話し始めたタイミングで隣家の玄関の金属ドアを素早くナイフで切って中に忍び込んだ。
玄関はホールになっており、左右に廊下が続いている。俺たちはヌチ・ギの屋敷側へと早足で進む。すると、ガチャッと前の方でドアが開き、メイドが出てきた。
大ピンチではあるが、命すら惜しくない奪還計画においてこの手の障害はむしろ楽しくすら感じる。
俺は何食わぬ顔で、
「ご苦労様です!」
そう言ってニコッと笑った。
メイドは怪訝そうな顔をしながら会釈する。
廊下の突き当りまでくると、俺は壁をナイフで素早く切り、アバドンとすぐに潜り込む。後ろの方で悲鳴が聞こえたが気にせずに進んでいく。
壁の向こうはもうヌチ・ギの屋敷で、薄暗いガランとした部屋だった。ほこりをかぶった椅子や箱が並んでおり、長く使われていない様子である。
ドアの方へ近づくと声がしてくる。どうやら警備兵と配達員らしい。俺はナイフでドアに切れ目を入れ、そっと開いて向こうをのぞいた。
ドアの向こうはエレベーターホールのようになっており、配達員が世間話をしながら大きなエレベーターのような装置に台車の荷物を載せている所だった。鑑定をしてみると、このエレベーターは『空間転移装置』つまり本当の屋敷への転送装置という事らしい。
「あと一個です」
そう言って配達員が台車を押して玄関へと移動し、警備兵も後をついて行った。
俺たちはアバドンに隠ぺい魔法をかけてもらって、部屋を抜け出し、エレベーターの奥に座って息を殺した。
戻ってきた警備兵が最後のひと箱を積む。目の前でドサッと乗せられた箱からほこりが舞った。
俺は不覚にもほこりを吸い込んでしまい、咳が出そうになる。
「これで完了です」
配達員が言う。
俺は真っ赤になりながら咳をこらえる。
隠ぺい魔法は、光学迷彩のように姿は消せるが音は筒抜けである。咳などしようものならバレてしまう。
そして、バレたらもうドロシーの奪還どころか俺たちの命はない。ヌチ・ギは万能の権能を持つ男。俺たちが奪還に動いていることを知ったら、権能を使って探し出し、確実に俺たちを殺すだろう。だから絶対にバレてはならなかった。
俺はこみ上げてくる咳の衝動を必死に抑え込み、扉が閉まるのを待った。
「じゃぁ閉めるぞ」
警備兵がそう言った瞬間だった。
ヘックショイ!
アバドンの盛大なくしゃみがホール中に響いた。
俺は凄い目をしてアバドンをにらむ。
固まる警備兵……。
「お前、くしゃみ……した?」
配達員に聞く。
「いえ? 私じゃないですよ」
警備兵から異常が報告されてしまうとそこでアウトだ。俺は必死に息を殺し、祈った。
「誰か……、いるのか?」
警備兵はなめるようにエレベーターの中を見ていく。
俺は必死に考える。倒してしまうか? いや、もう一人警備兵がいるからダメだ。では釈明……出来る訳がない。まさに絶体絶命である。冷や汗がタラりと流れる。
「ちょっと報告するから待て」
警備兵がそう言いながら何やら魔道具を取り出す。万事休すだ。
俺はいきなりのピンチに絶望して気が遠くなった。
飛び出さねばなるまい、しかし、どのタイミングで……?
冷や汗がタラリと流れてくる。
と、その時、
ボン!
アバドンが小柄な男に変身して飛び出した。
この姿は……ヌチ・ギだ!
「お見事! それだよ!」
そう言いながらアバドンは警備兵の肩を叩いた。
アバドンの変装は完ぺきで、甲高い声までヌチ・ギそっくりだった。
「ヌ、ヌチ・ギ様……」
「今、屋敷の警備体制を抜き打ちチェックしてるのだよ。君の今の動き、良かったよ!」
そう言ってアバドンはニッコリと笑いかけた。
「きょ、恐縮です……」
うれしそうな警備兵。
「君の査定は高くしておこう。抜き打ちなので、他の人には話さないように!」
「は、はい!」
「では、私は屋敷に戻る。引き続き頼んだよ!」
そう言いながらツカツカとエレベーターに乗り、くるっと振り向いて警備兵ににこやかに笑った。
「では、扉閉めますね」
警備兵はそう言ってボタンを押した。閉じていく扉……。
俺はアバドンをジト目でにらむ。
アバドンはバツが悪そうな様子で頭をかいた。
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