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2章 横暴なる勇者

2-9. Welcome to Underground

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「おーい、ドロシー! ちょっと見てごらん!」
 俺は手をあげてドロシーを呼んだ。
「何してるの?」
 ドロシーはちょっと怪訝けげんそうな顔をしながらやってくる。
「ここからのぞいてごらん」
 そう言ってドロシーに拡大鏡ルーペを指さした。
「ここをのぞけば……いいのね?」
 ドロシーはおっかなビックリしながら拡大鏡ルーペをそっとのぞいた。
「きゃぁ!」
 驚いて顔を上げるドロシー。
「なによこれー!」
「池の水だよ。拡大鏡ルーペで見ると、中にはいろんな小さな生き物がいるんだよ」
「え? 池ってこんなのだらけなの……?」
 そう言いながら、ドロシーは恐る恐る拡大鏡ルーペを再度のぞく。
 そして、じっくりと見ながらつぶやいた。
「なんだか不思議な世界ね……」
「ピョンピョンしてるの、ミジンコっていうんだけど、可愛くない?」
「うーん、私はこのトゲトゲした丸い方が可愛いと思うわ。何だかカッコいいかも。何て名前なの?」
 嬉しそうに拡大鏡ルーペをのぞいてるドロシー。
「え? 名前……? 何だったかなぁ……、ちょっと見せて」
 俺は拡大鏡ルーペをのぞき込み、不思議な幾何学模様の丸いプランクトンを眺めた。
 中学の時に授業でやった記憶があるんだが、もう思い出せない。『なんとかモ』だったような気がするが……。俺は無意識に鑑定スキルを起動させていた。
 開く鑑定ウインドウ……


クンショウモ レア度:★
淡水に棲む緑藻の一種


 俺は表示内容を見て唖然あぜんとした。なぜ、こんな微細なプランクトンまでデータ管理されているのだろう。ウィンドウに表示されている詳細項目を見ると、誕生日時まで詳細に書いてあり、生まれた時からちゃんと個別管理がされてあるようだった。
「そんな……、バカな……」

 急いで他のプランクトンも鑑定してみる。


ミカヅキモ レア度:★
淡水に棲む接合藻の仲間


イカダモ レア度:★
淡水に棲む緑藻の一種


 全て、鑑定できてしまった……。
 これはつまり、膨大に生息している無数のプランクトンも一つ一つシステム側が管理しているということだ。
 一滴の池の水の中に数百匹もいるのだ、池にいるプランクトンの総数なんて何兆個いるかわからない。海まで含めたらもはや天文学的な膨大な尋常じゃない数に達するだろう。でも、その全てをシステムは管理していて、俺に個別のデータを提供してくれている。ありえない……。
 きっと乳酸菌を鑑定しても一つ一つ鑑定結果が出てしまうのだろう。一体この世界はどうなってるのか?
 ここまで管理できているということは、この世界はむしろ全部コンピューターによって作られた世界だと考えた方が妥当だ。そもそも魔法で空を飛べたり、レベルアップでとんでもない力が出る時点で、システムがデータ管理だけに留まらないことは明白なのだ。
 俺は『複雑すぎる世界は管理しきれない。だから、この世界は仮想現実空間ではない』と考えていたが、どうもそんなことはないらしい。誰も見てない池の中のプランクトンも、一つ一つ厳密にシミュレートできるコンピューターシステムがある、としか考えられない。
 俺は背筋に水を浴びたようにゾッとし、冷や汗がタラりと流れた。
「Welcome to Underground(ようこそ地下世界へ)」
 誰かが耳元でささやいている……。そんな気がした。
 俺はこの世界の重大な秘密にたどり着いてしまった……。

 俺はよろよろとテーブルの所へと戻り、冷めたコーヒーをゴクゴクと飲んだ。
「ユータ……、どうしたの?」
 真っ青な顔をした俺を見て、ドロシーが心配そうに声をかけてくる。
 俺は両手で髪の毛をかきあげ、大きく息を吐いて言った。
「大丈夫。真実は小説より奇なりだったんだ」
 ドロシーは何のことか分からず、首をひねっていた。

        ◇

 この世界はコンピューターによって作られた世界……みたいだ。だとしたらどんなコンピューターなのだろうか?
 この広大な世界を全部シミュレーションしようと思ったら相当規模はデカくないとならないはずだ。それこそコンピューターでできた惑星くらいの狂ったような規模でない限り実現不可能だろう。
 そもそも電力はどうなっているのだろう? 演算性能自体はコンピューターの数を増やせばどんどん増えるが、電力は有限なはずだ。俺はエネルギーの面からコンピューターシステムの規模の予想をしてみようと思いついた。

 一番デカいエネルギー源は太陽だ。実用性を考えれば、巨大な核融合炉である太陽を超えるエネルギー源はない。太陽系外だとしても恒星をエネルギー源にするのが妥当だろう。
 地球で太陽光発電パネルを使う時、一平方メートルで200Wの電力が取れていた。これは日本での俺のパソコン一台分に相当する。この太陽光発電パネルで太陽をぐるっと覆った時、どの位の電力になるだろうか?
 太陽から地球の距離は光速で約八分、光速は秒間地球七周だから……。俺は紙に計算式を殴り書いていった。計算なんて久しぶりだ。
 大体、3x10の23乗台のパソコンが動かせるくらいらしい。数字がデカすぎて訳が分からない。 
 で、この世界をシミュレーションしようと思ったら、例えば分子を一台のパソコンで一万個担当すると仮定すると、3x10の27乗個の分子をシミュレートできる計算になる。
 これってどの位の分子数に相当するのだろう……?
 続いて人体の分子数を適当に推定してみると……、2x10の27乗らしい。なんと、太陽丸まる一個使ってできるシミュレーションは人体一個半だった。
 つまり、この世界をコンピューターでシミュレーションするなんて無理なことが分かった。究極に頑張って莫大なコンピューターシステム作っても人体一個半程度のシミュレーションしかできないのだ。この広大な世界全部をシミュレーションするなんて絶対に無理なのだ。もちろん、パソコンじゃなくて、もっと効率のいいコンピューターは作れるだろう。でもパソコンの一万倍効率を上げても一万五千人分くらいしかシミュレーションできない。全人口、街や大地や、動植物、この広大な世界のシミュレーションには程遠いのだ。
 俺は手のひらを眺めた。微細なしわがあり、その下には青や赤の血管たちが見える……。
 拡大鏡ルーペで拡大してみると、指紋が巨大なうねのようにして走り、汗腺からは汗が湧き出している。こんな精密な構造が全部コンピューターによってシミュレーションされているらしいが……、本当に?
 鑑定の結果から導き出される結論はそうだが、そんなコンピューターは作れない。一体この世界はどうなっているのだろうか?
 俺は頭を抱え、深くため息をついた。
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