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84. 始祖

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 気がつくと目の前には巨大な満開の桜の木があった。それは大宇宙の星空をバックに幽玄な淡い輝きを放ちながら静かにたたずんでいる。

「こ、これは……?」

 いきなり連れてこられた異空間にオディールは呆然として言葉を失う。

 見回してみても巨大な碧い海王星も神殿もどこにも見えない。少なくとも神殿の管理区域にこんなところはなかった。一体どこに連れてこられてしまったのだろうか?

「世界樹よ。全宇宙の全ての星と命が全部ここに表されているわ」

 十五歳くらいの美しい少女が、ふわっといきなり現れてにこやかに説明する。彼女は長いブラウンの髪を揺らしながら、愛らしい笑顔でオディールの碧眼をのぞきこんだ。

「え……? あなたは?」

 いきなり登場した少女に焦るオディール。

「ゴメンゴメン。タニアの本体よ。タニアが私の分身って言った方が分かりやすいかしら?」

 少女はそう言ってパチッとウインクをした。

「ほ、本体……?」

 見れば確かに目鼻立ちはタニアとそっくりである。しかし、お転婆幼女が少女の分身と言われてもどういうことなのかさっぱり分からず、オディールは首をかしげる。

「あの子にも困ったものね。ここは人間が来てはいけない所なのに……」

 少女は眉をひそめると口をキュッと結んだ。

 『人間が来てはいけない』ということはこの少女もタニアも人間ではないということだろう。となると神か悪魔か……。

 オディールはサーっと血の気が引く思いがした。

「まぁ、それだけあの子がお世話になってるって事よね」

 少女はニコッと優しい笑顔を見せる。

 オディールはなんと返したらいいのか分からず愛想笑いでごまかした。

 少女はオディールの手を引っ張ると、ツーっと桜の花の房まで引き寄せる。

「ほら、ここを見てごらん」

 桜の花に見えていたのは、小さな碧い地球の玉とその周りにピンク色に光を放つ小さな羽だった。

「こ、これは……?」

 これがあなたたちの住む星、そして、このピンクの羽が住んでいる人の命の輝きなの。

「命の……輝き?」

「そう、見ればわかるけど星ごとに大きさや輝きが違うでしょ?」

 確かに花ごとに芯の地球は同じでも周りの羽は異なっていた。

「人口が多かったりすると大きく輝くんですか?」

「そうよ。でも、それだけじゃないわ。生き生きとしている命の方がより輝くのよ。ちなみにこれが日本のある地球。どう? 立派でしょ?」

 確かにその地球の花びらは鮮烈な輝きを見せており、その息をのむような煌めきに思わず見惚れてしまう。

「八十億人が元気に活躍してる星ってなかなか無いから見事よね」

 少女は嬉しそうに目を細め、微笑む。

「そういう地球を増やしたい……ってこと……ですか?」

 オディールは恐る恐る聞く。

「そうなんだけど、多様性が無きゃ意味がないわ。似たような文化文明だったらやる意味ないもの」

 少女は肩をすくめる。

「オリジナリティが重要ってこと……なんですね」

「そう。そのためにわざわざ地球をたくさん作ってるんだから」

 少女は嬉しそうな笑顔を見せた。

 なるほど、たくさんの地球はオリジナリティのある文化を育てるいわば牧場なのだ。文化はAIが自動で作っても意味がない。たくさんの人を作り、生活させ、考えさせ、その中で生み出され磨かれていくから価値が出るのだ。それには地球をシミュレートする以外ないということだろう。

 オディールは自分たちが生み出された理由の一端を垣間見て、複雑な気分で思わずため息を漏らす。自分たちはずっと少女の作った箱庭で生きていた。それはこの世界がコンピューターでできていると知った時から分かっていたことだが、改めて言われると自分の存在そのものへの自信が揺らいでしまう。

「そして、この花を支えているのが海王星よ」

 少女は花の房の根元を指さした。そこには碧い玉があり、そこから白いひも状のものが伸びて、それぞれの地球に繋がっていた。

「これは……、地球を創り出しているのは海王星だって……ことなんですか?」

「そうよ。そして、そのさらに根元が金星ね」

 少女は海王星に繋がっているひもの根元の金色の玉を指さす。

「えっ!? もしかして、海王星は金星のコンピューターで創られているって……ことですか?」

「そうそう。まだまだあるわよ」

 少女はそう言いながら、桜の木の根元に向かって次々と連なっているひもと星の連鎖を指さした。

 そう、宇宙とはコンピューターによって作られた星々で構成され、その中で生まれたコンピューターが、さらにまた星を作るということの繰り返しの中で成長してきたのだ。

 うわぁ……。

 オディールはその壮大な連なり、無数の星々の連鎖に圧倒され、心が震えた。見渡せば桜の花は百万個をゆうに超えるように見え、それぞれがオリジナリティあふれる生命の輝きを放っている。自分の住む世界がこんなにも美しい構造に満ちていたなんて想像もしていなかったのだ。

 ただ、ここで奇妙なことに気が付く。花を咲かせているのは末端の星だけだった。

「なんで、海王星や金星には花が咲かないんですか?」

 少女はピクッと眉を動かすと、苦笑しながら首を傾ける。

「コンピューターを生み出すと人はなぜか消えていってしまうの」

「えっ!? それはどういうこと……ですか?」

「丁度日本のある地球が分かりやすいと思うけど、コンピューターが発達してAIが生まれる頃になると人間は子供を産まなくなるのよ」

「少子……化?」

「そう、子供を産まなくなって数千年後、みんな消えていってしまうのよ」

「え? じゃあ女神様は?」

「あの人は特別ね。もう百万年は生きているわ。でも、金星で生き残ってるのは彼女くらいよ」

 オディールは驚き、言葉を失う。絶滅した金星人の生き残り、それがあの女神だというのだ。百万年の孤独、それを彼女がどう乗り越えてきたのか想像もつかないが、あの孤高の気高さの裏にある過酷な歴史にオディールは胸が痛んだ。

 しかし、そんな事を知っているとなるとこの少女はただものではない。オディールはゴクリとのどを鳴らすと、恐る恐る聞いた。

「し、失礼ですが……、あなたは?」

「ふふっ。五十六億七千万年生きてきた存在……って言ったら、信じる?」

 少女はいたずらっ子の笑みを浮かべた。

「ご、五十六億!?」

 オディールは仰天し、これをどう捉えていいか困惑する。もし本当だとすればこの宇宙の構造を創り出した始祖、全ての存在の母なのだ。しかし……、本当にこんな可愛らしい少女が?

 オディールは口をポカンと開けながら首を振る。

 その時、世界樹の奥の方でポン! と音が上がると、一つの星が禍々しく赤黒く輝いた。

 あっ!

 少女はそれを目にした瞬間、急に危険な雰囲気を纏いだす。そして、ぶわっとブラウンの髪の毛を逆立てると殺意のこもった目でボソッとつぶやいた。

「チッ! やりやがったな……」

 そのヒリつくような気迫に思わずゾッとするオディール。溢れ出すオーラはとても少女のものとは思えない威圧感をもってその場を支配する。

「ちょっと待っててね。世界樹に触っちゃ……ダメよ?」

 少女はオディールを見ると、優しく微笑みながら忠告するが、その瞳の奥には有無を言わせぬ危険なエネルギーが渦巻いていた。

「わっ、わっかりましたぁぁ」

 オディールは声が裏返りながら思わず敬礼してしまう。

 少女はクスッと笑うと、赤い星のところまでツーっと飛んで、ウインクしながらすうっと消えていった。
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